「変化のはげしい土地だなあ……」
森を出てすぐ真奈がもった感想がそれだった。
出発点は岩山、そしてふもとには森があり、そこをぬけたところが海だった。植物も、南国のヤシに似た木が多くなっている。
気候もぜんぜん違ってしまった。
太陽はさんさんと輝き、湿度は低い。陽に照らされるとたちまち汗をかくが、木陰にはいると、すっと汗がひいてしまうのだ。
「もしーかして、ここは島なのかもしれませーん。島だったら、せまい場所にいろいろなタイプの地形や気候が集まっててもフシギないのでーす。これは地質学の初歩でーす」
「ふぅん、そんなもんなの? やっぱり、シンダラーさんって物知りね」
「はっはっはっ、照れるーです」
高校一年生の真奈からすれば、大学七年生のシンダラーはやっぱり博学にみえてしまう。ちょっとだけ尊敬のまなざしをむける。
「わー、うみでし!」
やっぱりこのへんは子供だ。海をみてハルキはすっかりはしゃいで、砂浜にむかって走りはじめた。
「あんまり走ったら転んじゃうわよ」
などと、おかあさんみたいなせりふをはいてしまう真奈である。
「だいじょぶでし」
ハルキは砂浜に走りこんで、周囲をきょろきょろ見回す。
「なんてことでしか。ビキニなおねーしゃんがいないでし」
あとを追っていた真奈はつんのめりかけた。
*****
真奈は靴をぬぎ、ソックスもぬいだ素足で波打ち際に立った。
波はとてもおだやかだ。
白い泡が音をたてて砂浜にすいこまれていく。
ちょっと逃げそこねて、素足が水に浸される。
「つめたーい。でも、いい気持ち」
すぐ近くの砂浜では、ハルキが砂でなにかをつくっている。どうやら、等身大の女性の寝姿らしく、いまはうずたかく胸の山をつみあげているところだ。母親がそうだからかもしれないが、ハルキはやはりグラマーが好みらしい。
また、すこし離れた波打ち際では、シンダラーが犬のようによつんばいになって、海の水をなめている。
「シンダラーさん、なにしてるんですか?」
シンダラーはたるんだ顔をあげた。
「おー、マーナ、この海の水はおいしーのでーす。わたーし、たまーにきては飲んでいるのーでーす。ぜんぜんしょっぱくないのでーす」
「へえ、真水なの。どれどれ」
真奈はスカートをたくしあげ、あまった布を胸にかかえこむようにしながら、海――淡水湖なのかもしれないが――に数歩はいった。おしりを濡らさないように気をつけながら、かがみこむと、手で水をすくってちろっとなめてみる。たしかに塩辛くなく、むしろあまい。
「なんか、おいしい水ね。ジュースみたい」
手ですくっては、何度もくちにはこぶ。
「あれ? なんか、ぽっぽっしてきたけど……きのせいかな」
真奈は頭を二、三度ふった。こころなしか足元がふらつき、風景もぼやけてきた感じだ。
「なんか、暑いし……あれ、ら」
ざぶっ。ばっしゃー。
ちょっと大きめの波に足をとられ、真奈は頭から水のなかに倒れこんでしまった。
下はやわらかい砂だからケガをするはずはないが、全身濡れねずみだ。
「だいじょーぶしか、まなねーしゃん」
心配顔でハルキが駆けよる。
「うふ」
真奈は起き直り、ハルキを見た。どうしてだか、わらってしまう。
「へ?」
「うふふふふふ」
くちもとがゆるみ、だらしない笑いがもれだす。
「どーしたしか、おつむをうったでしか」
「うふっ、あはっ、きゃはっ」
なんだか、やたらおかしい。すべてを受け入れたくなる気持ち。はゃぎたい。
「あ、あのー」
「あっ、ハルキくーん、おねーさんとおよごーかー」
真奈はハルキに手招きした。そして、自分のずぶ濡れの制服をついと指でつまんだ。
「もー、あたしったら、うっかりさんねー。服着たままで泳ごうなんてー、はずかしー」
