まゆは街をでたらめに走っていた。良明の顔が見られなくて、恥ずかしくて悲しくて、逃げた。
一度、学校に向かいかけた。鏑木の顔が思い浮かんだ。
面接会場でのこと、入学式の保健室のこと、アルバイトのこと。
そして、鏑木の白衣にしみついた消毒薬の匂いが――
病院を思い出させた。
神村弁護士が入院している総合病院。
去年の冬、轢き逃げされた神村は、いまだに起き上がることができないでいる。
神村としていた「練習」のことが――
わたしはおにいちゃんを裏切った。
ううん――ずっとだましていた。
だから、これは――罰なんだ。
わたしはおにいちゃんに愛される資格なんかない。
おにいちゃんは、もっと別の人といっしょにいた方がいいんだ。
くやしいよ。
はずかしい。
かなしい。
胸がいたい。
どうしてだか、わからない。
どうしたらいいのか、わからない。
どうしたいのかも、わからない。
思考が混乱して、めちゃくちゃだった。だから、呼び止められた時も、しばらくそうとは気づかなかった。
「まゆちゃん? まゆちゃんじゃない?」
明るい声だ。屈託というものがまるでない。
メガネをかけた少女がいた。
「加織……ちゃん」
まゆは呆然として立ちすくんだ。
「やっぱりぃ。うちの制服を着て、通りを走ってたから、なにかなーと思ったよぅ。どうしたの?」
そういう加織は私服姿だ。襟と袖にファーのついたジャケットに、ボタンダウンのシャツ、下は黒レザーの超ミニだ。足元はブーツで決めている。
メガネもいつもの銀縁ではなく、セルフレームのデザイン重視のものだ。髪もウェーブがかかったセミロングで、やぼったいお下げはなくなっている。
「ああ、これ? ガッコじゃないもん。でも、まゆちゃん、勇気あるねー。うちの制服着たままこのあたりまで遊びに出るなんて」
加織に言われて気がついた。そろそろ夜のとばりのおりる頃、周囲はバーや風俗店、ラブホテルなどが立ち並んでいる繁華街の一角だ。
「あ……わたし……」
まゆは周囲の雰囲気に圧倒されて言葉に詰まった。いましもカップルが一組、ラブホテルに消えて行ったところだ。
「し、知らなくて……わたし……」
「すっごい勢いで走ってたよねー。彼氏とケンカでもした?」
「えっ……」
まゆは加織を見つめた。加織はけらけら笑い出す。
「だって、泣き出しそうなすっごい顔で走ってたもん、わかるよ。でっも、相手の男はバカだよねぇ、まゆちゃんみたいな子をふるなんて」
ふられたとかそういうわけでは……と反論しかけたまゆだが、言葉を飲み込んだ。ふられるより、ずっと、悪い。好きなひとを偽っていた。大事な、かけがえのないひとにウソをついていた。
うつむいたまゆに加織はやさしく声をかけた。
「ね。いっしょ、くる?」
「え?」
「あたし、これからカラオケいくんだー。まゆちゃんもいっしょに行こうよ。おっきな声で歌ったらスカッとするかもよ。あ、それともおうちの人とか断らないとだめっぽい?」
おうちのひと――良明とはしばらく顔を合わせたくない。帰りたくない。でも、行くところがない。
「どうする?」
「いく。加織ちゃん、ありがとう」
「わあ、よかった。あたし、前からもっとまゆちゃんと仲良くなりたかったんだー」
加織がまゆの手を握った。柔らかくて温かな指だった。まゆは手を握り返した。悲しみがすこし癒えたような気がした。
カラオケボックスは空いていた。まだ混み合うには早い時間帯なのだろう。二人にしては広いボックスに入ると、加織は飲み物のメニューを検分する。
「あたし、ストロベリーフィズにしよっかなー。レモンダイキリもいいかも」
「え……でも、それお酒じゃ……」
「えー、アルコール度数低いし平気だよ。それに、まゆちゃんだって、ちょっとは飲んで、はじけたほうがいいよ」
「でも――飲んだことないし」
「うっそー、うちでも飲まないの? おとーさんとかに飲まされたりしない?」
良明は家では飲まないのだ。たまに外で飲んでくるらしいことはあるが、それにしても、仕事上のつきあいのみに制限している様子だ。
家計の問題もあるが、もしかしたら、まゆに気を配っているのかもしれない。
「やっぱ、まゆちゃんは優等生なんだなー」
「ちがう!」
まゆは思わず反論していた。
「わたし、優等生じゃない」
「ふーん、じゃ、お酒、いってみる?」
まゆはうなずいた。
運ばれてきたのはオレンジジュースのようなお酒だった。
まゆは加織に勧められるままグラスを飲み干した。
意外においしかった。
