17(承前)

 と。

 逆向きの波動が背中から押し寄せてきた。突然に。

 波ってのはエネルギーの移動形態だ。光や音なんかも波のかたちで遠くまで届く。波はエネルギーであり、同時に情報でもある。

 対象物を滅ぼそうという意志を持った波に、その正反対の形の波をぶつけたらどうなるか。

 相反する波はたがいに打ち消しあい、消滅する。

 それが、起こったのだ。

 おれは無傷で、ピンピンしていた。

 キースが呆然としている。おれと目が合うと、うろたえた。

「わ……わたしが殺すまで、死ぬな、と言いたかったのだ」

 もう遅いよ、ふふん。

 おれは背後に目をやった。

 小くてやわらかい肉体がぶつかってくる。

「ジャリンなのにゃ! 会えたのにゃ!」

 おう、にゃんこ。ちょっと見ないうちに傷だらけになったな。

 するってーと、いまの干渉波は――

 白地のワンピース――かなりぼろぼろだが――を着た、青い髪のホムンクルスが両手を差し出した姿勢で固まっている。

 シータだ。あの強力な魔法に対抗できったってのは驚きだな。

 それにしても、こいつら一体どこから湧いた? おれとキースがはまった罠と同じようなテレポートゲートを、見つけたかなにかしたのだろうか。

「ジャリン、あのにゃ、話すことがいっぱいあるんにゃ」

「あとで聞いてやる。いまは仕事中だ」

 わにゃわにゃ言いたてるアシャンティを脇に押しのける。

「ディーをもてなしてやらなくっちゃならねえしな」

「ディーって……あにょ!?」

 アシャンティが耳をビッと立てる。

「しょ、しょのせつには、どーも、でしたのにゃ」

 こら、敵にあいさつすんな。

「だって、この先も仕事を紹介してもらえるかもしれないのにゃ」

 そういや、ディーの命令でおれを襲った刺客って、コイツじゃねーか。

「ジャリン! なにをぐずぐずしてる! 逃げられるぞ!」

 剣を構えつつ、キースがわめく。

 ふふん、あわてるな。すでに完全に形勢逆転している。

 ディーの背後にはキース。前面にはおれ。そして、アシャンティの遊撃と、シータの支援魔法がある。さらに、劇薬系魔道士にも働いてもらえば、万全ってやつだ。

 さあ、戦え、わがしもべども!

 だが、シータはどうやらさっきの一発で魔力を使い果たしたらしく、その場に崩折れた。

 アシャンティは元の雇い主が苦手らしく、しりごみ。

 キースもヴュルガーの魔法支援がないため、敵の退路を押さえるのがやっと。

 しょうがねえ。

「おい、エメロン、テケトーに魔法出せや、魔法!」

 はい〜

 とか、抜けた声が返ってくるかと思いきや。

 アシャンティがうつむいた。シータは床にへばって、肩で息をしている。めがねっこは、いない。

 いないぞ。

「ふっ……」

 ディーが口だけで笑った。なんだ?

「あの女は死んだ。無能な女だったが、最後に少しだけ役にたったよ。おまえの行動パターンや弱点を知ることができたからな」

「なに!?」

 ディーは、すっと脚を前に出した。深いスリットから、白い太ももがあらわになる。こいつ……!

「いい脚、してんじゃねえか」

「ま、ましゃか!」

 アシャンティが毛をぶわっと逆立てた。

 ディーが呪文の詠唱を開始する。まだ、構造魔法は健在だ。だから、マナの補充は問題ない。

 ちぃっ! これは、決着をつけなくちゃなんねえようだな。

 おれはダッシュした。刀は投げちまって、いまはディーの近くにころがっている。ひろいあげざま、斬る。それしかない。

「さらばだ、ジャリン――恨むなら、おのれの無分別を恨むがよい」

 ディーは――ディアマンテは呪文を放ちながら言った。

 おれは走る。エネルギーの波動のただ中に突っ込んでいく。

 波動の第一弾を浴びつつ、床の上にある刀の柄頭に爪先を伸ばす。

 蹴る。

 切っ先が石畳の透き間に引っ掛かる。

 刀身が浮く。そこに足をすべりこませて上向きの力をあたえる。

 腰の高さまで、刀が浮いた。

 そのとき――

 衝、撃、は、ぐわ、と、お、り、ぬ、け、

 なんとか心臓、肺は耐えたが、脾臓あたりはいっちゃったかも、だ。

 でも、得物は手の中にある。

 刀は構えて使うものにあらず。手にした瞬間の、体の流れでさばくべし。

 おれは、すぐ目の前の、ディーの胴体をなぎはらおうと――

 風圧でディーのフードが外れていた。

 なぶられて乱れる銀の髪、そのなかで笑っている顔は――

 エメロンがいた。その顔がみるみる泣き顔をつくる。

「ジャリンさぁん、殺さないでくださぁい」

 くそっ!

