おれはとっさに床を転がった。
石畳をエネルギーの固まりが叩く。おれはマントで顔を覆った。
――ズガッ!
なんと。穴があいた。
続けざまに攻撃が来る。なんと、飛んでくるのは鋭い氷のつぶてだ。
キースがおれの寝首をかきにきたのかと思ったが、ちがうようだ。これは、呪文による攻撃だ。
あいつは剣士としてはそれなりだが、自力では魔法を使えない。そして、ヴュルガーはマモンに搾り取られて、しばらくは足腰も立たない。
おれはひざ立ちになり、得物を引き寄せた。つっても、マモンの方も現在はお休み中だ。いま、この時に限っては、単なるカタナでしかない。
「だれだ」
とは聞かない。
声を出すことで、こっちの正確な場所を知られてしまう。まあ、むこうも夜目が効くのなら無駄な話だが、そうでない可能性もある。
相手の位置を探る。
うまく気配を断ってやがる。なかなかの手だれだな。
だが、次に魔法を使ったときが相手の最期となる。
魔道士の弱点、それは、魔法を使う時に精神集中を行わなければならないことだ。高度な魔法を使おうとすればなおのこと。その瞬間が「隙」となる。
きた。
衝撃波だ。第一撃と同じ攻撃。空気を振動させて、対象物にぶつけて破壊する。おれの胸当てに亀裂が走った。おいおい、神人の技術で造られたセラミックス製だぞ。
だが、皮一枚でおれさまは無傷。反撃だ。
その鼻先をでかい火球が擦過する。
うげ!
マジかよ。隙もへったくれもねえぞ。気配がつかめねえ。しかも、攻撃呪文連発。
「おい! 反則だぞ!」
おれは思わず文句をいった。その声を手掛かりにしてか、正確に衝撃波が、飛礫が、火の玉が飛んで来る。
「いでっ! づめでっ! ぶあぢっ!」
もー大変。
これがゲームだったら三連コンボをくらって即死にゲームオーバーだ。クソゲー認定でソッコー中古屋にたたき売るところだぞ。
なんとか切り抜けたものの、情けねえ、相手の位置がわからないまま逃げ出すはめに。暗い迷宮のなかを駆けずりまわる。せまい部屋にいたんじゃあ、逃げ場がなくなっちまうからな。
それにしてもなんてやつだ。精神集中の必要な、しかもマナの消費の激しい攻撃呪文を苦もなく連発し、しかも気配を完璧にシャットアウトしてやがる。
称号でいえば、メイジか初級のウィザードか――レベル換算で25は堅い。
ザシューバ――その名前が脳裏にひらめいた。
まさか、いきなりボス戦か?
いずれにせよ、魔法の支援がないのはつらいところだな。
シータやエミィとはぐれなければ……もっとも、シータはともかく、エミィのやつは戦いの役には立たないだろうが。まあ、あいつの価値はべつにあるからいいけどな。
と。
背後に殺気が走り、かかとのすぐ側で石畳が砕け飛ぶ。うおお、もう追いついてきたぞ!
そこは、広間っつーか玄関つーか、あれだ。キースと二人、最初に飛ばされてきた場所。ようするに行き止まりってことだ。
壁には奇妙なパターンが走っている。キースが言ってた、「構造魔法」ってやつ。
マナ――魔法のもとになる目に見えない霊力の粒子が荷電して、可視状態となって現れる。あたり一面、壁が、天井が、床が、マナを放出している。
その力が闇の奥に吸い込まれていくのがわかる。
なるほど、これが「構造魔法」か。このエリア自体が魔道士に活力を与えるようになっているのだ。
だから、強力な攻撃魔法を使いつつ、気配を完璧にシールドするなんて芸当もできたのだ。
ズルだ、ズル!
とか言ってもしょうがない。
相手は、もとよりそれを狙って、おれたちをここに誘いこんだんだろーしな。
闇の奥から強い波動を感じるが、それが隙にならない、打ち込みどころをつかませないってのは、やはり、魔法の力だろう。
マナの爆発的な励起を感じて、おれは身をひるがえす。すぐ側の壁が粉砕される。ぽっかりと穴がひらいた。
すわ脱出口か、と思いきや、すぐさま第二撃、第三撃が襲ってきて、おれは奥に追い詰められる。
闇をまとった人影がおぼろに感知される。どうやら小柄な人物だ。だが、内在させる魔力は膨大で、しかも邪悪な"気"に満ちている。
あれがザシューバなら、捕らえて、アムリアの居場所を白状させなくちゃならない。そのためには殺しちゃまずいわけだが、全力で打ちこまなければこのシールドを突破することはできないだろう。だが、おれのフルパワーでの打ちこみは、シールドもへったくれもなく、相手を両断することになってしまう。
ああ、強すぎるって、罪。
だが、そんなことも言ってはいられない。もう逃げるスペースはない。
「おい……おまえがザシューバか? アムリアちゃんを拉致監禁して、日々性的ないたずらをくりかえしている変質者は」
うらやましいぞ、コンチクショー。
だが、相手は無言のままだ。シカトされてしまった。
しょーがねえ、とりあえずちょい手加減して打ちこんでみるか。カウンターを食らう危険性はあるが、しょうがない。
おれは闇に向かって歩きはじめた。間合いをつめるコツは殺気を抑えることだ。アドレナリンも出しちゃだめ。これがけっこうむずかしい。
闇が動いた。おれの無造作な接近に驚いたのか。
だが、すぐに崩れは修正された。呪文の力が盛り上がる。真っ正面からぶつける気だ。
おれは、ステップを変えた。悪いが、ここからは別メニューだ。
神経を切り替えて、別の時間の流れに乗る。
アニメでいえば、ドラゴンボールで、シャッシャッって、線だけになる時があるだろ、悟空とか。あれだ。あんな感じ。
レベルでいうと、30越えくらいからかな、この世界が見えてくるのは。いわゆる達人クラスだ。
だが。
驚いたことに、敵のシールドはおれの動きを予測していたかのように対応した。術者の周囲に見えない壁を作って、物理遮蔽をかましやがる。
くお。
しゃきん。
ばば。らば。
刀を抜いた。壁を斬る。
つか。
シリーズ初かもな、おれが剣を抜いたのは。
敵のシールドは両断した。だが、本体はすでに間合いをあけている。ちぃっ、斬ったのはダミーかよ。
――おれの動きを予測するなんて、何者だ?