じきに身体が温かくなり、楽しい気分がわきあがってくる。
歌も歌った。人前で歌うなんて、苦手だとおもっていたが、じぶんでもびっくりするほど声がでた。加織が絶賛してくれた。
加織とデュエットもした。はやりの女性デュオの曲だ。肩を組んで歌った。
楽しかった。
友達っていいな、そう思った。
その時、加織の携帯が鳴った。
「あ、センパイ? いま着いた? んじゃねー、ここ、305ですから。あ、あと、まゆちゃんって子もいるんで、よろしくです」
ぱたん、と携帯を折り畳む。
まゆはすこし慌てた。
「だれか、来る……の?」
「うん。もともとセンパイと待ち合わせしてたんだ。知ってるでしょ、まゆちゃんも」
「え……?」
「ほらあ、入学式の時、保健室で」
「あ……」
まゆは思い出した。保健室の隣のベッドで、加織とセックスしていた男のことを。たしかに、その男は加織からセンパイと呼ばれていた。
「わ、わたし、帰る」
あわてて立ち上がる。
「えーどうして? なんで?」
加織がおもしろそうに訊いてくる。
「だ、だって、デ……デートなんでしょ?」
「あれ? センパイが男だっていったっけ?」
「あ……」
「やっぱり、起きてたんだ、となりのベッドで。まゆちゃん、ずるいなあ」
加織がにやにや笑う。
「加織とセンパイがエッチしてたの、ぜんぶ覗いてたんでしょお」
「み、みてない、みてない。聞いてただけ」
おもわず認めてしまっていた。
「あははっ、まゆちゃんって、かわいー」
加織が爆笑する。
「なんだ、にぎやかだな」
ボックスのドアがひらいた。ストリート系のファッションを着崩した少年が顔を覗かせている。
顔を見るのは初めてだが、声には聞き覚えがある。加織とセックスしていた高等部の男子生徒だ。茶パツにピアス、眉毛は抜いているらしく糸のように細い。今時の高校生としてはある意味平均的な感じだが、祥英ではかなり異端の部類に入るだろう。
「あ、センパイ」
加織がうれしげに立ち上がって出迎える。ドアをふさがれて、まゆは帰るに帰れない。そうこうするうち、加織に引き戻されてしまう。
「ほらあ、この子がいま話題の中等部のアイドル、七瀬まゆちゃんよ」
加織がまゆに抱きつきながら、紹介する。
「か、加織ちゃん、へんなこと言わないで」
「あらあ、本人は知らないのかな〜? ちぇっちぇっ」
加織はわざとらしく舌打ちした。それから気を取り直したように、少年をまゆに紹介する。
「こちらは墨田先輩。まゆちゃん、知ってるよね? 加織のカレシ」
意味ありげに笑う。
「ねえねえ、センパイ、まゆちゃんって、エッチな子なんだよ。この前、先輩と保健室でしてたこと、隣のベッドでずっと聞いてたんだから」
「そ……それは……」
まゆはどぎまぎする。
「いいじゃん、いいじゃん。よろしく、まゆちゃん」
墨田は軽薄に手を差し伸べた。
握手を求めている――そう気づいたときには手を取られていた。
まゆはボックスの一番奥のコーナーに押し込まれていた。加織と墨田は並んですわっていちゃついており、まゆとしてはへきえきせざるをえない。
墨田も当然のように酒を飲み、タバコを吸った。せまいボックスのなかに煙はすぐに充満した。
さらにまゆにも酒のおかわりを勧めた。間が持たないまゆとしては、飲むしかない。
タバコの煙とアルコールで、まゆの頭がくらくらする。
そうこうするうちに、墨田はカラオケそっちのけで加織の身体に触りはじめた。
「あん……だめだよお、先輩、まゆちゃんがいるのにぃ」
「へっ、いいだろ? べつに。見せつけてやろうぜ」
「あん、もお……先輩のエッチ……」
言いつつ、加織もとろん、とした目をしている。
墨田と加織がキスをはじめる。濃厚なディープキスだ。
まゆは立ち上がることもできず、スクリュードライバーをちびちび飲みながら、それを見物しているよりほかなかった。
まゆの存在が加織を、そして墨田を、いたく刺激したのだろう。二人の行為はエスカレートした。
キスしながら、加織の胸をはだける。中一とは思えないボリュームの乳房がこぼれる。
「あ……あ……センパイ」
「加織のオッパイ、すげー熱くなってる」
もみしだき、乳首に口をつける。
「ああん」
まゆは鼓動が速まるのをうつのをどうしようもない。級友が、目の前でペッティングされている。
汗がでて、喉がかわいた。おもわずグラスを傾ける。甘さのなかにひそんだアルコールが血管のなかにすごい勢いで吸い込まれてゆく――
「加織のココ、ベチョベチョだぞ」
