ジャリン戦記


Episode 1
The Doll



Aprilfool
うづきはじめ


 町の喧騒は死と隣り合わせの奇妙な高揚感にささえられていた。

 冒険者の町ルバル。虹の街道のうちの一本・紫の道の終着点でもある。これより北は荒涼としたシオの沙漠。西はガ・ルッチャ平原、南にはボ イナータ密林が広がっている。いずれも冒険者の活躍の場となる辺境地帯だ。そこには、中央では得られない不思議な宝とそれを守護するおそろし い魔物が跋扈している。あるいは、さまざまな秘められたもの――高価なものから、単にめずらしいだけのもの――が、まるで拾われるのを待って いるかのように転がっているのだという。

 ルバルは、そういった辺境に旅立っていく冒険者たちの基地としての役割を持っているのだ。

 そこにはむろん宿屋があり、宝物を鑑定し、買い取る店があり、冒険者に仕事を斡旋する商売のものがあり、むろん、冒険者たちの稼ぎをやん わりとむしり取る――歓楽街もあった。

 ウェヌス通り――別名冒険者通り。ここには、西部辺境を舞台に冒険の旅をしてきた者、これからしようとしている者が集まってくる。ここ で、いろいろな情報交換をしたり、あるいは気のあう者同士でパーティを組んだりもするのだ。

 だから、たいていの冒険者たちは複数で行動している。冒険者たちの金言には「ダンジョンでは仲間にまさる盾はない」というものさえあるの だ。一人で行動する冒険者はまれだといえるだろう。

 が、いた。

 いたのだ。

 それが、おれだ。文句あるか。ないだろうな。当然だ。おれは主人公で語り手なんだからな。おれの言うことに納得できないやつは、もうこの 先を読む必要はないぜ、けけけ。この後、かわいい女の子がいっぱい出てきて、ものすげーエッチな展開が待っているんだけどな。いやあ、惜しい ねえ。ばいばい。

 あっ、てめえ、きたねえぞ! このへんを飛ばして、エッチシーンだけ読もうって肚だな。反則だ、反則。

 などとわけのわからんことを考えている場合ではない。

 おれは、顔を隠しているフードのズレを直し(おれの場合、すぐにフードがずれてしまうのだ。理由は後でわかると思うが)、道を急いだ。

 フードつきマントの下は、軽いがまずまずの防御力もある薄手のプレートメイルを着込んでいる。ただし、プレートは鉄ではなくセラミックス 製だ。つまり、硬い焼き物だな。これを作る技術は今では失われており、たいへん高価なものだ。ま、おれはあるダンジョンでタダで手に入れたん だが。

 そういう意味では、剣もそうだな。ある古城からパクった――ではなく発見した黒い刀身のいかした剣だ。ある町で鑑定士に見せたら、「呪わ れたアイテムです」とかほざきやがった。くそ。ま、その鑑定士の娘を剣の柄でイタズラしてやって仕返ししたけどな。けけけけ。

 「あら、いかしたおにいさん、寄ってらっしゃってぇ」

 鼻にかかった甘ったるい声とともに、いわゆる「あぶないドレス」を着た女がまとわりついてきた。通りには似たような格好の女たちがスライ ムのようにわさわさ出てきており、道ゆく人々に黄色い声をかけまくっている。

 「ねぇん、九十分で二百ゴルトポッキリよぉ! 飲み直しなし、女の子のチェンジは五回までOKよ。サービスしたげるからぁ」

 調子に乗って、おれの股間に指を這わせる。若い頃だと、これだけでアヘアヘアヘアヘとか言ってしまうかもしれないが、おれはもうおとなだ から平気だっ!

 「悪いが、女には不自由していないんでな」

 かっこよく捨てぜりふを残し、女をふりはらった。

 「なにさ、気取りやがって! どーせ、フードの下はものすげーブサイクなんでしょっ! やーい、ブサイク、ブサイク」

 女は悔しまぎれに指で顔を変形させ、ただでさえ残念な造作の顔をさらにのっぴきならないものにした。

 なにが悲しゅうて、こんなやつにブサイク呼ばわりされにゃならんのかっ!

