あらら、こいつ、剣にやどる魔神のことを知らなかったのか。そういや、前回、マモンが大暴れしたときには、こいつはマジックギルドに行ってたっけ、
それにしても、自分の使ってる魔法剣のことをたんなるマジックアイテムだと思っていたんだな。
ふつうにショップで買えるアイテムは、すでに出来あがった道具に後から魔道士が魔力を込めたというのがほとんどだ。効力は値段相応。
しかし、そんな量産品とは一線を画すような強い効力を持つアイテムも存在する。おれのマモンやヴュルガーなんかがそうだ。こういうブツには、たいてい強力な魔神なり精霊なりが憑いていたりする。つまり、作られたアイテムではなく、魔力そのものが具象化したものなのだ。いわば、ネイティブなマジックアイテムだ。
ヴュルガーの実体は、灰色の肌をした裸の巨漢だった。男性的な骨格と筋肉を有している。体脂肪率はまちがいなく一桁の、それもゼロに近い方だ。
頭はつるつる。体毛さえない。まるで彫像のような身体だ。しかも、顔がない。のっぺらぼうなのだ。目鼻のかわりにぐるぐるマークが描かれている。そういえば、どこかの滅びた王国のシンボルマークもこんなだったよーな。ドリームキャスト王国とかなんとか……まあ、やめとこう、このネタわ。
ぐるぐるマークの顔では表情の浮かべようもないのだが、ヴュルガーがあきらかに動揺していとわかるからおもしろい。
困っているヴュルガーをマモンがからかっている。
「おやおや、奥手のヴュルちゃんが、まさか、こんな美人の持ち物になってたとはね〜。しかも、肉体改造の魔力まで与えてるってことは、もう、ヤッちゃったってことだね〜?」
「おいおい、おまえら知り合いなんか? それに、やったって、なんのことだ?
魔神どうしの会話に割って入るのもいかがなものかと思ったが、ヴュルガーはどうやら人間の言葉がつかえないようだし、この際しょうがない。
「あ、この子、幼稚園いっしょだったんだよ〜」
魔神の子供が通う幼稚園ってどんなんや。保母さんもたいへんだろうな。
「そんでもって、このヴュルちゃんとあの女、肉体関係あるよ〜」
マモンが断言する。実に楽しそうだ。
「なっ! ばかな」
事態に対応できていなかったキースがようやく我にかえる。
剣を手放したためだろう、また女に戻っている。むふふ。眺めいいな。
「肉体関係って、あれか、この筋肉質な男とずっこんばっこんてか?」
女の姿でか、それとも男のときか。後者なら、ちょっと絵的にやだな。
「ううん、ヴュルちゃんは奥手で恥ずかしがり屋さんだったから、実体を自分から現わすことはまずないと思う。剣の姿のときに、この女にレイプされたんだろーね」
「な……なんということを……」
キースの表情が引きつる。
マモンは羽根をぱたつかせながら、ヴュルガーの身体――とくに股間のあたりの匂いをかぐ。
「だって、このへんから、するよ〜、女の淫水の匂い。剣のときは柄あたりなんだろーけど、使ったらちゃんと洗わないとだめだよ〜。臭くなっちゃうよ?」
「ばかをいうな! ちゃんと洗ってるし、いままで一度しか……」
キースは口をつぐんだ。語るに落ちてしまったことに気づいたのだ。マモンは空中で腹をかかえて笑っている。
「おっかし〜! おねーさんったら、真っ赤になって反論するんだもん、かわい〜!」
と、マモンがいたずらっぽい表情になる。
「でも、おねーさん、凄いよねー、ヴュルちゃんのブットイの、入れちゃったんだ〜? 痛かったでしょお?」
「くっ!」
激しい屈辱感のためか、キースの頬のあたりがひくついている。
「いずれにせよ、おねーさんの乙女のしるしを捧げてもらったヴュルちゃんは、おねーさんに対していろんな魔力を供給する契約を結んだってわけ。きっと感動しちゃったんだね、ヴュルちゃん。こーんな美人の処女膜、ブチ破ったんだもん(w)」