墨田が加織の股間を下着ごしに触って、笑い声をあげる。
「だって、まゆちゃんに見られてるんだもん」
加織が熱っぽい目でまゆを見る。まゆは目をふせた。どうしたらいいのか、わからない。席を立つきっかけを完全に失っていた。
「じゃあ、もっとよく見てもらおうぜ」
墨田が言い、加織の下着をはぎとった。
「やぁん」
けっしていやがっているのではない声をあげて、加織が脚をひろげる。
見ようとは思わなくても、つい目が行ってしまう。同性のものとはいえ、その部分はそうそう目にするものではない。
加織のそこは、胸と同様発育がよく、陰毛が濃かった。すくなくとも、まだ産毛しかはえていないまゆとは比較にならない。
「また、ケツまで生やしてるんじゃないか?」
「センパイの意地悪。ちゃんと処理してるもん」
「そうか? それにしては、もじゃもじゃだぜ?」
言いつつ、墨田は加織の股間に口をつけた。
舐めている。
まゆは墨田の舌の動きから目が離せなかった。
他人がしているのを見るのは、初めてではない――ビデオで見たことがある。
神村弁護士事務所で、無修正のハードコアを見た。
そこで、まゆは――
一年くらい前のことだ。ドキリとする。あれから、神村とは連絡を取っていない。
神村はあれからどうしたのだろう。むこうからの連絡も途絶えたままだ。
それにしても――
「ああん、先輩、すごいよう、ぞく、ぞく、するう」
加織が高ぶった声をだす。
「マジでおまえ露出狂なのな。他人に見られながらするのが好きなんだろう?」
「そ……そんなことないよう、加織ヘンタイじゃないもん」
「でも、濡れかた、異常だぜ?」
指を入れる。ずちゅずちゅ音がして、加織の蜜があふれだす。まゆは思わずスカートの前を押さえていた。
(ヘンタイ……見られて感じるのは……ヘンタイ)
実習を思い出した。
鏑木に裸にされ、学生たちの目の前で幾度もイッてしまった。膣からも愛液をたらし、失禁までしてしまった。それらの痴態がすべて写真に記録されている。研究素材にされて、たくさんの人たちの目にさらされる。
――ぞくぞくぞくっ!
まゆの身体に戦慄がはしる。
「先輩、きてえ……あたし、もう……」
加織があえいでいる。
墨田はちらりとまゆを見て、笑った。
「いいのか? 友達、みてるぜ」
「いいよ、いいでしょ、まゆちゃん――加織、ここでしてもいいでしょ?」
夢中で呼びかけてくる。だめだ、とは言えない。
「い、いいよ――わたしはべつに」
「み、みてて、加織がえっちしてるとこ、みててね」
「う……うん」
まゆはうなずくしかない。
苦笑した墨田がズボンのジッパーをおろす。
大きくなっている。
まゆは急いで視線を外したが、まったく見ないわけにはいかない。墨田はそれも承知しているようで、誇示するようにしごいて見せた。
「ああ、先輩――はやくう」
「いくぜ、加織」
ぬぷう――
墨田のペニスが加織のヴァギナに飲み込まれてゆく。
「あ、ああああっ」
まゆはつばを飲み下した。
こんなふうに……
墨田の腰が動いている。結合部分を見せつけるようにしている。
わたしも……
「あっあっあん――先輩、気持ち、いい、よう」
「加織のまんこ、すげーヌルヌル。奥まですんなり入るぜ」
「うっあ!」
墨田が腰を入れて突き上げると、加織は快楽にまみれた声をあげた。
まゆは手をスカートのなかに入れていた。
酔いもある。意識がぼーっとして、呼吸が苦しかった。なにより、身体が疼いて、股間がむずむずする。
熱い……
下着に当てた指を動かした。
腰がびくんと引けた。
でも、指だけはクリトリスを求めて蠢く。
気持ちいい……
「う……く」
声が漏れた。
視線は、加織と墨田のセックスシーンからはなれない。
「ああああっ! 先輩、いきそう、いきそう」
「いいぜ、イっても」
墨田は激しく腰を打ちつけながら言う。
「ね、先輩もいく? いく?」
「ばーか、ゴムねーんだ。中には出せねーだろ」
「う……あああっ! はああっ」
加織がわななく。
まゆは下着のなかに指を入れていた。加織の感覚とシンクロしている。
溢れる……っ
「いくぅ……い、い、あっ……!」
加織が腰を突き上げた。
まゆも指で、自分自身を――
「いくぜ、加織、飲めよ」
墨田がペニスを引き抜き、加織の口に突っ込んだ。
どくどくどく、注ぎ込む。
うっとりとした表情で、加織はザーメンを飲み干した。舌を亀頭にからめる。
それを見ながら、まゆはスカートの奥に手を差し込み、指を動かしていた――
まゆも……したい……