いうがはやいか、ブレザーを脱いでぶわっと投げると、さらにネクタイをしゅるんと外す。
「よ……よってるでし」
母親の酔態を見なれているのかもしれない、ハルキの理解は早かった。
「てゆーことは、ここのうみのみじゅは、おしゃけ?」
ハルキは、視線を横にずらした。
よつんばいになって海の水をなめていたシンダラーは、すっくと立ちあがった。
「うおおおおーっ! 海よぉーっ!」
すでにシンダラーは下帯ひとつの裸になり、なぜか海原にむかって雄叫びをあげている。
「おれの魂をゆさぶる海よぉーっ! 青春の光と影よぉーっ! おおおーんっ!」
なんか、感きわまって滂沱と涙を流しているようだ。
いっぽう、真奈はスカートを脱ぎかけていた。
「チャララーン、チャララーリラリラリー」
ドリフ世代でもなかろうに、なぜか加藤茶おとくいのタブーのテーマなんかをくちずさんでいる。
ぬいだスカートをハルキの顔にむかって投げかける。
「ぷわっ」
水をふくんだスカートはけっこう重い。
「まなねーしゃんのさけぐしぇは、おとこのゆめでし。でも、いまはやばいでし」
「さあ、つぎはいよいよブラジャーです、踊り子さん、はりきってどうぞっ!」
ブラウスを肩から落としながら、自分でアオリをいれたりしている真奈である。
「ああ、いけないでし、それいじょうは、ふたりっきりのときでないと、でし」
ハルキは気が気でない様子だ。しかし、この場における唯一の成人男性であるところのシンダラーは、真奈の行為をまったく関知していない。
「コーチっ、もうオレだめですっ!」
「なにいっているんだ、もうすぐインターハイじゃないか!」
「おれ、才能ないんです!」
「バカっ!」
バシッ!
「先生……」
「おれはな、おまえたち全員の努力と熱意を信じているんだ。エリートなんてクソくらえ、才能なんてあとからついてくるもんさ。おまえには、おまえを信じてくれるチームメイトがいるじゃないか!」
「そうだぜ、斎藤!」
「がんばろうぜ、斎藤!」
「みんな……ありがとう! 先生、おれやるよ! 力いっぱいやるよ!」
「よしっ、その意気だ! みんな、これから特訓だぞ!」
「おうっ!」
カバディ、カバディ、カバディ!
「だめだ、斎藤! もっと声をだすんだ! カバディは魂の格闘技なんだ!」
「よぉし、おれは青春をカバディにかけるぜぇっ!」
――以上、シンダラーの一人芝居の一部である。この調子で、ヒンズー寺院を舞台にしたトレンディ宗教法人ドラマや、ヒーロもののヨーガマンの最終回などをえんえん再現しつづけていた。
それを尻目に、ストリッパーになりきっている真奈はついにブラジャーを放りなげてしまっていた。
ハルキはとんできたブラジャーで目隠ししつつ、それでもその合間からのぞかずにはいられない。
真奈は片腕で胸をきわどく隠しつつ、婉然と笑う。
膝立ちになると、あいたほうの手で最後の一枚をちょっとずらす。
「うふふ、見たい?」
酒に酔ったにしても、百八十度の変わりようだ。おそらく、現世の酒と似ているが、じつはまったくべつのものなのかもしれない。
だいたい、シンダラーにしてから、完璧な発音の日本語でしゃべりつづけている。そればかりか、女性がしゃべるシーンでは完璧に女性の声色になっている。
「おそろしいところでし……でも、見せてもらってからでもおそくはないでし」
ハルキはくちのなかでつぶやくと、真奈のほうにしっかりと目をむけた。
「み、見たいでし!」
「うふふ、おりこーさんねー。じゃ、みせたげるー」
真奈は胸を隠していた手をおろした。こぶりだが形のいい胸がぷるんと震え、と、同時に真奈は両手をつかってパンティをずりおろしていく。
あわい茂みが顔を出し、その下のほとんど無防備なたて割れが姿をあらわしはじめる。
そのときだ。
突然、世界が傾いた!