一日目(The first day)

 まゆとの生活がはじまった。

 おれの家は2DKのマンションだから、まゆに使わせる部屋を確保するために、ためこんでいたガラクタ を処分する必要があった。なんとか四畳半の和室をあけ、まゆの部屋とした。六畳間のほうが居間兼おれの寝室というわけだ。

 まゆには、両親と住んでいた一戸建てがあるのだが、ほかの財産も含めて、ほとんど他人名義になっていた。どうやらまゆの両親はずいぶんと借金があったようだ。

 まゆは両親を失った上に、遺産さえないのだ。せめてもの救いは死亡保険金だけだ。それも、まゆの手に渡るのはとりたてて言うほどの金額ではなかった。

 彼女は孤独で、脆弱だ。

 両親の死の衝撃、生活の激変、といったことが重なって、笑い顔をなくしてしまっていた。

 おれはなんとかまゆを笑わせてあげたいと思った。

 だが、ずっと年下の女の子をどうやってくつろがせればいいのか、わかるはずもない。

 引っ越しの荷物を運びおわって、居間でお茶を飲みながらも会話はぎこちなかった。

「あのさ、まゆ、ちゃんはなにが好きなの?」

「……」

「タレントとかさ――やっぱりアムロとか流行ってる? 『アムロ、いきまーす!』なんちゃって」

「……」

 意味すらわからなかったようだ。きょとんとしている。

「すこし古すぎたかな。えーと、わかった、SPEEDだ。MAXかな、SMAPではおれ稲垣吾郎を応援してんだ。あいつ、不器用だから」

 われながら支離滅裂である。

「……香取くん」

 はじめてまゆが口をひらいた。おれはここぞとばかりにぼける。

「ははあ、『牧場の少女カトリ』かあ。しぶいなあ。声優は及川ひとみで、亜美の声と同じだからある意味すごくエッチなんだ、これが」

「……???」

 まゆがけげんな顔をしておれを見ている。

 ――どうやらこういう傾向でのコミュニケーションは失敗だったようだ。

 ただ、まあ、ぼけ倒したのがよかったのか、それからはまゆもしゃべるようになった。

 学校の話、テレビの話、他愛のないことばかりだ。おれとしては、両親の死にむすびつきそうなことだけは慎重に避けたが、まゆとのおしゃべりは楽しかった。

「おにいちゃん、ケッコンしてないの?」

 まゆをおれのことを『おにいちゃん』と呼んだ。べつにそう呼べと強要したわけではない。『おじさん』と呼ぶと傷つくと察しているのだろうか。

「まあな、仕事が忙しくてね」

「恋人は?」

 女の子の好奇心には年齢は関係ないみたいだ。

「うーん、それは秘密」

「どうして? ききたーい」

「じゃあ、かわりにまゆの好きなヤツを教えろよ」

 心の垣根がとりはらわれるのと同時に、おれのまゆへの呼びかけも「ちゃん」づけから変化した。

「え? まゆの?」

「いるだろ、学校とかにさ」

「いないよ! いないけど……」

 まゆの顔が赤くなった。ちら、とおれの顔を見あげる。

「……おぼえてないの?」

 消え入りそうな声でまゆが言った言葉をおれは聞きそこねた。

「え?」

「なんでもないよ。なんでも。ああ、汗かいちゃった」

 まゆがシャツの胸ぐりをつかんで、パタパタと手で風を送っている。

 そのとき、まゆの白い胸が見えた。おもわず心臓が跳ねた。

 まゆにはまだ異性に対する羞恥心はあまりないのだろう。他人に対する警戒心が、引っ越しの疲労感やおしゃべりなどよって解けると、ガードが極端に甘くなった。

 まゆの胸はほとんどふくらんでいない。色が白いせいか、乳首の色合いがめだつ。先端はぺっちゃんこなままだ。もしも、それを指で刺激したら、やっぱりぷっくり立ったりするのだろうか。それとも、舌で刺激などしたら……

「どうしたの、おにいちゃん。ベロなんかだして」

 まゆが顔をちかづけて不思議そうに訊いてきた。おれはわれにかえると、唇をひとなめして、すぐに舌をひっこめた。

「いや、その、唇がかわいちゃってね。あはははは」

「へんなの」

 まゆは言ったが、顔は笑っている。なんとか親近感は持ってもらえたようだ。それに、笑顔を見せてもくれた。

 これから、この子といっしょに暮らしていくのだ。

 守ってあげなくては。この子に哀しみを近づけさせたくない。

 どうすればいいのか、まだわからないけれども……