最後の(w)って、どう発音するんだろうと思いつつ、おれはキースの様子を観察する。顔が真っ赤で、肩がわなわな震えている。プライドのめちゃくちゃ高いやつだから、このシチュエーションはきついだろうな。よし、おれがひとつ慰めてやろう。
「キース、そんなに気にするな。バイブが買えないことくらいなんだ。剣の柄を代用するくらいなら、おれのを使え。気持ちいいぞ」
おれは腰に手を当てて、くいくいと動かした。
キースがすごい形相でおれをにらむ。うーむ、美形だけに悽愴な気すらはらんでおるな。
「愚劣なことをいうな! わたしはクラウゼヴィッツ家次期当主として、わが家の掟にしたがって、魔剣の所有者になるための儀式をおこなったまで! 外部の者に揶揄される筋合いはないッ!」
「ほう、おまえんところはあれか、嫡子が女だと魔剣を使って男になりすますのか。たいした騎士さまだな」
おれはにやにや笑いながら指摘する。リボンの騎士の昔から、跡継ぎの男子に恵まれなかった武人の家は大変なわけだ。
「だまれ! だまれ! おまえになにがわかる! 歴史ある家に重責を担って生まれた者の苦しみなど知りもせぬくせに!」
あらら、キースの目からきらりんと涙っぽい液体がこぼれ落ちたぞ。ビックリだな。あのキースが泣きべそかいてるぞ、だれか、カメラ、カメラ。
でもまあ、キースの指摘ももっともだ。おれはジャリン。ただそれだけの男だ。名字を持たないということは、父母、祖先さえ持たないってことだ。むろん、帰るべき家、拠るべき場所など、この世界のどこにもない。
守るべきものなどないから、おれはなんでも奪う。たとえば財宝、たとえば女。だが、奪ったものを所有はしない。所有するってことは、それにこだわるってことだ。だから、放っておく。向こうからついてくればそれでよし。そうでなければ、ほなさいなら、だ。
そんなおれからすれば、キースの苦しみとやらがひどく珍しい。無意味な抽象画が突如として開陳するメッセージのように、心の琴線にふれやがる。ああ、おもしれえなあ。
だが、キースにしてみれば、度重なる屈辱に、さらに泣き顔を見られたことへの怒りが加わったためか、もはや裸身を隠すことさえも忘れ、おれを凝視し、指を突き付ける。
「ヴュルガーよ、汝が主、キースリング・マルグリット・クラウゼヴィッツの真名において命ずる! この不埓者を焼き尽くせ! 殺すのだ!」
キースリングの本名――どうやら、それがヴュルガーを制御するおおもとの呪文らしいな。その発語とともに、ヴュルガーのぬぼーっとした風貌が一変した。体表が真紅に輝き、顔の渦巻きのあたりから火炎を吹き出させる。うーむ、なかなか迫力あるな。さすがはネイティブ・マジックアイテムだ。そんじょそこらの駄剣とはちがう。
とか言ってる場合じゃないな。すげー熱いぞ。ヴュルガーが近付いてくるだけで、顔があぶられている。こんなのにつかみ掛かってこられた日にゃ火傷くらいじゃすまないぜ。
「ねーねージャリン〜、助けてほしい〜?」
マモンが涼しい顔できいてくる。こいつの実体はこの世にはないから、どんな状況でも笑ってられるのだ。ましてや、他人の苦痛や恐怖の波動が大好物ときている。さすがは呪いのアイテムである。
「ね〜ジャリンってば〜やせ我慢しないで、マモンにお願いしてよ〜。対価は澄ましたホムンクルスちゃんでいいからさ〜。あのお人形さんを思いっきり犯してボロボロにしてあげたいのさ、きゃは、きゃは!」
「るせーな。おまえは鍵開け専門だ。それ以外の仕事はねえ」
ほとんど間近に炎の巨漢が迫っている。おれのツンツンの髪がいやな匂いをたてている。もうすぐ発火するだろう。顔の表面もやばい感じだ。あと数秒、目を開け続けていたら、失明してしまう。
「んもう、しょうがないな〜、貸し一つだかんね」
マモンが諦めたように言い、すっとおれの前に出る。勝った。