MA−YU 学園編 第三話
堕ちゆくこころ
或いは まゆといけないおともだち
 

 

 まゆは街をでたらめに走っていた。良明の顔が見られなくて、恥ずかしくて悲しくて、逃げた。

 一度、学校に向かいかけた。鏑木の顔が思い浮かんだ。

 面接会場でのこと、入学式の保健室のこと、アルバイトのこと。

 そして、鏑木の白衣にしみついた消毒薬の匂いが――

 病院を思い出させた。

 神村弁護士が入院している総合病院。

 去年の冬、轢き逃げされた神村は、いまだに起き上がることができないでいる。

 神村としていた「練習」のことが――

 わたしはおにいちゃんを裏切った。

 ううん――ずっとだましていた。

 だから、これは――罰なんだ。

 わたしはおにいちゃんに愛される資格なんかない。

 おにいちゃんは、もっと別の人といっしょにいた方がいいんだ。

 くやしいよ。

 はずかしい。

 かなしい。

 胸がいたい。

 どうしてだか、わからない。

 どうしたらいいのか、わからない。

 どうしたいのかも、わからない。

 思考が混乱して、めちゃくちゃだった。だから、呼び止められた時も、しばらくそうとは気づかなかった。

「まゆちゃん? まゆちゃんじゃない?」

 明るい声だ。屈託というものがまるでない。

 メガネをかけた少女がいた。

「加織……ちゃん」

 まゆは呆然として立ちすくんだ。

「やっぱりぃ。うちの制服を着て、通りを走ってたから、なにかなーと思ったよぅ。どうしたの?」

 そういう加織は私服姿だ。襟と袖にファーのついたジャケットに、ボタンダウンのシャツ、下は黒レザーの超ミニだ。足元はブーツで決めている。

 メガネもいつもの銀縁ではなく、セルフレームのデザイン重視のものだ。髪もウェーブがかかったセミロングで、やぼったいお下げはなくなっている。

「ああ、これ? ガッコじゃないもん。でも、まゆちゃん、勇気あるねー。うちの制服着たままこのあたりまで遊びに出るなんて」

 加織に言われて気がついた。そろそろ夜のとばりのおりる頃、周囲はバーや風俗店、ラブホテルなどが立ち並んでいる繁華街の一角だ。

「あ……わたし……」

 まゆは周囲の雰囲気に圧倒されて言葉に詰まった。いましもカップルが一組、ラブホテルに消えて行ったところだ。

「し、知らなくて……わたし……」

「すっごい勢いで走ってたよねー。彼氏とケンカでもした?」

「えっ……」

 まゆは加織を見つめた。加織はけらけら笑い出す。

「だって、泣き出しそうなすっごい顔で走ってたもん、わかるよ。でっも、相手の男はバカだよねぇ、まゆちゃんみたいな子をふるなんて」

 ふられたとかそういうわけでは……と反論しかけたまゆだが、言葉を飲み込んだ。ふられるより、ずっと、悪い。好きなひとを偽っていた。大事な、かけがえのないひとにウソをついていた。

