正義の熱情に衝き動かされ、おれは走りだした。
エミィが喜色をうかべながらついてくる。シータが肩をすくめながらつづく。
おれは飛ぶように走りながら、刀のつかに手をかけた。そういや、しばらく抜いてないな、これ。こいつで斬るとあとがたいへんだからなあ、なんせ呪いがかかってるし。でも、この際だ。
声もかけずに斬るのもなんだからして、剣を抜く前に、口上をのべるべく唇をひらく。
「そこな無頼、破落戸の徒め! なにゆえにそのような無力なる子供を囲みたるか! おのが良心に問うて恥を知らんや!? もしおぬしらに、すこしでも人らしき心があるならば、その子を解きはなち、早々に退散せよ!」
ぱくぱくぱく。おれは口を動かした。
「ジャリンさん、かっこいいセリフですう。でも、ちょっと声がちがいますねえ」
隣にきていたエミイが半ば感心、半ば不思議そうに首をかしげた。
「いまのはマスターがしゃべったのではありません」
追いついてきたシータがこともなげに指摘する。
その指の示す先には、白銀の甲冑をまとうた騎士がいた。
「わあ、キースさんでしたかあ」
「ちなみにマスターのセリフは『げへへ、にいちゃんら楽しそうなことしてけつかんな。ちいとわしにもやらせんかいな。なに? 引っ込めやと? だれにむかって生意気なことさらしとんじゃあ、われ、いてまうど、ぼけ』でした。声はでてませんでしたが」
なんでわかるんだ、そんなことまで。
***
「なんでえ、てめえはっ!」
「すかしやがって!」
男たちがキースに対してすごむ。とりあえずおれたちはまだ距離があるので無視するつもりらしい。男たちは六人ほどだ。半分は人間だが、残りはハーフ――クマ系、イヌ系、キツネ系といったところか。いずれもたいへん人相、風体がよろしくない。
男たちは数をたのんでか、凶悪な顔をさらに歪ませた。身につけていた武器――短刀だの棍棒だの――を手に取り、臨戦態勢だ。酒場の主人や客たちはとばっちりを怖れてか、店の中からじっと様子をうかがっている。
「ふん、身のほどを知らぬ者どもが。いたいけな子供に狼藉をはたらくところといい、その頭の悪いところといい、まるでウニ頭と同類だな」
ウニ頭だと? わはは、そんなヘンなやつがいるのか?
「マスターのことをあてこすっていますね」
シータが言う。なんで指摘する、わざわざ。
「どうしてもケガをしたいならかかってこい」
キースが笑う。女みたいなツラを不敵にゆがめている。性格悪そうだなあ。ぶっさいくだなあ。
「マスターよりは美形だと思いますが」
だから、指摘すんなよ。テレパシストか、てめえはよ。
「さっきからマスター「」をつけるのを忘れてしゃべってるんですよ」
げげ、そうだったのか……気をつけねば、よいしょっと」
おれはカギカッコをセリフの後にぺったしとくっつけた。
「器用ですねえ、ジャリンさんってば」
エミィが胸の前で両手を組んでおれを見あげる。
――感心するなよ。
***
とかなんとか、およそ小説ではやってはならん文字遊びをしているうちに、キースにむかって、ならず者たちがむかっていく。
囲みがとけたネコ少女は通りにむかって逃げた――と思いきや、一人のこっていた巨漢に襟首をつかまれてしまった。人間のこの男が、どうやらこの集団の親玉らしい。
「おっと、逃げられると思ったらおおまちがいだぜ。あのおっちょこちょいの騎士サマを片づけるまで、まっていな」
こいつ、人間のくせに、いかつさからいったら、キースに向かっていた獣人ハーフの一人――クマ人間といい勝負だ。
まあ、しかし、だ。このセリフの後半についてはおれも賛成だ。キースの野郎、おれはゆうべの恨みを忘れていないぞ。
とはいうものの、だ。
「ヴュルガーを抜くまでもない」
不敵に笑ったキースは、まず短刀で突きかかってきたイヌ男の突進をかわし、すれちがいざまに手刀を首筋に叩きこんだ。ぎゃひん、という悲鳴とともにイヌ男は昏倒する。
さらに迫るキツネ男にはハイキックだ。うーん、まともにくらっているぞ。キツネのくせに頭を使わんか、頭を。
