荒野に生死が交錯する。
「そこかっ!?」
白いモビルスーツが手にするビームライフルが閃き、大地に爆発の華が咲く。
『アムロ、ザクの3機編隊がホワイトベースに接近している。対処しろ』
年若の司令官の神経質な声が通信機を通じてヘルメットのなかに響く。
「カイさんはなにやってんです!? ハヤトだってそっちにいるでしょう!?」
こっちだってグフとやりあっているのだ。新型で機動力も高い。余裕なんてないのだ。
『カイは後方で敵のザクにつかまっている。カイには自力で切り抜けさせるから、アムロはホワイトベースを守れ。ハヤトのガンタンクだけでは厳しい』
「でも、こっちも動けないですよ、あのグフが強くて……!」
接近戦をしかけてくるグフとの間合いを保ちながら、アムロ・レイは口答えを試みる。コクピットの中でだけはアムロの言葉を否定できる者はいない。それは、最近自覚した組織内でのアイデンティティだった。
『リュウのコアファイターで援護させる。そちらを離脱して、早く……!』
ブライト・ノアの声が爆発音にかき消される。ホワイトベースが攻撃を受けているのは確かなようだ。
いけない、このままじゃ、セイラさんが……
アムロは金髪の美しい女性のことを想った。近ごろパイロットとしての資質も見せはじめている、才色兼備の女性だ。アムロにとっては憧れのひと。その人もいまホワイトベースのブリッジで危険な目にあっている。
行かなきゃ。でも、こいつが……!
動きの速いグフはガンダムの射線からたくみに身をかわしている。それを援護するザクはのろまだからいつもならかんたんに仕留められるはずだが、グフの動きが気になって、そちらに攻撃のリソースを振り向けられなくなっている。
ガンダムも、もっと思いどおりに動いてくれればいいのに。
そう思うようにさえなっている。成長いちじるしい子供にとって常に服は窮屈なものにかわりはてる運命を持つように、アムロにとってはガンダムという最新鋭のモビルスーツさえ、潜在能力を十全に発揮するには役者が足りないと感じさせてしまうのだ。
『アムロ! 援護するぞ!』
その時、野太い声が鼓膜を刺激して、モニターにリュウの顔がカットインした。上空、コアファイターが一瞬通過する。
と、やや遅れて機銃掃射の弾着が赤い砂煙の直線を描く。
グフの動きにためらいがあらわれた。その隙をニュータイプ――まだ無自覚だが――は見逃さない。
発射されたビームはグフの胸部装甲板を貫き、コクピットのパイロットを蒸発させ、そして核融合エンジンに臨界以上の負荷を与える。
爆発、爆風。
隊長機であったろうグフを失って、ザクたちの動きが明らかに動揺を見せた。こいつらを全滅させるのはたやすい、が、いまは優先順位がちがう。
「リュウさん、あとは頼みます!」
『おう、まかせとけ!』
ザコはリュウに託し、アムロはホワイトベースの危機を救うためにガンダムを転針させた。
「アムロ、よくやってくれたな」
戦闘後、ブライトがパイロットたちをねぎらうために格納庫にまで足を運んでいた。
「おれたちだって命をはってんだぜ。アムロひとりでホワイトベースを守っているわけじゃない」
すねたような声を出したのはカイ・シデンだ。
「たしかにカイさんが後方を押さえていたおかげでアムロの戻りが待てたんですから」
童顔のハヤト・コバヤシが微妙な言い回しでカイの肩を持つ。ガンタンクは今回の戦闘で対モビルスーツ戦における弱点を露呈し、中破規模の被害を受けていた。うがって見れば、自分も不利な戦いを強いられて苦労した、と言いたいのかもしれない。
「むろん、カイとハヤトの働きも評価している」
リュウの名前を入れるのを忘れているのにブライトは気づいていないようだ。リュウは特に不満げな様子もなく、パイロットスーツのファスナーを下ろしはじめている。
「評価ったって、見かえりなきゃ無意味だぜ。ふつうの戦艦だったら、モビルスーツ一機に三人の要員。悪くても二人だ。うちは一機ひとり。産業革命時代の紡績工場なみの労働条件だ。せめて憂さ晴らしくらいはさせてもらわなきゃな。たとえば手近な街に寄って、ドンチャン騒ぎとかよ」