 うつむいたまゆに加織はやさしく声をかけた。

「ね。いっしょ、くる?」

「え?」

「あたし、これからカラオケいくんだー。まゆちゃんもいっしょに行こうよ。おっきな声で歌ったらスカッとするかもよ。あ、それともおうちの人とか断らないとだめっぽい?」

 おうちのひと――良明とはしばらく顔を合わせたくない。帰りたくない。でも、行くところがない。

「どうする?」

「いく。加織ちゃん、ありがとう」

「わあ、よかった。あたし、前からもっとまゆちゃんと仲良くなりたかったんだー」

 加織がまゆの手を握った。柔らかくて温かな指だった。まゆは手を握り返した。悲しみがすこし癒えたような気がした。

 カラオケボックスは空いていた。まだ混み合うには早い時間帯なのだろう。二人にしては広いボックスに入ると、加織は飲み物のメニューを検分する。

「あたし、ストロベリーフィズにしよっかなー。レモンダイキリもいいかも」

「え……でも、それお酒じゃ……」

「えー、アルコール度数低いし平気だよ。それに、まゆちゃんだって、ちょっとは飲んで、はじけたほうがいいよ」

「でも――飲んだことないし」

「うっそー、うちでも飲まないの? おとーさんとかに飲まされたりしない?」

 良明は家では飲まないのだ。たまに外で飲んでくるらしいことはあるが、それにしても、仕事上のつきあいのみに制限している様子だ。

 家計の問題もあるが、もしかしたら、まゆに気を配っているのかもしれない。

「やっぱ、まゆちゃんは優等生なんだなー」

「ちがう!」

 まゆは思わず反論していた。

「わたし、優等生じゃない」

「ふーん、じゃ、お酒、いってみる?」

 まゆはうなずいた。

 運ばれてきたのはオレンジジュースのようなお酒だった。

 まゆは加織に勧められるままグラスを飲み干した。

 意外においしかった。

 じきに身体が温かくなり、楽しい気分がわきあがってくる。

 歌も歌った。人前で歌うなんて、苦手だとおもっていたが、じぶんでもびっくりするほど声がでた。加織が絶賛してくれた。

 加織とデュエットもした。はやりの女性デュオの曲だ。肩を組んで歌った。

 楽しかった。

 友達っていいな、そう思った。

 その時、加織の携帯が鳴った。

「あ、センパイ? いま着いた? んじゃねー、ここ、305ですから。あ、あと、まゆちゃんって子もいるんで、よろしくです」

 ぱたん、と携帯を折り畳む。

 まゆはすこし慌てた。

「だれか、来る……の?」

「うん。もともとセンパイと待ち合わせしてたんだ。知ってるでしょ、まゆちゃんも」

「え……?」

「ほらあ、入学式の時、保健室で」

「あ……」

 まゆは思い出した。保健室の隣のベッドで、加織とセックスしていた男のことを。たしかに、その男は加織からセンパイと呼ばれていた。

「わ、わたし、帰る」

 あわてて立ち上がる。

「えーどうして? なんで?」

 加織がおもしろそうに訊いてくる。

「だ、だって、デ……デートなんでしょ?」

「あれ? センパイが男だっていったっけ?」

「あ……」

「やっぱり、起きてたんだ、となりのベッドで。まゆちゃん、ずるいなあ」

 加織がにやにや笑う。

「加織とセンパイがエッチしてたの、ぜんぶ覗いてたんでしょお」

「み、みてない、みてない。聞いてただけ」

 おもわず認めてしまっていた。

「あははっ、まゆちゃんって、かわいー」

 加織が爆笑する。

「なんだ、にぎやかだな」

 ボックスのドアがひらいた。ストリート系のファッションを着崩した少年が顔を覗かせている。

 顔を見るのは初めてだが、声には聞き覚えがある。加織とセックスしていた高等部の男子生徒だ。茶パツにピアス、眉毛は抜いているらしく糸のように細い。今時の高校生としてはある意味平均的な感じだが、祥英ではかなり異端の部類に入るだろう。

「あ、センパイ」

 加織がうれしげに立ち上がって出迎える。ドアをふさがれて、まゆは帰るに帰れない。そうこうするうち、加織に引き戻されてしまう。

「ほらあ、この子がいま話題の中等部のアイドル、七瀬まゆちゃんよ」

 加織がまゆに抱きつきながら、紹介する。

「か、加織ちゃん、へんなこと言わないで」

「あらあ、本人は知らないのかな〜? ちぇっちぇっ」

 加織はわざとらしく舌打ちした。それから気を取り直したように、少年をまゆに紹介する。

「こちらは墨田先輩。まゆちゃん、知ってるよね? 加織のカレシ」

 意味ありげに笑う。

「ねえねえ、センパイ、まゆちゃんって、エッチな子なんだよ。この前、先輩と保健室でしてたこと、隣のベッドでずっと聞いてたんだから」

「そ……それは……」

 まゆはどぎまぎする。

「いいじゃん、いいじゃん。よろしく、まゆちゃん」

 墨田は軽薄に手を差し伸べた。

 握手を求めている――そう気づいたときには手を取られていた。

 

