裸の幼女がにっこりと灼熱の巨漢に笑いかける。
「ね〜ヴュルちゃん、あそぼ?」
敵の突進が止まった。
困惑している。顔のぐるぐるマークが微妙に歪んでいるので、顔をしかめているのだろう。
「おさなじみでしょ〜、むかしはよく遊んだっしょ〜?」
ぱたぱたとヴュルガーのまわりを飛び回るマモンは、羽根がコウモリそっくりなのを除けば、天使みたいに愛らしく見える。つか、中身は普通に悪魔だが。
(邪魔をするな)
ヴュルガーの顔のぐるぐるが震えて、声なき波動が伝わってきた。なんだ、こいつしゃべれんのかよ。口もないのに器用なことだな。
「あ〜なんかみずくさいってゆーかあ」
マモンが身体を見せびらかすようにヴュルガーの顔のまわりで飛ぶ。幼女好きにはたまらん光景かもな。どう見ても七、八歳の子供が、ワレメを微妙にモモにはさみつつ、くねくねしてたりするしな。まあ、おれはロリじゃないから平気だが。
だが、ヴュルガーにはけっこう目の毒だったらしく、ぐるぐるをへこませたりしながら、マモンを見ないようにしているようだ。
苦しげに、波動を発する。
(われはあるじの命に従うのみ……)
「そんな〜いいじゃんよ、ね〜ヴュルちゃぁん」
マモンのやつ、ヴュルガーにしなだれかかる。熱くないのかなあ、あいつ。さすが魔神っつーか。もっとも、ヴュルガーの身体から発せられる熱量もこころなしか弱まったようだ。
(はなれよ、マモン)
「やだもんぴー。そっちこそ、仕事はここまでにして、マモンと遊ぼうよ〜ね〜いいでしょ〜? ハイ、きまり〜」
むりやり決定事項にしてしまうマモン。ヴュルガーは困り果てている。幼なじみのマモンとは戦いたくないのだろう。
(遊ぶ……などと。われらは契約で縛られ、使役される存在だ。幼いころならばともかく、いまとなっては)
「お医者さんごっこ、しよ?」
(する)
即答かい!
ともかくも脅威は去った。ヴュルガーの熱攻撃はその矛先をおさめ、むしろるんるんと楽しそうに白衣を着はじめていたりする。どっから出したんだ、白衣とか。マモンもパジャマルックになってるし。
(だめじゃないか、マモンくん、病気なのに出歩いたりして)
「ごめんね、先生〜。マモン、先生の診察を受けたかったんだよ〜」
(しょうがないなあ、じゃあ、前をあけて)
もう始まってるのか。
キースは立ちつくしたまま、ぼうぜんとしている。そりゃあ、そうだろう。切り札の魔法剣の化身が、命令もきかず、幼女とお医者さんごっこに興じてるときては、言葉も失うってなもんだ。
「ばかな……ヴュルガー、契約にしたがえ! わたしはおまえの正当な支配者だぞ! ヴュルガーッ!」
気を取り直して声を張り上げるが、ヴュルガーはマモンを裸にする作業に夢中だ。もともと裸だったんだから、二度手間ってやつだが、女の服を脱がすのって楽しいんだよなー。その気持ちはわかるぜ。
「あ〜ん、先生のエッチ〜」
マモンが色っぽい声を出している。演技してやがる。だが、男ってバカだから、芝居とわかっていても乗っちゃうんだよな。
(マ、マモン……)
ハァハァしてやがる。キースの叫びも聞こえないようだ。まあ、契約なんてそんなもんだ。約束事に基づく忠誠など、いざとなればかんたんにチャラにされる。
おれは、水色の髪をもつ人造人間のことを思い出した。あいつもそうなんだろう。誓いなんて、たいしたものじゃない。
ともかくも、いまはキースだ。
おれを殺そうとしやがった――まあ、それはいい。
おれを何度も罵倒した――それも許してやろう。
だが、どうしても見過ごせないことがある。
それは――
キースが美人でグラマーで、しかも裸であることだ。
けけけけけ、どうしてやろうかなあ〜。
えーとぉ、聞こえてます?
