がくえん おうじゃ
学園王者2
〜真奈の異常な漂流〜
第八回 欲望

13

「どうわっ! 敵の新兵器かぁっ!?」

 いまは正義のヒーロー、ヨーガマンロボの操縦者になりきっているシンダラーがわめいた。

「きゃはははは!」

 笑っているのはパンツいっちょの真奈。

「ひょええーっ、こわいでし、地震でし!」

 ただひとり、まともな反応をしているのは、ブラジャーをかぶった幼稚園児ハルキである。

 激震だった。世界そのものがよじれ、ねじ曲がっていた。

 そうだ。

 まるで生き物の器官のように。

 真奈たちは波打ち際で何度も跳ねた。

 完全に地面がゆがみ、持ち上がっては、下がる、を繰り返した。

「こんなっ、ことはっ、シンダラーさんのリストには書いてなかったでし!」

「おー、たしーかーに、これはー、こんなことははじめてーです」

 どうやら衝撃で元にもどったらしいシンダラーも驚いている。

「ひゃっ、ひゃっ、トランポリンだあああ〜」

 ただひとり、真奈だけが状況を把握していない。

 そのあいだに、さらなる怪異が発現していた。ハルキがいちはやく気づく。

「あうっ、海の色がヘンでし」

「ほんとーです。赤くなりましたーです」

 さっきまでは透明で、わずかに黄色みがかっていた。すなわち白ワインのようだったのに、今や血のように赤い。シンダラーはすくって口にはこぶ。

「赤ワインなのでーす。ふしぎーです。まるで……」

「まるで、なんでしか?」

 シンダラーはうつぶせになってケタケタ笑っている真奈に目をやり、そしてあわててそらす。

「もしーかしたら、この現象は、月にいちどは、かならーずおきるのかーもしれまーせん」

「よくわからないでし」

 海の水がどんどん引いていく。まるで、海の底に漏斗でもあって、そこから抜けてしまったかのようだ。

 そして――水が完全に消えた。

 ほっとしたのもつかの間。

 ぽつん、ぽつん、雨が落ちてきた。

 と、思ったとたん、どしゃぶりにかわった。

「おー、これーは、白ワインな雨でーす。この海はー、こうして雨で満たされて、一定周期のあいだに赤ワインになーり、そして、熟しきると入れかわりがおこるのでーす。循環しているのでーす。ふしーぎな、摂理でーす。もしーかしたーら、このせかーいは、生きているのーかもしれないでーす」

 シンダラーは新たな真理を発見したかのようにはしゃいでいた。

「まなねーしゃん」

 ハルキが真奈に駆けよる。

「……うにゃあ、なにぃ」

 降り注ぐ雨に叩かれて、どうやら正気にもどったらしい。

 と、自分がパンティ一枚であることに気がつく。

「わっ、なっ、なにっ、これっ」

 真奈はあわてて胸を腕でかばった。

「ハルキくんっ、わたしの服はどこっ!」

「まなねーしゃんが自分で脱いだんでし」

「そんなことするわけないじゃない!」

 憤然と真奈はハルキの頭からブラを取り返した。

「おー、わたーしのフークも、海にながされーてしまーいました。マーナのフークとどうよーに」

「なんですってぇ……?」

 真奈はパニックに陥った。服がない?

 シンダラーさんがいるのに? ハルキくんもいるのに?

「――でも、馴れってこわいのよね」

 真奈とハルキとシンダラー、三人の生活が始まってから、一週間が経過した。救出は来ない。現世との時間のズレのためだろうか。それとも、太助もあきらめてしまったのか。

 生活そのものは安定していた。<シンダラーのリスト>には有用な動植物の情報が満載されていたから、食べるものを探すのにはちっとも困らなかった。しかも、リストは日に日に充実していくようだ。

 シンダラーのレパートリーも日々増えていった。そのすべてがカリーである、というのはちょっと辟易するものがないでもなかったが、調理するシンダラーの楽しげな様子を見るだけで、なんとなく心がなごむものも感じていた。

 最初は寝床も厳密に分けていたが、じきに同じ場所で眠るようになった。山頂とちがい、夜でもさほど気温がさがらないとはいえ、身を寄せあって過ごしたほうがいい。

 海での騒ぎで、シンダラーも真奈も服を失ってしまったから、それは必要なことであった。

 ただ、問題なのは、真奈はブラとパンティのみ、シンダラーも下帯ひとつ、というデンジャラスな格好だということだ。

 シラフのシンダラーは、真奈の肌を近くで見るだけで鼻から大出血してしまう。だが、夜は視覚が制限されるので、危険性が増す。なので、ハルキがふたりの間に割って入っていた。

 まるで昔からの家族のように、川の字になって眠るのだ。

 真奈自身、このふたりとの暮らしに馴れはじめていた。かれらの前で肌をさらすこともふくめて。

 というか、いちいち恥ずかしがってはいられない。

 羞恥心というのは柔軟なものだな、と真奈自身が驚いていた。シンダラーが前をぶらぶらさせて歩いていても黙殺できるようになっていた。父親が家でそうしているシーンを見なれていたせいかもしれない。

 むしろ、一度触ってみたい、などと思うことさえあるくらいだ。大きくなったらどうなるんだろう、と想像して、一人顔を赤らめることもあった。

 その日もいい天気だった。

 真奈は大きく伸びをする。パンティとブラだけの姿だから、ちょっと大袈裟に動くといろいろなところが見えそうになってしまう。

 なんとなくけだるい感じがする。でも、生理はまだ先のはずだ。たぶんあと二週間くらいはその心配をしなくてもいいはずだ。

 生理用品もないこんな場所でなってしまったら目もあてられない。

 シンダラーの視線を感じたが、無視する。あまりかまいすぎると鼻血を出してしまう。それに、賛美の視線で見られる気分は悪くはないものだ。

「真奈おねーしゃん、今日はどうするでしか?」

 ハルキはさっそく真奈にまとわりつく。

「そうね……」

 (a)シンダラーさんと過ごそうかな

 (b)ハルキくん、森に探検に行こうか