「なあ、こんど、泊まりに行ってもいいだろ?」
悪友の岩滝和紀がしつこく言ってくる。だめだ、と言ってもめげることがない。
「夏休みって、野球部は合宿があるんじゃないのか?」
「へん、そんなのとーっくさ。あとの二週間は、通いの練習だけなの。土日は楽勝であいてるんですー」
仙道優也は、母親とふたり暮らしだ。母親、とはいっても、まだ二十八歳の千景は、どうかすると二十歳そこそこにも見えてしまう。
しかも、優也の目から見てもけっこうな美人なので、千景にあこがれている男子生徒は優也のまわりにかなりいるのだ。
もっとも、和紀の場合は、
「おれは純粋に千景さんのファンなんだ」
と言いつづけている。自称、千景ファンクラブの会長である。
野球部に所属しており、イガグリ頭にニキビ面。けっして美少年とはいえないが、性格がさっぱりしていてスポーツ万能なので、意外に女の子にもてる。
「かーさんも、岩滝くんのことは好きよ。いい友達ができてよかったじゃない」
と、千景にも受けがいい。
千景は、十四歳のときに優也を生んだ。それがもとで、千景は中学までで学校をやめざるをえなくなった。女手ひとつで優也を育てるのはなまなかなことではなかったであろう。
父親のことは、よくはわからない。千景もそのことについてははかばかしくは語らない。ただ、優也がどんどん父親に似てきている、ということはよく口にした。優也はちっともうれしくない。
千景にまっとうな青春をおくらせなかった父親を、優也は憎んでいた。と、同時に自分も共犯だと思えてしまう。似ている、と言われたらなおのことだ。
「とにかくぅ、優也はネットだけじゃなくて、現実の世界でもっとお友達とあそぶべきだね。お泊まりオッケイ、いつでも連れてきな。歓迎するぞっ」
千景からそのように言われて、優也もしぶしぶ和紀の申し出を受け入れたのだった。
「へへっ、これはなんでしょうかー」
和紀が、持参してきた包みを持ちあげた。
「おみやげー? 気をつかわなくてもいいのにー」
千景がジュースをグラスに注ぎながら、和紀に笑いかける。
気取らない千景は、いつものようなラフな格好だ。薄手のTシャツに、ゴムバンドのルーズなキュロット。ふとももまで丸出しだ。
優也は、千景の胸元が気になってしょうがない。巨乳とはとてもいえない千景だが、それなりに形のいい胸をしている。ブラジャーのシルエットがわかるようなTシャツはやはりまずいのではないか、と思う。
「へへっ、親父秘蔵のコニャックを持ってまいりましたー」
和紀が取り出したのは、美々しい化粧箱に入った20年もののコニャックだ。
それに、つまみのつもりか、高級ハムや、ソーセージの詰め合わせなどもある。
「えー、わるいよぉ、こんなに」
「いいんですって。千景さんのためなんすから。それに、ぜんぶもらいもんだから」
和紀の父親は街ではかなり名の通った土建業を営んでいる。その関係で、お中元の時期には、こうしたモノが山ほど積まれるのだという。
「すっごーい、こんなのおばさんも飲んだことないよお」
千景は酒が強いほうではないが、飲むのは好きである。
「だめっすよ、おばさんなんて自分で言っちゃあ。千景さんは若いんだから」
「えー、岩滝くん、ありがとー」
はしゃいでいる様子なのが、優也にははっきりとわかった。まあ、優也が仏頂面なので、なんとか盛り上げようとしているのかもしれないが。
「あはは、子供が飲んじゃー、ダメっ」
夕飯、さほど炊事が得意ではない千景にしてはがんばって、ハンバーグに酢豚、野菜サラダにコンソメスープという、かなり手の込んだ献立だった。
和紀が持ちこんだコニャックを、ありがたみのいまいちわかっていない千景はCCレモンやらコーラで割って、すでにいい気分だった。
「だいじょうぶっすよ。今回の合宿ではイッキ飲みも試しましたよ。ぜんぜんオッケイっす」
和紀は、オンザロックで飲んでいる。言葉どおり、酒には強いらしく、ビクともしていない。
「だってー、優也ぁ、まけてるよぉ」
千景が頬を赤くして、優也の顔をのぞきこむ。
優也は麦茶ばかり飲んでいる。だいたい、酒なんて興味がない。
「いいんですよ、優也くんは、まだ子供なんだから」
「岩滝くんはオトナだねー」
「ま、肉体派ってやつっすか?」
言いつつ、むき出しの腕をまげて、ちからこぶをつくってみせる。日焼けした肌に、岩のような筋肉がついている。
「すごーい。ちょっとさわらして」
嬌声をあげながら、千景は和紀のちからこぶを撫でまわした。
「かたーい、すごーい、オトコらしー」
「かーさん、ぼくにも」
優也は、ブランデーグラスを手に取り、突きだした。
「えー、無理しちゃだめよー」
言いつつ、おもしろがって、ブランデーをどぼどぼ注いだ。
優也は、それを飲み干そうとし、玉砕した。