こちら、エメランディアですぅ。
たぶん七階層まで潜ってまぁす。
でも、いま、ちょっと、ピンチですぅ。
前と後ろから、モンスターに挟み撃ちっていうか、囲まれちゃった感じですぅ。なんか、カマキリさんっぽいというかぁ、肉食っぽい感じの虫型モンスターの巣に入り込んじゃったみたいですぅ。虫っていっても、小柄な人間くらいあったりするしぃ。
いま、猫ちゃんが突破口を開こうとして、ちっちゃなライオンさんみたいに獅子奮迅っていうか、がんばってるんですけどぉ、数が多くて押され気味ですぅ。
もう一方からの敵襲は、シータさんがスリープ系とか混乱系の魔法で食い止めてるんですけど、虫さんにはそんなに効かないようで危ないですぅ。
わたしとしてもなんとか敵をやっつけようと、攻撃系の魔法薬の調合を始めたんですけど、暗いし、虫さんが来たりで、なかなかうまくいかなかったり。わたし、呪文も使えるんですけど、攻撃系はあんまり知らないんですぅ。妹がここにいれば、こんな敵、簡単なのにぃ。
「エミィさん! あぶない!」
シータさんの声が聞こえます。お人形のようにきれいでかわいらしいシータさんが、虫さんの体液にまみれてます。手にした杖を振るって、肉弾戦を強いられてるんでした。ふええ、虫さんが迫って来たりしてますぅ。大きな牙がガシガシ動いて、複眼の焦点があってなくて、あぶない人みたいですぅ!
その首が、ぼこん、ともげた。わたしは思わず悲鳴をあげてしりもちをついてしまいました。
「なにやってるにゃ! 戦えないんなら、どうしてついてきたんにゃ!」
助けてくれたのはアシャンティでした。小さな身体に怒気をみなぎらせています。全身、咬みキズだらけです。痛々しいけど、同時に荒々しい野生の美しさも感じます。
「シータ姉ちゃんは、攻撃魔法を使えないのに戦ってるにゃ! おまえ、足手まといにゃ! どうしてジャリンの仲間におまえみたいのがいるんにゃ!」
気が立っているのがわかります。いつもはふわんふわんの猫ちゃんの髪が逆立ってます。わたしは返す言葉がありませんでした。
どうして、わたしはジャリンさんと一緒にいるんでしょう。あんなひどいことをされたのに。いやらしいことをいっぱいいっぱい教え込まれたのに。逃げ出すチャンスはいくらでもあった――って、ジャリンさんは別にわたしの行動を縛ろうとしたことはありませんでした。ジャリンさんについていくことにしたのはあくまでもわたしの意志だったはず。
でも、不思議なことに、その理由がなぜだったのか、自分でもちっともわからないのです。
処女を奪われた責任をとってもらおうと――? そんなこと、あのジャリンさんが、考えてくれるはずありません。
あの、エッチな左手に触れられかったから? 認めたくないけど、そうかもしれません。
ジャリンさんに、アレ、されると、いつも気が遠くなって、世界中が爆発したような気持ち良さを感じます。それが、いく、ということらしいんですけど、ふつうの女性はそんなすごい快感を味わうことは一生にそう何度もないそうです。
ジャリンさんのいうことだからウソかもしれないし、わたしはほかの男のひとを知らないから、なんともいえませんけど。
そういえば、バイラルの一件、あれはひどい言い掛かりでした。キースさんと相部屋になって、おたがい裸になりましたけど、女どうしだし、なんのやましいこともしてないし。
でも、キースさんに口止めされていたから、ほんとのことがいえなくて辛かったです。よく、ジャリンさんにはいじめられて、泣いちゃいますけど、あのときほど切なかったことはありませんでした……って、わたし、戦闘中になにを考えてるんでしょう。猫ちゃんもシータさんも、命懸けで戦っているというのに。
わたしは、薬を調合します。だって、わたしにはそれしかできないから。涙が知らず頬を伝いました。どうしてわたしは泣いているんでしょう。なぜ、こんなに悲しいのでしょう。
いえ――
わたしは怖かったのです。怖くて怖くてしかたなくて、それで泣いていたのです。
ジャリンさん……助けてください……エメロンって呼んでもいいです。お尻におもちゃを入れてもかまいません。あそこの毛を剃るのもがまんします……!
だから、だから、お願いです。
わたしの前からいなくならないでください……
そうでないと……自分がここにいる理由がわからないままに……なって……しまいます……
その時でした。
わたしの目の前に巨大なカマキリのアゴが現れて、一気に迫ってき