おれは一瞬金縛り状態になっていた。いかに超天才でも、剣を振るった直後には隙ができる。しかも、その側面を突かれたのだ。
すさまじいエネルギーがおれに浴びせかけられる。
その時だ。
「愚か者ッ!」
怒号とともに白刃がうなった。
闇の波動が動揺する。
呪文の勢いが薄れた。
魔道はすべて精神力に依存する。術者の動揺は、すなわち、呪文の効力に悪影響をもたらす。
つまり、攻撃の速度が鈍った。
その隙に、おれは超サイヤ人並みのフットワークで危機を脱していた。
「まさか、おまえが助けてくれるとはな」
おれは、広間の中央で剣を構えて立っているキースリング・クラウゼヴィッツに声をかけた。
鎧を着込んではいるが、姿は女のままである。ヴュルガーの魔力が消失している状態では、鎧を着ても男性化はしないのだ。鎧はたんにヴュルガーの魔力を蓄えるだけのハリボテだからな。
キースはおれに憎々しげな視線を飛ばした。
「おまえを助けるいわれなどない。ただ、ここから脱出するためには、そいつを捕らえねばならない――それだけだ!」
照れちゃって、もう。
闇をまとう魔道士はキースとおれにはさまれる格好になった。いくら凄腕でも、ふたつの標的に、同時に攻撃呪文をかけつつ、自らをシールドしつづけることはできない。
「キース、とりあえず、おまえ、おとりになれ。その隙におれがそいつをやっつける」
おれは現実的な提案をした。キースが目をむく。
「あほうか、きさま! 敵に作戦をばらしてどうする! それに、なぜわたしがきさまの指図に従わねばならんのだ!?」
「ふむ、気づいたか。じゃあ、しょうがねえ。むりやり、おとりになってもらおうか」
おれはきびすを返すと、闇からの距離をとった。戦略的後退。
「に、逃げるな、きさま!」
キースが動揺して叫ぶ。
呪文を使う者にとってみれば、間合いから出た剣使いはさほど脅威ではない。打ちこみに時間がかかるぶん、呪文による対処が楽になるからだ。
つまり、このシチュエーションでは、より距離の近いキースのほうが闇にとっては脅威となるわけだ。
手近な敵を叩け、というのは兵法の鉄則だ。
闇がマナをまとう。力がみなぎる。一気に周囲の温度が数度下がる。
キースが防御の姿勢をとる。だが、どんな魔法攻撃がくるかわからないんじゃ、しようがないな。
「ぼ、母子ともども、恨んでやる……ッ!」
おいおい、もう妊娠したつもりかよ。
闇がキースに対して、呪文を実効させようとしたとき――
見えた。
シールドの透き間。さすがに、全方位にむけてシールド展開はできなかったのだ。
魔道士の実体が垣間みえた。
おれはダッシュする。
ふふん、見よ、この踏みこみを!
ちょっとやそっと間合いを外したくらいでは――
あ、やっぱり届かねえや。
「ば、ばかものぉ! 離れすぎだッ!」
しょうがねえ。おれは持っていた刀を投げた。
ひょろろろろろぉ……
と飛んで行った刀が、闇のシールドの透き間に、
すこぽん、
と刺さった。
――ほんとは、もっと緊迫感のある効果音がよかったんだが。
ともかくも、ストライク。結界にクサビを打ち込んだようなものだ。
ゴムで包まれた丸いヨウカンを、ぷちん、と、やった感じ。
今の子はわからんかね。
んじゃあ、ぷりぷりのマスカットの皮に歯を当てて、ちゅるん、とやった感じ、で、どーだ?
ともかくも、シールドは破れた。
薄闇のなかに、黒いローブに身を固めた人物の姿が浮かび上がる――まあ、魔道士ってのは、みんなそんな格好をしていやがるんだが。
「いよう、初めまして。あんたがザシューバかい?」
おれは声をかけた。
「な!? こいつが?」
キースが声を高める。そういや、こいつ、ギルド監察官――掟に違背する魔道士を取り締まる警官、のようなもの――だったけっか。
「ふ」
その人物はフードの陰で笑った。
ばかにしたように。
「あの女の言っていたとおり――予想外の行動をするやつだ」
な、なんだあ?
「逃げ足とハッタリだけとはいえ……たしかに、ただ者ではない」
こ、こいつ、女、か。しかも……
フードの中から女の形の良い唇が覗く。そして、長めの髪も。
その色は――銀だった。
いや、もっと輝いている。
金剛石のように――
「わが名はディー。ディアマンテのディー。この世で最も偉大なる魔道の探求者、ザシューバ様の第一の弟子だ」
「ディー!? その名は、バイラルで……」
叫ぶキース。たしか、バイラルでおれに刺客を差し向けてきた黒幕がディーという名の魔道士だった。だが、魔道士ギルドに登録されている魔道士に該当する者はいなかったはずだ。
「ジャリン……おまえは首を突っ込みすぎた。これ以上放置しては、ザシューバさまのお仕事の邪魔になる……」
ディーと名乗る女魔道士は淡々と言葉を続ける。まるで、用意されているせりふを読みあげているかのように。つか、唇の動きと声がばらばらだぞ。まるで、い――
「おまえは、ここで死ね」
言うなり、顔を昂然とあげる。その、瞬間!
猛烈な魔力の奔流がくる。呪文の詠唱はすでに終わっていた。あの、棒読みのせりふはカムフラージュだったのだ。おそらく、まえもって用意していた声を時限魔法で再生しつつ、自分は呪文を唱えていたのだ。どうりで口があってないと思った。いっこく堂かよ、と突っ込みそうになったが、がまんしてよかった。
とかなんとか言ってるうちに、思いっきり不意打ちな感じで攻撃魔法がきた。衝撃波。数値に換算すると1000万超人パワー。バッファローマン並みだ。
さすがのおれでも、これを食らったら内臓グシャグシャだな。頭蓋骨のなかで、脳みそはスープ状になるだろう。
さすがによけようがない。
キースが目を見開いている。よかったな。おまえの仇敵はいま滅ぶぜ。まあ、おれを殺ったあと、ディーがキースを見逃すかどうかはわからねえが――たぶん、こいつはキースを殺さない――そんな気がした。
その時、キースが叫んだ。
「死ぬな、ジャリン!」
一瞬の出来事だ。そんなことしゃべってる暇なんか、ほんとはねえ。だが、たしかにキースはそう叫んでいた。
なんだ、やっぱりおれに惚れてんじゃねーか。
こういう皮肉な展開、嫌いじゃねえぜ。おれは、あまのじゃくだからな。
思わず笑ってしまったおれの身体に衝撃波が当たる。