クマくんはその重量感あふれる肉体をゆらしながら、華奢なキースを押しつぶさんと突進する。
なんてゆうか、仲間がやられたのを見ていないのか、走り出したらとまらないタチなのか、一直線な突進だ。
案の定、キースは軽快なフットワークでクマくんをやりすごした。勢いがついたクマくんはそのまま石造りの建物の壁に激突。店の窓ガラスが砕け、看板が吹き飛んだ。
「ちいっ」
獣人ハーフたちに先行させた人間たちは、たたらをふんで立ちどまった。どうやら、キースの強さにびびったらしい。情けないな、獣人ハーフを先に行かせたこともふくめて。
巨漢はと見ると、ものすごい形相で男たちを怒鳴りつけている。
「てめえらっ、たかがひとりの優男になにを手間取ってるんだ! とっとと片づけねえか!」
「しかし、ゾルドさん、こいつ、強いですぜ」
びびり一号が言い訳がましく言い出す。
「そうですぜ、おれたちはネコのガキをとっちめるということで雇われたんですから」
びびり二号、泣き言。
「きっさまらあ〜、カネかえせっ」
ちゃりん、ちゃり〜ん、と音がして銀貨が数枚ころがった。びびり一号と二号が謝礼を投げすてて、ドロンしたのだ。あーあ、巨漢、まっさお。
「……しょせんはカネでつながった関係、もろいものだな」
キースが巨漢に声をかける。
「さて、その子を放してやれ。そうすれば、おまえも無傷で逃げられるぞ」
「おまえ、なんで、このガキを助けようとする!? こいつがどういうやつか知っているのか!?」
巨漢は少女の襟首をつかんだまま、左右にゆさぶった。
「にゃあ、いたいにゃあ! 騎士さま、アシャンティをたすけてにゃ!」
少女は悲痛な声をあげる。ハーフキャットとはいえ、首のうしろの皮がそんなにあまっているようには見えないから、けっこう痛いのかもしれんな。
「子供に乱暴はよせ!」
キースが怒りをあらわにする。
「いっとくがな、このおれ、ゾルドがこのあたりの獣人どもを仕切っているんだ。このガキもおれのシマに入った以上は、おれの言うことをきかせる。それが、この街のルールなんだよ」
ゾルドと名乗った巨漢がすごむ。ようするに、こいつは獣人やハーフを組織して、ごろつき活動をさせたり、女だったら売春などをやらせているのだろう。たしかに、人間の世界では差別されざるをえない獣人たちは、そういう組織に属していないとなかなか暮らしにくいかもしれない。
「にゃあっ、アシャンティはなにもしていないにゃ! ただ、ひとをさがしていただけだにゃ!」
ハーフキャットの子供が泣きわめいている。
「放してやれッ!」
キースはヴュルガーを抜く。激怒している。いかんなあ。こいつは語尾がカタカナになると切れている証拠なのだ。
「やるのか? このガキがどうなってもいいというんだな?」
巨漢が仔猫の首をつかんだ。大きな手だ。子供の首などかんたんにヘシ折ってしまいそうだ。
しかし、キースに剣を引く様子はない。そのまま、相手をぶった斬りかねない。
おれたはあごをしゃくった。
「おい、シータ」
「はい」
シータはおれの仕草だけで指示内容を理解したらしい。
半歩前に出て、指を唇にあてた。
呪文を詠唱する。
――眠りをつかさどるまどろみの神ヒュプノスよ。その暗きマントをたれ、心乱れし者をおおいつくせ――
「スリープ!」
シータが発声とともに、呪力をこめた指で宙に紋様をえがく。
レベル20相当の眠りの呪文だ。しかも、ピンポイント。
「うがっ、が……ぐわあああ」
巨漢は立ったまま熟睡だ。三日は醒めまい。考えようによっては危険な技だよなあ。三日間呑まず食わずで眠りこけていたら、ヘタしたら死ぬもんなー。まあ、だれかが起こすだろうが。
キースは剣を鞘におさめた。
「どうもありがとう。もうすこしでむだな血を流すところでした」
キースがシータにむかって頭をさげる。おい、それはおれへさげるべき頭だろうが。
だが、キースめ、見事おれを無視して、爆睡中の巨漢の腕から仔猫を抱きとる。
「もう平気だ」
やさしく仔猫に笑いかける。その横顔は息をのむほど美しい。さすがのおれも黙らざるをえなかった。
ちっ、なんかむかつくぜ。