「じゃ、まずはこの人たちを現世に送っていこう。ピストン輸送をしていかないと、全員を救い出すことはできないからな」
「うん、少しずつ行きましょ」
真奈も賛成する。
むろん、ビキニの女の子たちは救出の対象にはふくまれない。もともとハルキの妄想が作り出した、かりそめのものだからだ。現に、ハルキが興味を失ったとたん、煙のように消えうせてしまっていた。
「で、どうやって行くか、だな。さっきみたいに二人きりだったら問題はないけど、列が長くなったら、後ろのほうは異次元にのみこまれるかもしれない。次元トンネルは不安定だ。ちょっとでも針路がずれると、崩落して、思わぬところに落ちこむ危険性があるからな」
「うん」
順番は太助、アマンダ、ハルキ、真奈、ということになった。先頭は太助が切り開かなければどうしようもないし、遭難者をしんがりにするわけにもいかない。
「いくぞ」
太助がトンネルをひらく。
アマンダがすぐあとに続く。ほとんど胸を太助に押しつけている。ちらりと真奈をふりかえった視線が勝ち誇っていた。真奈はなんだか気分悪い。
このふたりのあいだに、なにかあったとでもいうのだろうか?
しかし真奈は、自分が同性に嫌われやすい態度をとっているのかもしれない、と反省する。小夜子相手のときもそうだったが、知らず、いやな態度をとってしまっているのかもしれない。
真奈はハルキの背中を押すようにして、次元トンネルにふみこんだ。
また、なんともいえない光の粒がかけめぐる不思議な空間にでた。
太助は無言でトンネルを切り開いている。真奈は、太助のつくった道を慎重にたどった。ハルキがわき道に行きそうになると、すかさず手を握って引きもどした。
「まなおねーしゃん、こわいでし」
ハルキが膝にすがりついてくる。さすがにおびえているようだ。なんだかんだいっても相手は幼稚園児なのだ。
「だいじょうぶよ。太助ちゃんの後についていけば、すぐにもとの世界にもどれるわ」
「こわいでし、不安でし、いい手ざわりでし」
「ハルキくん、どこさわってるの」
真奈は拳骨をにぎったが、もちろん殴れはしない。ハルキの手がスカートのなかにもぐって、太股をなであげている。
「くんか、くんか、ああいい匂いでし」
ハルキは頭をスカートのなかに入れてくる。
「あんっ、なに、してるのおっ」
真奈はうろたえた。
太助とアマンダの背中が少し遠くなった。
それだけで、姿がおぼろになる。トンネルがふさがるのが予想以上にはやい。
「急がなきゃ、ハルキくん」
スカートのなかにもぐりこんで、いろいろなところをさわりたがるハルキに手を焼いた。走りたいが、そうすればハルキを蹴飛ばすことになってしまう。
「ああ、しあわせでし。まなおねーしゃんのぱんつ、いいにおいがするでし」
「どこ嗅いでるのぉ、ばか!」
ハルキの指だろうか、真奈の股間にふれた。
「ああんっ、太助ちゃん、待って!」
ハルキの攻撃からのがれるためには内股にならざるをえない。ただでさえ遅れているのが、さらに距離がひらいてしまう。
真奈は声をはりあげたが、次元トンネルでは急激に音が減衰するらしい。真奈の声は届かないようだった。
太助とアマンダの背中が見えなくなる。
「もう、ハルキくんったら!」
もう四の五のいってられない。真奈は思いきってスカートをたくしあげた。
「おうっ、大胆でしゅ」
あらわになった真奈の純白パンティに目がくぎづけになる幼稚園児。
その身体を抱きあげると、真奈は太助たちを追って走りはじめた。
次元トンネルの足場は不安定だ。よろめきながら、真奈は数歩駆けた。
「太助ちゃあん!」
ハルキは幸せそうに真奈の胸にすがりついている。
「こうしてると、けっこうボリュームがあるでしゅ」
胸のふくらみに、顔をこすりつけてくる。真奈としては困った荷物だが、放り投げるわけにもいかない。
「なんとなく、乳首がたっているみたいでしよ」
ハルキはほっぺで真奈の乳房の先端あたりを調べている。その部分がこすれると、乳首はいやがおうでも立ってしまうのだ。敏感になってしまう。
「ああ、やっぱり立ってるでし」
ハルキが顔をぐりぐり押しつける。ちょうど、口の部分が乳首のあたりにあたる。
ブラウスとブラジャーごしに、乳首を吸われるような格好になった。
「あっ」
意外な感覚が真奈を襲った。
「やっ、やめなさい、ハルキくん!」
あとすこしで太助たちに追いつける。だいぶん背中がはっきりと見えてきた。あともうすこしだ。
だが。
「はうっ」
うめいた真奈の足元が、ぐにゃりと歪んだ。コースを踏み外した。
しまった、と思った瞬間、真奈はハルキを抱いたまま、次元トンネルの壁に倒れこんだ。むろん、壁というのは比喩にすぎない。
次元トンネルは不安定なのだ。すぐに崩落してしまう。
真奈は身体がぐうっ、と引き込まれるのを感じた。
「まなおねーしゃん!」
うろたえたハルキの声が耳をたたく。
真奈は必死でハルキを抱きしめた。この子を守らないと――!