 まゆはボックスの一番奥のコーナーに押し込まれていた。加織と墨田は並んですわっていちゃついており、まゆとしてはへきえきせざるをえない。

 墨田も当然のように酒を飲み、タバコを吸った。せまいボックスのなかに煙はすぐに充満した。

 さらにまゆにも酒のおかわりを勧めた。間が持たないまゆとしては、飲むしかない。

 タバコの煙とアルコールで、まゆの頭がくらくらする。

 そうこうするうちに、墨田はカラオケそっちのけで加織の身体に触りはじめた。

「あん……だめだよお、先輩、まゆちゃんがいるのにぃ」

「へっ、いいだろ? べつに。見せつけてやろうぜ」

「あん、もお……先輩のエッチ……」

 言いつつ、加織もとろん、とした目をしている。

 墨田と加織がキスをはじめる。濃厚なディープキスだ。

 まゆは立ち上がることもできず、スクリュードライバーをちびちび飲みながら、それを見物しているよりほかなかった。

 まゆの存在が加織を、そして墨田を、いたく刺激したのだろう。二人の行為はエスカレートした。

 キスしながら、加織の胸をはだける。中一とは思えないボリュームの乳房がこぼれる。

「あ……あ……センパイ」

「加織のオッパイ、すげー熱くなってる」

 もみしだき、乳首に口をつける。

「ああん」

 まゆは鼓動が速まるのをうつのをどうしようもない。級友が、目の前でペッティングされている。

 汗がでて、喉がかわいた。おもわずグラスを傾ける。甘さのなかにひそんだアルコールが血管のなかにすごい勢いで吸い込まれてゆく――

「加織のココ、ベチョベチョだぞ」

 墨田が加織の股間を下着ごしに触って、笑い声をあげる。

「だって、まゆちゃんに見られてるんだもん」

 加織が熱っぽい目でまゆを見る。まゆは目をふせた。どうしたらいいのか、わからない。席を立つきっかけを完全に失っていた。

「じゃあ、もっとよく見てもらおうぜ」

 墨田が言い、加織の下着をはぎとった。

「やぁん」

 けっしていやがっているのではない声をあげて、加織が脚をひろげる。

 見ようとは思わなくても、つい目が行ってしまう。同性のものとはいえ、その部分はそうそう目にするものではない。

 加織のそこは、胸と同様発育がよく、陰毛が濃かった。すくなくとも、まだ産毛しかはえていないまゆとは比較にならない。

「また、ケツまで生やしてるんじゃないか?」

「センパイの意地悪。ちゃんと処理してるもん」

「そうか? それにしては、もじゃもじゃだぜ?」

 言いつつ、墨田は加織の股間に口をつけた。

 舐めている。

 まゆは墨田の舌の動きから目が離せなかった。

 他人がしているのを見るのは、初めてではない――ビデオで見たことがある。

 神村弁護士事務所で、無修正のハードコアを見た。

 そこで、まゆは――

 一年くらい前のことだ。ドキリとする。あれから、神村とは連絡を取っていない。

 神村はあれからどうしたのだろう。むこうからの連絡も途絶えたままだ。

 それにしても――

「ああん、先輩、すごいよう、ぞく、ぞく、するう」

 加織が高ぶった声をだす。

「マジでおまえ露出狂なのな。他人に見られながらするのが好きなんだろう?」

「そ……そんなことないよう、加織ヘンタイじゃないもん」

「でも、濡れかた、異常だぜ?」

 指を入れる。ずちゅずちゅ音がして、加織の蜜があふれだす。まゆは思わずスカートの前を押さえていた。

(ヘンタイ……見られて感じるのは……ヘンタイ)

 実習を思い出した。

 鏑木に裸にされ、学生たちの目の前で幾度もイッてしまった。膣からも愛液をたらし、失禁までしてしまった。それらの痴態がすべて写真に記録されている。研究素材にされて、たくさんの人たちの目にさらされる。

 ――ぞくぞくぞくっ!

 まゆの身体に戦慄がはしる。

「先輩、きてえ……あたし、もう……」

 加織があえいでいる。

 墨田はちらりとまゆを見て、笑った。

「いいのか? 友達、みてるぜ」

「いいよ、いいでしょ、まゆちゃん――加織、ここでしてもいいでしょ?」

 夢中で呼びかけてくる。だめだ、とは言えない。

「い、いいよ――わたしはべつに」

「み、みてて、加織がえっちしてるとこ、みててね」

「う……うん」

 まゆはうなずくしかない。

 苦笑した墨田がズボンのジッパーをおろす。

 大きくなっている。

 まゆは急いで視線を外したが、まったく見ないわけにはいかない。墨田はそれも承知しているようで、誇示するようにしごいて見せた。

「ああ、先輩――はやくう」

「いくぜ、加織」

 ぬぷう――

 墨田のペニスが加織のヴァギナに飲み込まれてゆく。

「あ、ああああっ」

 まゆはつばを飲み下した。

 こんなふうに……

 墨田の腰が動いている。結合部分を見せつけるようにしている。

 わたしも……

「あっあっあん――先輩、気持ち、いい、よう」

「加織のまんこ、すげーヌルヌル。奥まですんなり入るぜ」

「うっあ!」

 墨田が腰を入れて突き上げると、加織は快楽にまみれた声をあげた。

 まゆは手をスカートのなかに入れていた。

 酔いもある。意識がぼーっとして、呼吸が苦しかった。なにより、身体が疼いて、股間がむずむずする。

 熱い……

 下着に当てた指を動かした。

 腰がびくんと引けた。

 でも、指だけはクリトリスを求めて蠢く。

 気持ちいい……

「う……く」

 声が漏れた。

 視線は、加織と墨田のセックスシーンからはなれない。

「ああああっ! 先輩、いきそう、いきそう」

「いいぜ、イっても」

 墨田は激しく腰を打ちつけながら言う。

「ね、先輩もいく? いく?」

「ばーか、ゴムねーんだ。中には出せねーだろ」

「う……あああっ! はああっ」

 加織がわななく。

 まゆは下着のなかに指を入れていた。加織の感覚とシンクロしている。

 溢れる……っ

「いくぅ……い、い、あっ……!」

 加織が腰を突き上げた。

 まゆも指で、自分自身を――

「いくぜ、加織、飲めよ」

 墨田がペニスを引き抜き、加織の口に突っ込んだ。

 どくどくどく、注ぎ込む。

 うっとりとした表情で、加織はザーメンを飲み干した。舌を亀頭にからめる。

 それを見ながら、まゆはスカートの奥に手を差し込み、指を動かしていた――

 まゆも……したい……

つづく