 おれの刃は虚空を通り抜けた。

 そして、ディーの第二撃もおれをそれて駆け抜けた。

 相打ち――じゃねえ、相ハズレ。

 おれの背後で盛大に壁が破壊された。ごう! と風がぬける。外界と通じてしまったのか、空気が新しい。

 その次の瞬間、ディーはおれの脇をすりぬけ、穴に飛びこんだ。逃走路を作るための第二撃だったのか。

 ディーの哄笑だけが響きわたった。

『きゃはははは、ばーか、ばーか、やっぱり、あんたは姉貴が言ってたとおりのあまちゃんだよ!』

 

エピローグ

「ディー……ディアマンテが、ザシューバの手下……だったとは……」

 キースが考えこんでいる。

「くんかくんか、この穴、外につながってるみたいなのにゃ」

 アシャンティは、ディーが逃げた穴のあたりを嗅ぎまわっている。

 シータはおれに回復魔法をかけている最中だった。魔力が足りないのか、効きが遅い。

「いったい、なにがあったんだ? エメロンのやつはどうしたんだ」

 おれはシータに膝枕されながら、質問する。

「それは……」

 憔悴しきったシータは言葉につまる。手当しながらも、さっきからおれと視線を合わせようとしない。

「アシャンティからざっとは聞いた。だが、肝心なところがわからねえ。エメロンはほんとうに死んだのか」

 ディーの顔――エミィそっくりの顔――を思い出す。だが、髪の色がちがう。性格もちがう。なにより、魔法の能力がケタちがいだ。同一人物ではありえない。

 とはいえ――エメロンがダンジョンで消え、そっくりな顔のディーが現れた。無関係とは思えない。

「わかりません……すくなくともエミィさんの死体はありませんでした……でも……」

「でも、じゃねえ。おまえ、なんか隠してるだろ」

 じろり、おれはシータをにらみつけた。

 だが、シータは無言だ。おれを見ない。どこを見ているのかも判然としない。

 人形の目だ。はじめて会ったときのような――いや、それ以上に隔たりを感じる。

 シータはうつろな表情のまま、ゆっくりと崩折れた。

「シ、シータさん!?」

「シータねえちゃん!」

 キースとアシャンティが駆けよってくる。

 小柄なホムンクルスは憔悴しきっていた。むりもない。ずっと戦いづめで疲労困憊していたところに、さっきは強大なディーの魔法を中和したのだ。まして、数日か、それ以上、精神の糧を取ってねえ。

 これは、エネルギー充填してやらねえとな。

 おれは、シータの膝に手をかけて、ぐわば! と開いた。

「なっ! なにをする気だ、こんなときに」

 キースが顔を赤らめる。

「こんなときだからするんじゃねーか。おまえらも参加してもいいが、ザーメンはぜんぶシータに飲ませるぞ」

「しょーがないのにゃ。ジャリンのせーえきを採らないとシータねえちゃんはしんでしまうのにゃ!」

 アシャンティが同意する。よしよし、えらいぞ。

「や……やむをえまい……緊急時だ」

 苦しそうにキースがつぶやく。とかなんとかいって、うらやましーんだろ?

 ともかく、シータを助けてやらないと、な。おれは、いつなりとも使用可能な道具を取り出した。つーか、戦いの余韻のせいか、いつも以上に猛ってるぜ。

 おれは、シータの下着に手をかけ――

「やめて、ください」

 シータが苦しげな声をあげた。ぬな?

 膝を固く閉ざし、スカートの裾を押さえる。息もたえだえのくせに。

「なんだ!? いまさら恥ずかしがる仲かよ? めんどくせーやつだな」

 おれは、キースとアシャンティに手を振って、あっちいけ、のサインを送った。だが。

「キースさん、アシャンティさん、どうか――わたしを――この人から引き離して――ください」

 おいおい、なんだよ!? 餓死寸前のくせにセックス拒否か!? いったい、どうなってやがんだ?

 そのとき、シータがいつか言った言葉が現実味を帯びて迫ってきた。

 

 ――白き血の誓いは盲従を意味するわけではありません。

 ――わたしたちは自ら死を選ぶことだって……

 

 おいおいおい! ここで終わりか!? そりゃねーぜ!

 

「ダンジョン・シーカー」 おしまい


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