超世紀莫迦1,000,000アクセス達成記念作品

MA−YU 外伝

待ちなが 或いは まゆのドキドキ面接パニック!

いや……たぶん、ドキドキ面接パニックの方が正しい。

***

「まゆ、忘れ物はないか?」

「だいじょうぶ」

「受験票は――? あっ、筆箱入れたか筆箱」

「入れたし――それに、今日は面接だけだから、平気だよ」

 靴をはきながら、まゆはかばんをぽんぽんと叩いた。

 入学試験二日目の朝。学科試験をすでに終え、それなりに余裕の出てきたまゆに対して、良明の方はまったく緊張状態が抜けていない。

「学科は出来たと言ってたよな、ということは面接で失敗しなけりゃ――いいな! 絶対にアガるなよ! アガったらダメだからな!」

「おにいちゃんこそ落ちついてよ。試験を受けるのはまゆなんだから」

 くすくすとまゆは笑う。

「じゃあ、行ってきます」

 薄っぺらなドアを押し開けて外へ出る。

「うまくいったら、今夜は前祝いだ!」

 真剣な良明の声が背中に浴びせかけられる。まゆは振りかえって軽く手を振って応える。

「がんばれよっ!」

 うん、がんばる。

 まゆは声を出さずにうなずいて、小走りに駆け出した。

***

 祥英学園の校門のあたりは、入試に臨む受験生とその保護者でごったがえしていた。面接されるのは生徒本人だけなのだが、自宅待機ではガマンできない親御さんたちが多いらしい。

 まゆは、母親に髪を直してもらっているツインテールの女の子の横をすりぬけて、受験会場に向かった。

 受験生たちの服装はみんな小奇麗だ。まゆのような、ぺらぺらのフリースジャンパーを着ているような子はいない。いかにも裕福そうな家庭の匂いをぷんぷんさせている。

 まゆは自分の服装を確認してみる。フリースジャンパーの下の紺のジップアップトレーナーは洗濯しすぎでよれよれだし、その下のタンクトップもセール品だ。スカートはベージュ色のコーデュロイで、もともと持っていた高級品だが、なにぶん丈が短くなりすぎている。それだと脚が出過ぎて寒いので、ブラウン地の地味目のタイツをはいて防寒にしている。

 ちょっと街までお出掛けレベルのいでたちだが、まゆにしてみればこれが精一杯の「よい服」なのだ。面接試験のためにわざわざフォーマルウェアを用意できるライバルたちとは、どだい家庭環境が違うのである。まゆの保護者である沢良明の収入では、祥英学園にまゆを通わせるのは本当は不可能なのだ。それを良明は仕事量を単純に増やす、という方法で乗り切ろうとしている。

(おにいちゃんがせっかくくれたチャンスなんだもん。ぜったい合格するんだ)

 そう思うと、今さらながら心臓がどきどきしてくる。周囲の受験生がみんな自分より立派で賢そうに見えてくる。少なくとも服装はいい。

 まゆは周囲をできるだけ見ないようにしながら、指定された校舎へと向かった。途中、人が群がっている掲示板の前を通過したが、顔をあげなかった。ライバルたちの姿を見ると、よけい緊張しそうだったからだ。

 その校舎の1Fにある受験生の控え室の前でまゆは深呼吸した。すーはー、すーはー――よし、だいじょうぶ。

 戸をあける。

 控え室――ふだんは視聴覚教室として使われているらしい――はからっぽだった。

 いや、正確には、一人だけ、試験官らしい人物が大きなテーブルについていた。白衣を着ていて、ひょろっとした体格、髪の毛はぼさぼさだった。あんまり名門校の先生っぽくない。三十代のようだが、まゆには大人の年齢はよくわからない。もしかしたら、もっとずっと歳をとっているのかもしれないが……。

 時間は確かに予定より早めだが、誰もいないというのは変だ。それに遮蔽カーテンがぜんぶ閉まっているというのも、異様な雰囲気を醸し出している。

 まゆは戸口のところで迷った。時間をおいて出直すべきか、いや、もしかしたら、もう試験は始まっているのかもしれない。あまり、おどおどしているところは見せたくない。

「受験生?」

 試験官らしき人物がまゆに声をかけてきた。まゆは少しホッとして「はい、そうです」と答えた。

「遅いじゃないか。面接はとっくに始まっているんだよ」

 試験官の声がやや尖った。まゆは緊張して、気をつけの姿勢になる。

「入りたまえ。すぐに面接を始めないと」

「え、ここで、ですか?」

「そうだよ、早く」

 相手の目を細くなる。まゆは内心ふるえあがって、とたとたと駆け込みそうになる。なんとか思いとどまって、ゆっくりと中に入り、戸をしめて、深々と一礼する。

「ここに座りたまえ」

 神経質そうな口調で試験官がうながす。彼が座っている椅子のすぐ前にパイプ椅子が置いてある。

 控え室でいきなり面接が始まるのは変だな、とチラリと思ったが、集合場所はここに間違いないのだし、この面接試験は絶対にミスできないのだ。学科の出来にはそれなりに自信があったが、祥英は面接を重視して合否をつけることで有名だった。