 「だれがブサイクだ、だれが!」

 「あんたよッ! やーい、ブサイクでインポでびんぼーにーん!」

 「なんだとぉ……これでも、おれがブサイクだと言えるかっ!」

 おれはフードを取り去った。

 秀麗な――というよりも玲瓏な――あるいは艶麗な――いやいや絢爛にして豪華というべきだろう――とにかくかっこいいおれの素顔があらわ になった瞬間、女は凍りついたようになった。

 と、女の表情の一角がくずれた。

 「ぷっ」

 なに。

 「ぶわっはははーっ!」

 失礼千万なことにこのクソ女、おれを見て笑いだしやがった。

 「なによ、あんた、その頭は!」

 はっ、しまった。

 おれは、さっきからフードの圧し上げて困っていた自分の髪に手をふれた。うっ、痛い。刺さってしまう。

 「まるでウニじゃない、それ!」

 「ウニじゃねえっ! おれの髪は硬い髪専用のシャンプーで洗わねえと、すぐこうなっちまうんだよっ! 悪いか!?」

 そうなのだ。美形でかっこいいおれの唯一の弱点は髪質が異常に硬いことなのだ。専用のシャンプーとリンスとトリートメントで手入れをしな いと、すぐにピンピンにとがってしまう。この町に着くまで一週間というもの野宿でまともに風呂に入れなかったもんだから、すでにヘッジホッグ (ハリネズミ)状態といっても過言ではなかったりする。

 「ぎゃはは、ウニウニウニーっ!」

 笑い転げている女を刺し殺そうと思ったが、なんとか思いとどまって、おれはフードを元にもどした。

 「とにかく、おれはぶさいくじゃねえ。かっこいいんだ」

 「はあはあ、たしかに、顔はまあまあだったわね。頭の印象がすごくて、あんまりよく見なかったんだけど」

 女は腹を押さえながら、まだ笑いを噛み殺しかねている。

 「ね、やっぱ店に来なさいよ。みんな、おもしろがるわよ。安い値段でいい気持ちにさせてやるからさあ」

 などといいつつ、まとわりついてくる。まだ商売をする気か、この女は。

 しょうがねえ、な。

 「おめーこそ、いい気持ちになんな」

 おれは、左手を女の尻にまわして、にぎりしめた。

 「あんっ! タダでさわる気ぃ!? このっ……ああっ!?」

 女は目を見ひらいた。

 「あんあんあんあんっ! あああーっ!」

 女は「あぶないドレス」をもみちぎるようにはだけながら、身もだえた。

 むろん、おれはもう歩きだしている。

 「あーっ、こんな状態で放っておかないでよぉっ!」

 女がよがりながら、道によろめき倒れるのをおれは無視した。

 おれはウェヌス通りから横丁に入った。古い、ちいさな店が軒をならべている界隈だ。さすがにこのあたりには呼び込みの姿はない。

 すこし歩いて、おれはその店の前で足をとめた。

 入り口が半地下にあるので、何段か階段をおりなければならない。看板もなにもない、一見ふつうの家のようにも見える。だが、ドアをあけた とたんに耳をつんざくような音楽が聞こえてきて、一発でその正体がわかる。

 酒場だ。

 それもただの酒場ではない。

 冒険者――それも駆け出しなんかではない――御用達の店なのだ。

 店はまあまあの入りだった。照明は暗く、なかは騒がしかった。十数人の客が、いくつかのグループをつくって、酒や薬をやっていた。筋金入 りの冒険者たちのやるものは、ふつうのブツではない。ゲオルグドラゴンの胆汁をしませたホパの葉たばこや、ルビル食人花の牙のあるはなびらを 漬け込んだゴラ酒など、ふつうの人間が口にするや数分で狂い死にするような強烈なモノばかりだ。

 おれは、まっすぐにカウンターにむかった。

 カウンターの中では、小柄なはげ頭の男が、コップを磨いていた。

 はげ頭は、おれに気づいたようだ。二個しかない目をふたつともおれに向けた。右目と、そして額にある目を。左側のからっぽの眼窩は、かつ ての冒険の勲章だと聞いたことがある。

 「あいかわらず、ひでえツラだな、ロッシュ」

 おれは、はげ頭のマスターに声をかけた。

 ロッシュは無言で肩をすくめて見せただけだ。おためごかしの営業スマイルもしやがらね。くそ、このあいだ飲み代を踏み倒したことをまだ根 に持っていやがるな。

 おれはスツールに腰を落としながら、にこやかに――飲み代のことは話題にしないようにしつつ――言葉を続けた。

 「早い時間からやけにはやっているじゃないか、さすがは<ロッシュの名なしの店>だね、いやー、経営者の人徳ってやつかなあ」

 い、いかん、これでは太鼓持ちではないか、とやや反省して、おれはまわりをきょろきょろ見回した。

 おっ、可愛こちゃん発見。若い女魔導士がカウンターに座っている。まだ二十歳(はたち)前だろう。あどけない顔には不似合いなほどのグラ マーだ。魔法使いのローブの下はノーブラのようだが、ぜんぜん垂れている様子がない。若いのだ。

 しかし、ちぃっ、男連れである。

 男の方は、上半身裸の筋肉バカだ。いわゆる闘士(バトラー)というやつだろう。何につけても力まかせの単純野郎だ。だいたいパーティの先 陣に立って、一番最初にクリティカルを食らって死ぬようなやつに決まっている。

