ジャリン戦記(3)


 夜が更けきった。さすがにウェヌス街も人通りが果てていた。朝になれば、また、冒険に出発するやつらが通りをうずめつくすのかもしれないが、それにはまだ間がある。

 おれは<ロッシュの名なしの店>の裏手の路地を足音をしのばせつつ、進んでいた。

 確かめたいことがあったのだ。

 ミアを抱いていた時に、透視をしかけてきた少女。

 だれなのだ、あれは?

 ロッシュとは十年近いつきあいがある。むろん、酒場の主人と常連という間柄にすぎず、ロッシュの私生活や過去については、あまり知らない。

 かつて冒険者だったことはまちがいない。だが、現在は、冒険者向けの酒場を経営しつつ、やばいアイテムの鑑定や売買、不法なモンスター取り引きなどにも手を染めているらしい。それだけに裏情報にもくわしく、重宝していたわけだが……

 ロッシュのやつ、顔に似合わず女には几帳面だと思ったら、ロリコンだったのか。

 どーせ、不法なルートで手に入れて、慰みものにしているにちがいない。そうだ、そうだ、それに決まった。

 たすけてやらねば。少女の敵はおれの敵だ。

 なーんちて。

 実際のところは、「仲間を紹介してくれ」とおれが頼んだ時のロッシュの反応が引っ掛かったのだ。心当たりはあるが、黙っていよう、という様子が一瞬だが見えた。ロッシュも簡単には表情を読ませない男だが、おれの目まではごまかせない。

 ロッシュがおれに紹介したくない「仲間」――ロッシュ自身はもう冒険には出ていないから、紹介して困る冒険者などいないはずだ。それがあるとすれば……ロッシュの身内しかない。そのことと、あの少女がおれの勘では結びつくのだ。

 おれは、音をたてずにロッシュの酒場の裏口を開いた。

 むろん、扉を開くまでに七つの鍵と五つのトラップを外している。なみの盗賊なら、五つめの鍵か三つめのトラップでおだぶつだったろう。なかなかしっかりした防備だ。

 おれは足音をしのばせて――といっても、ふつうに歩いても足音なぞさせはしないのだが――店の奥に向かった。

 宵の口におれがミアを楽しんだ小部屋があるゾーンよりもさらに奥だ。

 ここは、ロッシュの裏の商売の領域で、常連の中でも特に選ばれた者しか入れない。おれもその一人なのだが、さすがに深夜おとずれたのは初めてだ。

 廊下の端に積み上げられたケージの中では、飼育が禁止されているはずのモンスターの幼生がみぃみぃ鳴いて、餌をねだっていたりしている。成長すれば、視線で人間を金縛りにして、脳だけを食らうようになるグラルマも、子供のうちはかわいいものだ。

 あるいは、羽根のはえた小さな子供――ありふれたフェアリではなく――エンゼルと呼ばれる旧世界の邪神さえ閉じこめられたりしている。これは、たぶん薬づけにされているのだろうが、頭のうえのわっかも濁った色をしている。こういうのを飼いたがる金持ちの考えることはよくわからん。抱いたり、食ったりするそうだが、うーむ。

 このほかにも、すごいのがゴロゴロしている。一匹でも町に出たら、それだけでパニックになるにちがいない凶悪なのばかりだ。もしもルバルの町が謎のモンスター軍団に襲われて壊滅することなどがあったとしたら、たぶん、その震源地はこの店だろーな。

 おれは、暗闇のなかでも見える自慢のおめめを見開いて、廊下の一番奥の扉を凝視した。

 他の部屋には入ったことがあるが、いちばん奥だけは中をのぞいたことさえない。また、部屋の配置からいっても、小部屋を覗ける位置関係にあるのはあの部屋のはずなのだ。

 扉に近づくと、そっと中の気配をうかがった。

 なにか仕掛けでもあるのか、中の気配が伝わってこない。

 鍵を調べた。

 なんと、外から錠がかかっている。それも、魔法がかかったとんでもないやつも含めて九つもだ。これは、ていよい牢獄なのではないか?

 やはり、いたいけな少女は監禁され、日々ひどい拷問を受けているにちがいない。いかん。おれが助け出し、正しい男女の愛しあい方を伝授してやらねば。

 ――さてと。どうするかな。

 八つまでは簡単に鍵を外せる――って、もう外しちゃったんだけどね、調べながら。あとのひとつが厄介だ。解呪の魔法が必要なのだ。くりかえすが、おれは魔法使いではない。

 「力ずくだと音がするしなあ……」

 ロッシュのおっさんは、二階で寝ているはずだ。だが、階下の異変にはすぐ気づくだろう。その程度の備えはしていないとおかしい。

 「しょうがねえなあ……」

 おれは、闇にむかってささやいた。

 「たのむぜ、マモン……」

 ――扉はあっけなくひらいた。

 ふあっと、花の香りがにおった。

 「へえ」

 中には燭台の明かりが灯っていた。どうやらマジックアイテムの燭台らしく、消えることがないようだ。おれたちからすればそんなに高いものではないが、ふつうの人間では、こんなものでも何年分もの稼ぎが必要になる。

 そこは女の子の部屋だった。暖色系の壁紙に、レースのカーテン、かわいい感じの家具や調度類――ベッドはフリルつきのシーツで飾られている。

 壁にはあどけない少女の肖像画がかかっていた。魔法使いらしい装束に身を包んで、立ちポーズをとっている構図だ。

 額に第三の目があることをのぞけば――いや、それを含めても――とても愛らしい少女だ。青みがかった髪をおかっぱにして、琥珀色の虹彩をきらめかせている。

 そういえば、以前、ロッシュからではなく、この店の常連の一人から聞いたことがあった。

 ロッシュは昔、娘を死なせたことがある――と。

 「娘の部屋をそのままにしてあるのか……?」

 ちょっとがっかりした。

 だが、すぐにそれだけではないことがわかった。

 寝息だ。

 ちいさな寝息が聞こえている。

 おれはベッドのそばに移動した。

 笑みくずれた。

 この子だ。まちがいない。

 ベッドのなかには、青水晶色の髪の天使が――薬漬けになってラリっていたあの本物のエンゼルよりも数万倍は天使らしい――眠っていたのだ。

 年齢はティーンエイジの手前あたり。

 目をとじている。広い額、形のよい眉、整った鼻、蕾のような唇はほのかに紅いろ。あと三年で完成する美貌が、子供の国の国境でとどまっているような感じだ。

 人形か……?

