ええと、なにから話したらいいんでしょうかあ、こまってしまいますう。
あの、その、わたしはぁエメランディア・パスカルと申しますう。ジャリンさんは意地悪してエメロンなんて呼びますけどお、お友達にはエミィって呼んでもらってますです。
それにしても、ジャリンさんとキースさんが落とし穴に落ちてしまったのには、びっくりしましたあ。それまで、気配すらなかったトラップに、急にスイッチが入ったみたいで。でも、わたしは、あぶないですぅ、と警告したんですよぉ――ジャリンさんが聞いてくれないから……
わたしは、すぐに落とし穴をのぞきこんだんですけどぉ、もう穴は消えてしまった後でした。
とにかく、わたしなりにいろいろトラップを調べてみたり、探索魔法をかけたりしたんですがぁ、ジャリンさんがどこに行ってしまったのか――どうなってしまったのか――突き止めることはできませんでした。
わたしも、いちおう、魔道を学び究めんとする者の端くれです。妹とちがって、出来はそんなによくないけど……。でも、ダンジョンのトラップがどういうものかくらいはわきまえています。探索者を排除するための致死性の高い罠。そういったものが張り巡らされているのが迷宮なのです。
ジャリンさんとはもう会えないかもしれない、と思いました。
すっごくひどい、いやらしいことばかりされていたんです。
ひとがたくさん見ている前で……されたり、おしりで……させられたり、口とか胸で……を……して、むりやり……とか……言葉にできないことをいろいろ。ほとんど毎日――それどころか、一日に何度も――
でも、いやでいやでしょうがなかったことをふと思い返すと、ずん、と身体に響く感じがして、わたしはジャリンさんの存在の大きさを初めて実感しました。
二度と会えなかったらどうしよう……そう思ったら、自然と涙があふれ出してきました。
「泣いてもしょうがありません。顔をあげてください」
シータさんがなぐさめてくれました。シータさんは、わたしよりずっと年下なのに、まるでお姉さんのような感じです。
「マスターはたぶんピンピンしてます」
「そ……そうでしょうか」
「悪運強いですから」
シータさんはそう言うと、暗がりでじっとしていたアシャンティに声をかけます。
「アシャンティさんも――出発しましょう。ここには、もう、手掛かりはないようですから。奥に向かいますよ」
「引き返さないのかにゃ?」
慎重に間合いをはかる雰囲気をただよわせながら、猫ちゃんが答えます。この子は、わたしたちに馴れているように見えて、ジャリンさんがいないところでは、なんだかよそよそしくなります。
「たしかに、迷宮の入口に飛ばすトラップというものもありますが、この罠が落とし穴と瞬間移動を組み合わせたものだとすれば、より深い階層に獲物を誘いこむためのもの――と考えた方が自然です」
「にゃるほろ……そうかもにゃ」
猫ちゃんの目が闇のなかできらんと光りました。なんか怖いです。
「わかったにゃ。あんたといっしょにジャリンを捜すことにするにゃ。あんたはメガネちゃんより頼りになりそうなのにゃ」
シータさんを値踏みするようにして、アシャンティが言いました。あう、わたし、メガネちゃん扱いですか。頼りになりませんですか。当たっているだけに、しょぼん、ですぅ。
「では、いきましょう……エミィさんもよろしいですか?」
シータさんがごく自然に先頭に立ちました。あうあうといいつつ、わたしも続きます。アシャンティがしんがりをつとめるようです。なんだかわたし、いちばん年上なのに、かっこわるいですぅ。わたしだって、子供のころは、ふたつぶの宝石と呼ばれるくらいに将来を嘱望されてたんですよぉ。そりゃあ、妹がほんとうの天才だったのにくらべて、わたしは……でしたけど……
はっ!