そのまま真奈の意識は闇にのまれていった。
真奈とハルキがついてきていないことに気づいたのはアマンダのほうがはやかった。
「おかしいネ、ハルキがいない」
「なんだって!?」
太助とアマンダはあわててトンネルを引き返した。
そして、すぐにトンネルの崩落地点を見つけた。その次元の傷ともいうべき箇所は、すでに復元しはじめている。
「ここから落ちたか」
「ハルキー! ハルキぃ!」
さすがに母親、息子の遭難に錯乱状態だ。
「すぐにハルキをたすけるーネ!」
太助は悔しげに真奈たちが消えた方角を見つめ、それから歯をくいしばるようにしながら言葉をつむぐ。
「このまま、現世まで戻る。そうしないと、おれたちまで帰る道を失っちまう」
次元トンネルはさまざまな時間や空間の狭間を強引に切り開いてつくった道だ。それだけに、少しでもちがう軌道をとると、二度ともとのコースに戻れなくなる恐れがつよい。いくら太助が次元を渡ることができる学園王者だとはいえ、コースをむりに変えてしまったら、次元の階層のなかで迷わない保証はないのだ。
「そんな、ヒドいネ!」
涙をためて抗議するアマンダだが、太助はもはや黙して返事もしない。ただ、出口に向かって泳ぎつづけるだけだ。
なんか、いい夢をみていたような気がして、すがすがしく真奈は目をさました。
「あ、おきたでし」
目の前に、目のくりくりっとした、くせっ毛の、たぶん子供服のカタログのモデルだとしてもいちばん真ん中に配置されそうなかわいい顔が……
ずーん。
真奈は記憶とともに強烈な自己嫌悪をおぼえて覚醒プロセスを終了した。
「まなねーしゃん?」
真奈は脱力感に首を振りつつ、身体を起こした。
ハルキのせいだといえばそうだが、それを指摘してもしょうがない。
「さっきのまなねーしゃん、すっごくかっこよかったでし」
にこにこ微笑みながら、ハルキは真奈にまとわりついた。
「――はあ」
相手にする気力もなく、真奈は立ち上がって衣服のほこりをはらった。それからおもむろに周囲を見わたす。
「ここは……?」
周囲は黄色っぽい岩だらけだった。草一本生えていない。太陽は見えず、ただ、鉛のような色をした雲の一角がほんのりと明るいだけだ。ただし、気温は高く、じめっとしている。
「異次元世界なのね、ここも」
だが、念じてもなにも現れたりしないので、さっきまでいた場所とはまた、まったくべつの性質を持つのだろう。
どうやらそこは高い岩山の中腹あたりらしい。下に行くほどに植物がふえ、ふもとあたりは密林になっている。そして、その先は――海がひろがっている。それにしても、集落らしきものはどこにも見えず、道らしい道もない。ただ降りるだけでもかなり難儀しそうだ。
「ここはどこで、いつなのか……なんてわかんないわよね」
真奈の胸におおいがたい不安が這いのぼってくる。次元渡りは慣れればふつうの人間でもできるということだったが、いまの真奈にその技術はない。頼みの綱は太助が救出しに来てくれることだが、絶対の保証はないのだ。
もしかしたら、一生、この世界で……
不吉な想像を真奈は振りはらうように首を振った。
ふっと気づいて真奈は、自分から片時も離れようとしない幼児を見下ろした。
(そういえば、この子はわたしが目を覚ますまで、ずっとひとりでいたんだ)
ある程度の年齢に達している自分でさえこんなに不安になっているというのに、ハルキほどの年齢で、しかもみたこともない世界に放りだされて、頼みのおとな(そうなのだ。ハルキからすれば真奈は立派なおとななのだ)さえも意識がないという状態におかれて、どんな気持ちでいたろうか。
あらためてハルキの顔をみてみると、目許に涙がかわいた跡がある。
ふいに、ハルキがいじらしく思えてきた。たしかに異常な一面はあるが、ハルキはかよわい子供なのだ。
「ハルキくん」
真奈はハルキの目線まで降りて、その顔をのぞきこんだ。
ハルキは不思議そうな表情で真奈を見つめかえした。
「この世界では、わたしたち二人だけみたい。でも、かならず太助ちゃんが助けにきてくれるから。そうしたら、ママのところにすぐ戻れるよ。だから、それまでは力を合わせてがんばろうね」
「はいでし!」
ちょっと不安そうな表情を浮かべたものの、すぐに満面に笑みを浮かべたハルキに真奈の母性本能が刺激された。
額にたれたくせっ毛を指ではらいのけ、ちゅっとキスをする。
「わーい、ちゅーしてもらったでし」
ハルキはうれしそうにはしゃぎ、くちをにゅっととがらせた。
「おかえしするでし」
「はい」
真奈はハルキのほうに頬を差し出したが、すっとハルキは首をめぐらせ、真奈の唇にぶちゅっと唇を重ねる。
あまつさえ。
「いやっ!」
悲鳴とともにのけぞった真奈に対し、ハルキはくちからベロを出して、首をかしげる。
「まなおねーしゃん、でぃーぷきすはきらいでしか?」
やはり、心はゆるせない、と誓いなおす真奈であった。