 と疑いたくなるほど、だ。

 だが、シーツにおおわれた胸が規則ただしく上下している。

 いやいや、作り物かもしれん。確かめねば。

 おれは、シーツをはいだ。

 少女はフリルのついたシルクの古風な寝巻きを身に着けていた。そうとう寝相がよいらしく、裾もまったくはだけていない。素足の指は素直にのび、足の裏も柔らかくて健康そうだ。

 おれは、少女がほんとうに人間かどうかを確認すべく、寝巻きの胸元のボタンをぷちぷちと外していった。ボタンをすべてはずせば、寝巻きの前の部分は完全にはだけるようになっている。

 熟睡している少女は、まったく目をさます様子がない。

 少女の胸があらわになっていた。

 まだ発育途上のまるい脂肪の丘陵がふたつ、鎖骨の橋の下に位置している。乳首はややちいさい。もしかしたら、吸いついて、舌でレロレロしてやったら、ぷっくりふくらむかもしれない。

 だが、おれは紳士なので、がまんした。

 下を調べねば。

 と、いうわけで、下着をそろそろと脱がしていった。

 これはむずかしい。ふつうは、パンツを脱がされる段になると、たいてい目をさますものだ。

 だが、よっぽど眠りが深いのか、あるいは、気づいていて、わざと寝たふりをしているのか、少女は目をさまさなかった。

 たぶん、答えは二番だな。ということは、何をしてもオッケーということにちがいない。

 と、おれは判断して、おれは少女の下着を取り去ると、軽く脚を広げさせた。

 ほら、目覚めない。これはいくらなんでも変だ。

 おれは卓上の魔法の燭台を手に取ると、少女の股間をよく見るためにそれを近づけた。

 うーん、予想したとおり、発毛はまだだ。脚を多少開かせたくらいでは陥落しない縦割れはつるつるで真っ白だった。

 「さて……中はどうかな」

 おれは、さらに少女の脚を広げさせ、われめに息がかかるくらいに顔を近づけた。

 匂いをかいだが、なんの反応もなかった。奇妙だった。だいたい、女の子のあそこっていうのは、思春期ならば特に、微生物が活躍して独特の芳香を発するものだ。

 おれはいぶかしみながら、少女の谷間を左右にひらいた。

 にゅち。

 と、ちょっと湿った音がして、少女の部分が目前に広がる。

 そこはうすいピンク色をしていた。

 襞は、まるで透き通ってでもいそうなほどに繊細だ。

 指で襞をめくり、膣口をたしかめる。

 処女膜が見えた。かの女の愛しき涙色、と夜の吟遊詩人が歌い賞する女の宝だ。だが、こんなのなくなってからの人生のほうが気持ちいいんだぜ。

 と。

 小陰唇の内側に小さな刻印をみつけた。シリアル・ナンバーといってもいい。

 「なるほど、美形なわけだ……」

 おれは、あらためて少女の寝顔をみつめた。

 まったく邪気のない寝顔だ。だが、これは正しくは眠りではなく、機能停止なのだ。

 いま、おれがなにをしても、この子は目を覚まさないだろう。生命維持が困難になるような強い衝撃を与えない限りは、こうして眠りつづけていくはずなのだ。

 覚醒信号が送られないかぎりは。

 ホムンクルス――魔法科学がつくりだした人造人間。

 それが、この少女なのだ。

 ヴェスパー・ウェットランド博士――名高いホムンクルス製作者だ――の工房の作品であるという旨の刻印が、彼女のあそこにあったのだ。

 製造ナンバーは49、現在のヴェスパー博士の最新作は、カタリアの国王の七番目の妃になったというアグネシアで、製造ナンバーは222だから、この少女はけっこう古いタイプだ。とはいえ、一説によると、ヴェスパー博士はナンバー100以降はほとんど弟子に任せるようになったとも言われているから、40番台というのは品質的にはけっこういいものかもしれない。しかも、まだ手付かずである。もっとも、手がついちまっているホムンクルスには流通価値はほとんどないのだが。

 (これは掘り出しもんだぜ……このまま連れて逃げちゃおうかな)

 そう考えながら、おれは少女のあそこを指でいじいじした。こんなものがあると、つい、そうしたくなってしまうのが人情だろう。

 だが、反応がまったくない。鼻も鳴らさないのだ。

 (さわっていても、濡れてこない。おれが……このおれの邪掌でもきかないというのか?)

 おれの左掌には女を夢中にさせる力がある。ふつうの女なら、眠っていようが、死んでいようが(うそ。死んでいたら無理だ)、おれがさわれば快感にうち震えるはずなのだ。

 プライドが傷つけられたおれは決心した。よし、絶対にこいつをいかせてやる、と。

 と、思ったのが悪かったのか、よかったのか。

 少女のまぶたがひらいた。

 なんのよどみもなく瞳がうごき、おれの姿をとらえた。