なんか、さっきまで、読者(おまえらだ)の視線が別のところに行ってた気がするぞ。
この小説は、このジャリンさまの一人称のはずだよな。おれの気分次第でどうにでもなる物語だ。おれさまによる、おれさまのための、おれさまのストーリーなのだ。だから、おれ以外の語り手はゆるさん。
そういうわけで、今後おれ以外のだれが語り手になっても無視するように。どうせ、うそだらけで、口から出まかせの与太に決まっている。
まあ、ここまで念押しをしておけばよかろう。
さて。
どこまで進んでいたかな。そーそー。
ダンジョンの最深部、眠らずの森の美女の部屋のそのまた奥に、どうやらだれかがいるらしい、というところだったな。
ふむ。
はじめよう。
おれは鋭敏なデビル・イヤーを澄ましてみた。
扉の向こうから、たしかに人の気配が伝わってくる。
同時に水音も聞こえてくる。ある程度まとまった量の水が奏でる調べだ。
水牢――あるいはトラップか。魔道士の隠れ家だった場所だ。どんな仕掛けがあっても不思議はない。
もしかしたら、扉のむこうにいるのはアムリアかもしれない。都合のよすぎる展開だが、手っ取り早くドリーマー編を終わらせたい作者の手抜きってことは十分にありえる。
だとしたら、そろそろエロ・シーンかな、ぐしし、とか思ってみる。
おれは扉に手をかけた。驚いたことにトラップのたぐいは感知されない。手のこんだ仕掛けがあったらやだなーと思っていたので助かった。マモンが今はいないからな。
そろそろと開いていく。
湯気が顔に当たった。なんと、扉の向こうは浴室だったのだ。これは意外な成り行きでビックリだ!
――つか、ビックリしろよ。かっこだけでもいいんだよ。ありきたりな展開でも、まわりが気づかないふりしてればいいんだよ。それがおとなの事情ってやつだ。なんのための年令制限だと思ってやがる。
『マスター、読者に向かってあまり暴言を吐いていると、ホームページごと消滅させられますよ』
シータのツッコミが聞こえてくるような気がした。だが、むろん空耳だ。
側にいるとなにかとうるさいやつだが、いなけりゃいないで物足りない。なんつーか、無意識のうちにあの冷たい一言を待ってしまうんだよな……
くそ。
おれは、湯気の先に目をこらした。
内部は豪奢な湯殿になっていた。白亜の浴槽に、獅子をかたどった像。その開いた口からは、もうもうと湯気をたてる湯があふれ出している。
こんな地下迷宮に風呂があるのは驚きだが、考えてみれば地下だけに湧き水は豊富なのだろうし、火竜石をつかえば火を焚かずともお湯は作れる。
眠らずの姫君はお風呂好き――とでもいうのだろうか。
浴室のなかは蒸気で満ちていて視界が悪いが、確かに裸身が動いている。
むお。
正直なところ、最悪のオチは逃れたようだ。入浴しているのは間違いなく女だ。しかもパツキン。ここまで引っ張って、「キースのやろーでした」だったらどうしようかと思っが、杞憂だったようだ。
白くなめらかな背中、美しくくびれた腰、絶妙なスロープを描きながら充実していくヒップ。これはたいしたもんだ。発育途上のうちの女どもとはちがって、女として完成の域にある肉体だ。
どうみても二十歳前後、花も盛りの年頃だ。
おれは、扉のすきまから浴室内に入りこんだ。
こういうときのおれは素早いし、むろん足音だってたてない。われながら凄いと思うぞ。
女は髪の毛を洗おうとしているらしい、かがみこむようにして、湯をすくい上げては。髪を濡らしている。うむぅ、じつにいいケツだ。プリンプリンだな。
それにしても、この女は何者だ? どうやらアムリアではないらしい。肖像画の細身で清楚な雰囲気とはちがうタイプだし、髪の長さもちがう。アムリアは縦ロールつきの長い髪だが、この女はかるくウェーブのかかった肩までの長さだ。
それでは、この女は何者なのか。おれとキースがこの階層を探索したときには気配さえ感じさせなかった。
なのに、いまはこんなにも無防備な姿をさらしている。もしかしたら、これも罠の一種で、おれが服を脱ぎつつ「ふ〜じこちゃん」と叫んでダイブしたら、とたんにバネの先にグローブのついたトラップに迎撃されるんではないだろうか。
ここは慎重にいくべきだな、と思ったのだが、おれの肉体はそーゆーわけにはいかなかった。目の前にこんなおいしそうなものをぶら下げられて飛び出さずにおられようか、いやない!
「げへへ、おじょおさ〜ん」
とは叫ばないが、それに似たような奇声をあげつつ、おれは浴槽にジャンプしようとした。
「だれだ!」
するどい声がして、女が振り向く。豊かな乳房がぶるんと震える。
女と目が合った。手を伸ばせば触れられるかどうか、といった、微妙な距離だ。
「うそだろ、おい」
さすがのおれも声を出さずにはいられなかった。
美しい顔に血の気をのぼらせて、おれを凝視しているのは――
男であるはずのキースリング・クラウゼヴィッツだったのだ。