いずれにせよ、刀使いとしては一番やばい状況だ。
抜く前なら変幻自在だったものが、抜いてしまった後は隙だらけになる。ましてや、空振ったときた日にゃ、剣そのものが死に体だ。
この機を見逃してくれるほど相手も甘くねえ。
くる。
さしものおれも首筋のあたりが総毛立った。
こちらはアシャンティにゃ。
わりと順調に探索継続中なのにゃ。
虫けらの巣の奥に、階段があって、それがどうやら、地下迷宮の非常階段みたいなものだったのにゃ。
地下の住人――どんなやつかはわかんないのにゃ――が地上と行き来するのに使ってたっぽいのにゃ。
このへんはシータねえちゃんの受け売りなのにゃが。
「不思議です。普通は減衰するはずのマナが、潜れば潜るほど強まっていく」
シータねえちゃんは、手をかざして、つぶやくように言ったにゃ。あちしには見えないものを見ているようにゃ。
「それより、怪物が出ないのがなによりにゃ」
「そうですね。エミィさんが残してくれた薬剤の匂いが魔物よけになっているのかもしれません」
シータねえちゃんは服のポケットを手で抑えたのにゃ。そこにめがねちゃんのメガネが入っているのにゃ。カタミってやつかもにゃ。アルセアにいるはずの、めがねちゃんの家族に渡さなければならない、とシータねえちゃんは言ってたのにゃ。
アシャンティも、もしも死んだら、首輪をかーしゃんのところに届けてもらいたいのにゃ。
「シータねえちゃんは、どうするのにゃ?」
アシャンティは訊いてみたのにゃ。もしも死んだら、だれにカタミを渡したいか――
そうしたら、シータねえちゃんは無表情に答えたのにゃ。
――育ててくれた人はいますけど、家族はいません。わたしは、造られたモノですから。
ほむんくるすの気持ちはわかんないのにゃ。どうして、笑いも泣きもしないのか、アシャンティにはりかいふのーなのにゃ。
とかなんとか言ってるうちに、十三階層くらいまでもぐったのにゃ。そろそろ底に着いてもよさそうなもんにゃ――と思ったら、行き止まりになってしまったのにゃ。
「困りましたね……また、別のルートを探さないと」
シータねえちゃんがつぶやく。
「にゃあ、もうヘトヘトのにゃ」
あちしは、階段に座り込んだにゃ。
ふと、目をあげると、壁になにか書いてあったのにゃ。
「にゃご、にゃむ……にょ?」
よめにゃい。
むつかしー、ふるい文字だったのにゃ。アシャンティ、ばかじゃないにょ!
「これは……古代文字の一種ですね。遺跡にはよく残っています。古い魔道書なども、こうした文字で書かれていることがあります」
のぞきこんできたシータねえちゃんが教えてくれたのにゃ。さすがはものしりなのにゃ。
「んで? なんて書いてあるのにゃ?」
「人が走っているような絵文字があるでしょう? あれは"非常口"ということです。そして、こっちのは、"メンテナンス用出入口"と読めますね。意味はよくわかりませんが」
「んにゃ? 入口なんかないのにゃ――」
あちしはシーフのスキルを持ってるのにゃ。罠とか、隠し扉にゃどは、あちしの領分なのにゃ。
目を凝らしてみたけど、壁に仕掛けらしいものはみつからにゃい。
壁を引っ掻いてみたけどだめ。にゃごるるる、喉を鳴らしてみてもだめ。ほっぺをこすりつけても、うんともすんともいわないにゃ。
かくなるうえは――
「おしっこをかけてもむだだと思いますよ」
や、やっぱり、そうかにゃ。あちしはずりおろしかけたパンツをひっぱりあげたのにゃ。
「どうやら、鍵が必要なようです。たとえば、術者の持ち物などの――」
シータねえちゃんが文字を目で追いながら言ったのにゃ。
「どーするのにゃ、そんな、鍵なんてあるわけないのにゃ!」
「そうですね……」
シータねえちゃんも困ったように手を壁に差しのべたのにゃ。打つ手なし、そんな感じだったにょに。
がと。
がが。
ごとん。
石の壁の奥でなにかが動いたのにゃ。
――にゃんと。
壁がぽっかりと口を開いたのにゃ。それも――
「トランスポーターの扉、ですね」
シータねえちゃんが複雑な表情をうかべて、つぶやいたのにゃ。