がくえん おうじゃ
学園王者2
〜真奈の異常な漂流〜

もうひとつの最終回
怒濤
(承前)

18t

「入る……入る……バァド」

 なまぐさい息を吐きかけながら、カエル人間が身体を密着させてくる。

「やあ……やだあ……」

 真奈はあまりのことにしゃくりあげている。

 下腹が合わさっている。ぬるぬるした感覚。

 股間の頼りない部分に、固いものが侵入してくる。

「いやあっ! 太助ちゃあんっ!」

 真奈は目を見開いた。

 空がまわる。

 声が聞こえる。

 まな

 ――それは最初谺のようだった。実体のない波動のようなもの。

 まな……!

 ――少しそれが力を強めた。空気が震えるのがわかる。

 そして。

 まなあああッ!

 声が形になる。

 真奈は、なつかしい少年の声を聞いた。

 地鳴りのようだった。

 いや、ほんとうに震えている。

 次の瞬間、地面が傾いだ。角度にしたら十度、いや、もっとか。

「ゲッゲッ」

 カエル人間たちは真奈の身体にしがみついた。彼らも驚いているらしい。

「はな……してっ!」

 真奈は懸命にもがいた。相手はぬるぬるする。しかも、股間同士をこすり合わせるようにしている。先端が、するっと入ってしまいそうだ。

「いやあっ!」

 入り口のあたりを異物感が襲う。

 と、それが逸れる。カエル人間に横からぶつかったものがあるのだ。

「まなねーしゃん!」

 ハルキの声がした。目覚めたばかりらしいが、あまりの状況に、夢中で体当たりしてきたようだ。

 カエル人間たちは地震にうろたえている。ぐぇこぐぇこ鳴きながら、周囲を飛び跳ねはじめる。

 傾斜がきつくなる。鳴動はやまない。

 突然、泉が爆発した。としか思えないほどに湧水量が増したのだ。空に向けて轟々と水を吹きだしはじめている。

 さらに空が傾いた。そう思えるくらいに地面が傾いだのだ。

「ハルキくん……!」

「まなねーしゃん」

 二人は抱き合った。地面に膝をつく。もう立ってはいられない。泉の水も低いほうにむけて流れ出している。川のようだ。真奈とハルキはその流れに押し流された。

 森は壁のようにそそりたち、泉は、いまや滝となった。膨大な水を放出している。

 真奈とハルキは急流を押し流される小石となった。すぐそばにカエル人間たちもいる。泳ぎは得意なはずの彼らでも逃れられないようだ。

 そして――川が流れつく先は――海だ。

「もしかしたら、でし」

「なにっ、なにっ、きゃあああっ!」

 真奈は絶叫した。ウォータースライダーみたいな速度だ。

「これは、この前のとおんなじように、海の水が吸い込まれているでしか!?」

「この前!? なに、それっ!」

「まなねーしゃんは酔っぱらっていたから憶えていないのっしゅ!」

「そんなこと、どうでもいいから、とめてえっ!」

「おー、おふたりさーん」

 そのとき、間延びした声がすぐ近くからした。

「シンダラーしゃんまで!」

 リストを手にしたシンダラーが流されてきている。

「よかったでーす、無事だったのデースね。心配してまーした」

「きゃあっ、シンダラーさん、こっち見ちゃだめえっ!」

「なっ、まーな、うぷっ」

 シンダラーの鼻の周囲が真っ赤になる。真奈の裸の胸を見てしまったらしい。

 三人はくるくる回転しながら流れに飲みこまれたまま、落下していく。

「これは――次元の扉でし!」

 三人のなかで最も落ちついているハルキが指摘する。なにしろ彼は自分の妄想の世界を持っていたことがあるのだ。ほかの二人よりも状況を飲み込むのが早い。

「次元の扉って……?」

「この流れのどこかに、この世界からの出口があるかもしれないでし!」

「なるほーど! 異界とのでいーりーぐちがー、うみーのそこーにあるのかーも!」

「でも、このままじゃ溺れちゃう……っ!」

 ――まな

 声が聞こえた。今度ははっきりと。

「太助ちゃん!」

 ――こっちだ、まな

「どっち!? 会いたい!」

 ――勇気を出して、潜るんだ。

「はっ」

 上流から、巨木が迫っていた。いつの間にか大地全体を覆った激流が、森の木々をさえなぎ倒したのだ。

「ひょええっ!」

「しぬるー、でーす!」

「こっち!」

 真奈は硬直しているふたりの男の腕を取った。

 頭を水につけ、そのまま下肢を蹴る。

「まなおね――ぷばっ!」

「まーな、びへっ!」

 用意ができていなかった男たちは真奈に引っ張られて、あわてて水にもぐる。

 土砂を大量にまきあげた濁流では目をあけることもできない。それに、きりもみのように水にもまれて、つないだ手も振りほどかれそうだ。でも、離さない。

(どっち、太助ちゃん)

 ――そのまま、できるだけ潜るんだ。そうすれば、流れのない場所にでる。

(わかった)

 真奈は脚で水を蹴りつづけた。両手は男たちの手を引いている。

 ハルキとシンダラーは最初おびえて水面に出たがった。だが。

(ハルキくん、シンダラーさん、わたしが誘導するから――わたしと同じ方向へ泳いで!)

 強く念じた。指に力をこめる。

 ハルキが、シンダラーが、わかった、というように握り返してくる。そして、それからは速度があがった。ハルキも、シンダラーも、空いている腕で水をかき、バタ足を始めたからだ。

 真奈の呼吸が苦しくなる。肺が破裂しそうだ。

 でも、まだ流れは弱まらない。真奈は首を振った。

(まだ? まだなの、太助ちゃん――苦しいよぉ)

 ――も

 太助の声がゆがんでいる。頭のなかで鳴っている脈の音とシンクロしている。ジワーンとひろがる耳鳴りが太助の声の正体なのだろうか。導きなどなかったのだろうか?

(太助ちゃんはきっと来てくれる。だから、信じる)

 真奈は懸命に足で水をとらえ、漆黒の闇のなかに潜りつづける。

 と、両手に感じていたハルキとシンダラーの握力が頼りなくなった。

 真奈は目を見開く。水の底。暗い世界だ。なにも見えない。でも、自分のすぐそばに、ふたつの肉体がたよりなく漂っているような気がする。

(ハルキくんっ! シンダラーさんっ!)

 真奈はパニックになった。そのとき、こらえていた肺がたがをうしなって、水の流入を許した。

(だめ……太助ちゃん……きてくれなかったね……ひどいよ……)

 肺に侵入した水は重く冷たかった。

(きっと、ほかの女のひとといるんだね……あたしなんかどうでもよかったんだね……)

 真奈のからだが浮力に負けて浮きはじめる。そこには、しかしすでに激流はなかった。

 静止していた。

 ――まなっ!

 耳元で声が爆発した。光をともなう声の衝撃波。

 ――念じろっ! おれはすぐそばにいる!

 真奈は目を閉じていた。まぶたの裏に、太助がいた。小学校入学のときの太助。おおきなばんそうこ。笑うと目が糸になって――いっしょに遊んだ。ケンカもした。ちょっとエッチなことも――いっしょに笑って、いっしょに泣いた。すこし大きくなって、ちょっとだけ意地をはるようになって、それでも、それでも。

 そうか。

 真奈は思いだした。

 太助ちゃんはいつもそばにいたんだ。

 いてほしい、と思えばそこに――

 そして、静止した水は、ゆっくりと渦をつくりながら、三人の身体を呑みこんでいった。

つづく!