まゆとの生活がはじまった。
きちんと躾られていたらしく、身の回りのことはなんでも自分でこなし、手がかかることはなかった。
だが、相変わらずあまりしゃべらず、笑いもしない。
会話というものがなかなか成立しなかった。
どうすれば心を開いてくれるのか、わからない。
睨み合いというわけではないが、奇妙な緊張感がほぐせないまま、二日目の夜をむかえた。
コンビニ弁当という味もそっけもない夕食を終え、おれは風呂に湯を張った。
先にまゆを風呂をつかわせようと思った。その間にビールでも飲もう。
まゆは、小さな手鏡をのぞき込んで、髪をとかしていた。やはり女の子だ。
「まゆ――風呂が沸いたぞ。先に入れ」
少女は振り向くこともしないまま、首を横に振った。
「おれが先に入っていいのか」
念のために確認する。父親が先に入った風呂には入りたがらないという、今時の女の子だったらどうしようと思いつつ――おれはおやじじゃないけれど。
まゆはうなずいた。そうか、と思って風呂場に向かいかけて、おれは気づいた。昨日もこのパターンを繰り返したのだ。
「そういや、昨夜、風呂に入らなかったよな」
おれが上がったあと、どんなに勧めても入浴しなかったのだ。
「遠慮してるのか? それともかぜでもひいているのか?」
あんな事故の後だから体調を崩しているのかもしれない――とも思ったが、昨日今日の様子をみる限り、健康状態には問題なさそうだ。
「風呂ぎらいなのか? だめだぞ、そんなじゃ」
まゆはかぶりを振り続ける。不機嫌そうな――あるいは困惑しているというか――
おれは口調をかえて、ソフトに説得をはじめる。
「なあ、まゆ、今日もけっこう汗をかいたろ? 人間の身体は新陳代謝といって、皮膚が毎日新しくなるんだ。古い皮膚は垢になって、身体からはがれていく。だから、ちゃんと風呂にはいって洗い流さないと不潔になるんだ」
「……」
まゆは黙った。
「汗や垢ってのは微生物の――バイ菌だな――温床になるんだ。わかるか? ほっとくと、かゆくなって、くさくなっちまうんだぞ」
まゆは、ドキリとしたようで、自分の腕を鼻にあてて、くんくんかいでいる。
不安そうな表情になる。自分では自分の匂いはわからないのだ。
「わたし――くさい?」
「どうかな? 二日以上風呂に入ってないんだろ? 来てみな」
おれは意地悪い表情を浮かべてみせる。
まゆがおずおずと近づいてくる。
「どら」
おれはまゆのTシャツの胸に顔を近づけて息を吸った。
まゆの肌からは、汗の匂いがかすかにした。だが、そんなに不快というわけではない。むしろ、ちょっといい匂いがする。
だが、そんなことは言ってられない。風呂に入るように仕向けたほうがいい。
「くさっ、あーくさっ」
おれは大袈裟に鼻をつまんでのけぞってみせた。
「もう鼻が曲がりそうに臭いぞ。はやく風呂に入らなきゃあ」
「えっ……」
まゆはショックを受けたようだ。自分でしきりに匂いを確かめはじめる。
「でも、ちゃんと服とか下着は替えているんだよ。身体も拭いてるし、そんなにくさいはず、ないよ」
ああ、しゃべった、しゃべった。おれは内心ほくそ笑んだが、表面上はしかめっ面をうかべる。
「とかなんとか言って、パンツとか黄ばんでいるんじゃないか?」
「そんなことないもん! ちゃんと今朝替えたもん!」
むきになったまゆが自分でスカートをまくりあげた。真っ白なパンツが視界いっぱいにひろがる。
「おいおい、自分から見せるかあ?」
「だって、おにいちゃんが意地悪いうんだもん。ちゃんと、確かめて」
「確かめるって、なにを」
「くさくないって、確かめてよ」
驚いたが、このままではおれも引っ込みがつかない。やれやれ、という表情を無理に作りながら、まゆのパンツに顔をちかづけた。
白地に淡く熊のプリントがされているデザインだ。肌にぴっちりはりついて、すこし汗で湿っている感じがする。
ワレメのあたりの生地がなんとも微妙に食い込んでいる。そこを指でなぞりたいのを必死でがまんする。
くんくん、とかいでみるが、においは特にしない。そんなはずは、と思い、さらに鼻をちかづける。
ほとんど触れるほどに近づくと、まゆの体温とともに甘酸っぱい匂いが鼻腔にとどいた。
汗とおしっこの匂いもあるのだろうが、それよりもなによりも身体をかきまわすようなこの馥郁たる香りはなんなのだろう。思わずしゃぶりつきたくなる心をおさえ、何度もその匂いを吸いこんだ。
「……どう?」
不安そうなまゆの声が頭上から降ってくる。
おれは名残惜しさを感じながら、頭を引いた。
「やっぱり匂うぞ。風呂に入らなきゃだめだ」
「……そんなあ」
まゆの顔がくもった。ほとんど泣き出しそうだ。