「失礼します」

 お辞儀をしてまゆは椅子に腰かける。スカートが短いので、膝が出てしまう。これはちょっとまずいかな、と思ったが、仕方がない。ボロは着てても心は錦と言うではないか。

「名前と、学校名をどうぞ」

 試験官がファイルらしきものを拡げながら、質問してくる。そこにまゆの情報もファイルされているのだろう。

「七瀬まゆ、蟻ケ戸小学校に在籍しています」

「志望動機を教えてください。簡潔にね」

 受験票は見せなくていいのかな、それに、自分のファイルにはどんなことが書かれているんだろうか、などと、いろいろと不安になりながらも、まゆは質問に答えていく。

 志望動機は単純だ。母親がこの学校の卒業生だった。母が愛していたこの学校にずっと憧れていた。この学校で色々なことを学んで、母のような人間になりたい。

 まゆにとっては、最も雄弁になれる質問だった。ひそかに楽しみにしていたのは、自分の母の学生時代を知っている先生に出会えたりしないだろうか、ということだった。高等部時代には生徒会の書記を二期つづけて務めたという母のことだから、古株の先生であれば憶えていても不思議ではない。そんな試験官に当たったら、面接試験もすごく楽しいものになるだろう、と期待していた。

 だが、この試験官はまゆの志望動機にはまったく興味がないようだった。ただ、まゆの顔と胸とひざ小僧を何度も上下に往復するように見つめていた。

 好きな科目や入学したらやりたいこと、などの型通りの質問がなされた後、試験官の口調がかわった。

「さて、七瀬くんがわが校に入学することを希望しているとしたら、絶対にパスしないといけないテストがある」

「はい……」

「正直に答えてもらわないと困るのだが……よいかね?」

「はい」

 試験官はほんの少しためらいを見せて、それから、ふっきるように顔をブンと横に一度振って、それから口を開いた。

「君は処女かね?」

「は?」

 なにを訊かれたのか、まゆは一瞬理解できなかった。

「君は処女かと訊いたんだ。意味がわからないなら言いかえよう。セックスをしたことはあるかね?」

「えっ……ええ?」

 なぜそんなことを訊かれるのかわからない。

 すると、試験官はうほんと咳払いをした。

「最近の小学生は早熟でね。性体験をする年齢がどんどん下がっているというゆゆしきデータがある。わが祥英学園に、そのようなみだらな生徒は入学させられないのだよ」

 まゆの呼吸が止まりそうになる。

「わたしとしても、こんなことを訊くのはいやなのだが、決まりだからしょうがない。七瀬まゆくん、君はセックスをしたことがあるかね」

「あ、あの……それ……答えないといけないんでしょうか」

「当然だ。わが校に入りたいならばな」

 試験官はおもむろにうなずく。

 まゆの頭のなかは真っ白だった。こんなバカな質問に答える必要はないという考えと、それで落ちてしまったらどうしようという考えが渦巻いて、不合格になった場合の良明の落胆ぶりを想像した瞬間、まゆのなかでスイッチが音をたてていた。

「あ、ありません」

 答えた次の瞬間、顔に血がのぼってきて、相手を見ることができなくなった。

「ほう」

 試験官の目が細くなった。

「ウソではないだろうね?」

 まゆの胸がズキンと痛む。ウソだからだ。

「例年、処女だとウソをついて入学する生徒がいて困っているのだよ。風紀を乱すのでね」

 試験官はさも困ったことだ、と言いたげに肩をすくめた。

「その防止策として、今年から面接でいくつかテストさせてもらうことになったのだよ」

「テ、テスト?」

「そうだ。まず、性体験を持った生徒は下着が派手になるものだ。七瀬くん、スカートをまくってみてもらえるかな?」

「え?」

 まゆは目を丸くする、というか、丸くなってしまう。

「立って、スカートをまくるんだ。むろん、嫌ならば結構。面接放棄ということで、帰ってもらってかまわない」

 試験官はそっけなく言い切った。次の受験生の情報を見るためか、ページをせわしく繰りはじめる。

 まゆは反射的に立ちあがった。

「わっ、わかりました」

「そうかい」

 試験官は姿勢を戻した。上体を乗り出してくる。

 まゆはコーデュロイの裾に手をかけた。自分でスカートをめくることになるなんて――