カイがひわいに腰を動かす。
「だめだ。現在の任務は、一切外界との接触を断ちつつ、本隊との会合を果たすことだからな」
「じゃあ、どーしろってんだよ。パイロットは楽しみもなく、ただ馬車馬のように働けっていうのか?」
「……考えてみる」
ブライトは言った。
「――で、これがあなたの検討の結果というわけ?」
ミライ・ヤシマの冷たい声を背に受けて、ブライトは顔をひきつらせた。
「ったく、ほかに発想はなかったのかしらね」
ミライの声が氷だとするなら、セイラ・マスのそれは液体窒素だったかもしれない。
「でも、ブライトさんもいっしょうけんめい考えたんだし、アムロたちをねぎらおうとしているんだし……」
フラウ・ボウがとりなすように言う。彼女の声だけが人肌だ。
士官用のラウンジを臨時に改装した、毒々しい電飾をかざりつけた悪趣味きわまりない「グランドキャバレー木馬」の臨時オーナーであるブライトは、手製のコールマンヒゲを人差し指で鼻下にくっつけながら、三人のホステス候補たちに必死の笑みを浮かべてみせた。
「悪いとは思っている。女性のお酌が息抜きになるという発想自体に問題があるということも自覚している。だが、パイロットたちは連日の戦闘で疲れている。ガス抜きを適度にしなければ、われわれが生き延びること自体むずかしい。理解してほしい」
フラウ・ボウはうなずいたが、ミライとセイラの視線は氷点下をキープしたままだった。
「戦闘については、わたしも操船で疲れているんですけどね」
とはミライ。
「わたしもパイロットの一人だと自覚しているのですが、キャプテン?」
とはセイラだ。
「それは……まあ、そうだが。ふたりともよくやっていると思う」
フラウ・ボウのことが抜けているが、それはまあ、通信士くらい、いくらでも変わりがいるし、カツ・レツ・キッカのお守り専任でもいいくらいだとブライトは割り切っているのである。
「結論が出たようですわね」
ミライが立ち、セイラは最初から座ってさえいない。
フラウ・ボウだけがおろおろとしている。
その時、ラウンジのドアが開いて、パイロットたちがずかずかと入ってきた。先頭はカイだ。アムロ、ハヤトと続き、しんがりはリュウだ。
「おっ、ホワイトベースが誇る美女の揃いぶみだ。といっても三人しかいないけんど」
カイが調子よく口火を切る。
「しかし、艦長もさばけてるね! 恐れ多くも女性士官のお酌で酒を飲ませてくれるなんて、ちょっとありませんよ。ひょーほっほっ、楽しみだね」
「飲みたければ勝手になさい」
セイラがカイを睨みつける。
「あいかわらずの軟弱者」
「おろ、のっけから手厳しい」
カイは目を白黒させた。
セイラはすたすたと歩きはじめている。
それを横目で見ながら止められないブライトは、情けない声でミライにお伺いをたてる。
「ミライ、せめて酌くらい……」
「いやです。ヤシマ家ではそのようなはしたないふるまいを躾られてはおりません」
高飛車なお嬢様にもどって、ミライも部屋を出て行く。
ふたりの女性が去って、ラウンジにはしらけた空気が沈殿した。
「どーなっているのかな、これは」
ややあってカイが唇をとがらせた。
「すまん」
ブライトはいさぎよすぎるほどあっさりとあやまった。
「しょうがないですよ。セイラさんもパイロットなんだから、そういうのへんだし」
アムロがさほどの考えもなさげに口をはさむ。
「そうだ。セイラさんには似合わない」
リュウがうなずく。彼がセイラに惚れているのはホワイトベースの全クルーが知っているので、ついみんな吹き出しかける。
「でも、飲み物とか準備してあるんでしょ? 士官のおじさんたち用の高いやつとか。せっかくだから、開けちゃいませんか」
ハヤトが舌なめずりをしながら言う。小柄なくせに、意外に酒豪なのだ。
「あ、あたし、お酌とか、します」
フラウ・ボウが背伸びをするようにして言った。
「ちえっ、残ったのはフラウ・ボウだけかよ」
不満そうにカイが言う。
「ま、しゃあねえな。ガキでも女は女だ」
失礼な言辞ではあるが、フラウ・ボウは笑顔を崩さなかった。