「こわいんだもん……お風呂」
その言葉で、ようやくおれは悟った。まゆが風呂をいやがるわけを。
同時に改めて思いかえす。まゆの両親の死の経緯を……。
まゆの一家は逗子に別荘があり、ちいさいものだがヨットも所有していた。まゆの父親はヨットマンだったのだ。
そして、その悲劇は起こった。
まゆとその両親はヨットで近くの海を周遊していた。だが、突風か高波か、原因不明の事故で、ヨットは転覆、沈没した。海に投げ出されたまゆだけが奇跡的に救出されたが、両親は遺体さえ発見されなかったのだ。
まゆは半日近くも海を漂っていたという。両親の姿を空しく求めながら、ずっと。
きっと、そのショックで、身体を水に浸けることができなくなったのだ。シャワーも波しぶきを想い起こさせるのだろう。
無理もない――だが、水を病的に怖がるようになってしまっては、日常の生活にさしつかえてしまう。
「まゆ、いっしょにお風呂にはいろう」
その言葉がすっと出た。
「え?」
「おれがいっしょに入ってやる。そしたら怖くないだろ」
「……でも」
まゆはためらっているようだ。恥ずかしい、という気持ちがそんなにはないことは、先程の行動からもわかる。
「でも、なんだ?」
「おとうさんがね、自分以外の男と風呂に入ったらいけないんだぞって、いつも言ってたから」
「おとうさんとよく入ってたのか?」
「うん、いつも」
最近の女の子は小学生のころから父親とはお風呂に入らなくなると聞いたことがあるから、まゆのようなケースはめずらしいかもしれない。それが父親の躾だとしたら、あなどれない。
「おれはおとうさんの代理だ。なら、いいだろ」
「……うん」
まゆはうなずいた。頬がすこし赤い。
おれも裸になることについては、ちょっと不安はあったが、股間に念を送っておとなしくさせ、なんとか脱ぎ切った。
まゆはためらいなく服を脱ぐ。パンツを下までおろし、ダンダンと踏みつける。身体にはぜい肉というものがなく、ラインはなめらかでいながらシャープ。だが、子供から少女への移行期にあるらしく、おしりにはまるみが出はじめている。
こちらを向いた。全裸だ。やっぱり、胸がドキンとする。
どうしても眼はあそこに行ってしまう。真っ白なおなか。そしておへそ。それから……
ワレメの部分はぴったり合わさっていて、亀裂はけっこう深い感じ。もちろん、発毛はまだ。ツルツルだ。
おれはまゆを浴室に導いた。
身体にかけ湯をしてやる。
「お湯、こわいか?」
「ん……平気」
でも、震えている。
おれは浴槽に張られたエメラルドグリーンのお湯をみた。前もってバスクリを入れてしまったのは失敗だったな。小さく波打って、まるで海のようだ。
「もともとお風呂は嫌いじゃないんだろ?」
「……うん、すき」
「だったら、入りな。ちょうどいい湯加減だぜ」
「――おにいちゃんも一緒なら」
「えっ、浴槽せまいぞ」
「ひとりはこわいもん」
まゆが言った。甘えるように、そして、すがるように。
「いっしょに入ってくれるって言ったじゃない」
「わかった、わかった」
やばいなと内心思いつつ、まゆに手をひかれるままに浴槽につかる。
ユニットバスだから、浴槽はほんとうにせまい。
同じ向きに入ると、おれのあそこがまゆに当たらずにはすまないので、向かい合わせになるようにした。さすがに、「なんかかたいのがおしりに当たってる」と言われるのはつらい。
「わー、ちょっとあついよう」
まゆが頬に血をのぼらせながら、華やいだ声をだした。大人と一緒なら、水への恐怖は起きないらしい。手を伸ばせば触れられるからだろう。
澄んだお湯の向こうに、リラックスしたまゆの身体がゆらめいている。
脚をかるく開いてすわっているので、股間さえも見えてしまう。
それでも、あそこはぴったりと閉じているのだ。その扉を開くには、指でむりやりこじあけなくてはならないのだろう。
――い、いかん、そんなことを考えたら。
だが、おれの股間はもうどうしようもなかった。タオルで隠しているが、ジンジンしびれるほど固くなっている。
「いーち、にーい、さーん……」
まゆが数をかぞえはじめた。お風呂に入ったらそうしなさいと教えられてきたのか。そういえば、おれにも覚えがある。
「し、ご、ろく、なな、はち、じゅうっ」
後半、たたみかけるようにカウントし、立ちあがった。
「あつーい、のぼせちゃうよう」
浴槽をまたいで、出ようとする。
そうやってかがんだところを至近距離で見てしまった。
おしりの穴が見え、その下の肉の合わせ目がちょっとだけ開いた。
ほんとのピンクだった。おれがさらに浴槽から出られなくなったのは言うまでもない。