 男はどうやら、自分がダンジョンでいかに勇敢に戦ったかを滔々と喋っているらしい。なんのことはない自慢話だが、女もアホなのか、うっと りとした表情で、男の話を聞いている。どちらかというと、男の大胸筋ばかり見ているような気もするが。

 おれは不愉快になったので、ロッシュに愚痴を言うことにした。だいたい、バーのマスターというのは、常連客の愚痴やら嫌味をうけたまわっ て金をもらう職業なのだからして、遠慮はいらない。

 「あーあ、<ロッシュの名なしの店>も、冒険者ミーハーがナンパのために集まるようになっちゃおしまいだな。客の質は落ちるとこまで落ち たもんだ。これも経営者の知性の欠如のせいかしらねえ」

 「なんか言ったか、てめえ」

 おれはロッシュに言ったつもりだったのに、闘士の方が聞きとがめたようだ。おかしいな。聞こえないように言ったつもりなのに――もっと も、すぐ隣にいちゃ聞こえてもしょうがないかもかも。

 「むかつくやつだな。おれがレベル9の闘士だと知っていてケンカを売ったんだろうなぁ」

 女魔導士を意識しながら、男はおれをにらみつけている。それにしても、レベル9か……赤銅色に焼けた肌と、盛り上がった筋肉。いかにも実 戦で鍛えられた感じだが、どうやらハリボテだったみたいだ。

 「おまえの方こそ、おれがサムライだと知ってケンカを買ったんだろうな?」

 いっとくが、サムライは少なくともレベル20は超えていないと登録できない職業だ。ちなみにおれのレベルは……ま、やめとこう、自慢にな るだけだしな。

 男は、一瞬あっけにとられたようだ。目が点になっている。

「へ……?(・・;)」

 「(・・;)じゃねーよ。顔文字を使うのは反則だ」

 「とおっしゃられても……(^^;)ゞ」

 「頭をかくんじゃねぇっ!」

 おれは右ストレートを男の顔面に叩きこんだ。

 げげしっ。

 「うげげ……(>_<)☆」

 くそっ、まだやっていやがる。ビジュアライズされていて、なんかちょっとうらやましいぜ。

 「いやあー、さすがはサムライっ! 称号はソードマスターでやんすか? それともアルティメット・スォーダー? いずれにしろ、すごいで やんすねっ!(*^x^*)/」

 鼻を陥没させながらも、男は愛想を振りまいてきた。

 「あのっ、よろしければ、この女、お譲りしますです。じゃ、あたしはこれで……」

 傍らに座っていた女をおれに押しつけるようにしながら、男はへこへこ後退っていった。

 「ちょっと、どーゆーことよっ!」

 女魔法使いが男に非難の声をあげたが、その男はもはや店から消えうせていた。なんともすごい逃げ足だ。回避率だけは高いな、あいつ。

 「あんたの男はいなくなったぜ。薄情だな」

 おれは戦利品たる女魔法使いの身体をしげしげと眺めた。

 「な……なによ……」

 女は虚勢を張って、胸をそらした。その拍子に、ローブの中でおっぱいが揺れる。

 うっ、こーゆーのに、おれは弱いぞ。

 「ロッシュ、奥、空いてるか?」

 「三十分、五十ゴルト」

 「ちっ、部屋代だけにしては高いぜ」

 「じゃ、ここでしな」

 ロッシュはにべもない。おれはしぶしぶ金貨をカウンターに置いた。

 「この前からの飲み代が足りんな。あと百五十だしな」

 「きぃーっ! このごうつくばりがっ!」

 おれは切れかけたが、かろうじて理性を保ち、要求された金額をロッシュに渡した。

 「毎度。あんまし部屋を汚すなよ」

 ロッシュが投げてよこした鍵をおれは空中でつかみ取った。

 「な……なによぉ。へんなことする気?!」

 女魔法使いが指をたてて、呪文の詠唱の準備にはいる。おいおい、店のなかで攻撃呪文でも使うつもりか?

 「へんなことじゃねえ。とっても気持ちいいことさ」

 おれは言うなり、左手で女の豊満な胸をつかんだ。

 「あんっ!」

 思ったとおり、のローブの下はノーブラだった。

 「いやっ! 離してっ!」

 むろん、離さない。乳房をこねるように揉んだ。

 「んん……あ……」

 女の声がうわずったものになる。

 けけけ。おれさまの愛撫に耐えられる女はいないのだ。

 「部屋に行くぜ。あんまり他の客に見せるのももったいないしな」

むろん、女は蕩けるような目でうなずいた。