コナンはふたたび迷宮に踏み入った。
袋小路に入るたびに、頭のなかでその道を消していく。
時間は充分にある。しらみつぶし方式でもゴールにはたどりつけるはずだ。
ほどなく蘭の誘拐シーンを映し出したモニターのある石像の前に戻る。画面を見ると、さっきのシーンを再び映し出している。どうやらビデオ 録画をリピートしているようだ。悪趣味なことを――コナンは舌打ちする。
と、コナンは石像の前を横切るたびに電子音が鳴ることに気がついた。左から右に動いてみる――ピッ――右から左に戻ってみる――ピピッ ――。
石像を調べてみる。女性用の迷宮にの入口に設置されていた女神像と同じデザインだが、どうやら赤外線センサーが取りつけてあるらしい。そ のセンサーが働くことで、映像がスタートするようになっているのだ。
コナンはさらに奥に進んでいく。
照明はあいかわらず飛び飛びだ。明るい部分と暗い部分が混在していて、枝道がわかりづらい。迷宮をより複雑に見せている。あと、なんとな く気になる低い音。BGMだろうか――それにしてはメロディがない。機械のハム音のような、不快な響き。意識がぼうっとしてくるような、そん な気がする。
しばらく行くと、また石像がみつかった。やはり女神像で、モニターが埋めこんである。ナンバーは「2」だ。だが、そこには何も映っていな い。
さらに進んでいく。石像は随所に見つかった。モニターのナンバーも「3」「4」「5」などと振られている。もっとも、迷宮は一本道ではな いために、数字の順番に並んでいる、というわけではない。それでも「ナンバー9」まで確認することができた。
「おかしいな……」
歩きつづけるうちに噴き出してきた汗をぬぐいながらコナンはつぶやいた。
コナンは頭のなかに迷宮の平面図を描いた。もうすべてのルートを探索したはずだ。なのに出口は見つからない。
「まさか、出口がないっていうんじゃ……」
あせりを感じはじめる。迷宮に入ってから、そろそろ三十分近く経過している。制限時間のおよそ半分を使ってしまった計算だ。
「待てよ……あのルール説明ビデオではなんて言ってたっけ……」
たしか――
『このふたつの入口から、愛しあうふたりが別々に迷宮に入ります。見事ふたりが出会えたとしたら――迷宮の最後の扉が開かれることでしょ う。すなわち、その時こそ愛が試練に打ち勝ったことになるのです』
コナンは考える。
「最後の扉が開くってことは、なにが条件が揃ったときに、はじめて出口が現れるってことかもしれないな。じゃあ、その条件とは……?」
ビデオの続きを思いだしてみる。
『ラビリンスのなかで、あなたがたは愛する人が迷宮のなかで苦しんでいる姿を目撃し、心を引き裂かれるかもしれません。でも、それこそが試 練なのです。心を落ち着けて、時が流れるままに受け入れるのです。試されているのは、あなたの《愛》そのものなのですから……』
「時が流れるまま……どういう意味だ?」
たしかに真相を解く鍵はその言葉のなかにあるはずだ。コナンの勘がそう告げている。しかし、手がかりが少なすぎる。
コナンが考えにふけっていたときだ。
彼の側にあった石像のモニターに光がともった。映像と音が流れ出す。
なにげなくそれに目をやったコナンは驚愕した。
「こっ……これは……!」
コナンはすべてのモニターの映像を確認するために、迷宮を走りまわった。
映し出される映像はそのすべてがコナンを激高させ、焦りをつのらせる。
だが、むなしく迷宮をさまよっているだけでは問題は解決しない。蘭たちがとらわれている場所に近づくことさえできない。
考えなければならない。真実は目の前にあるはずなのだ。
ふと、映像の共通点に気がつく。
「画面の切り替えがない――これらの映像はひとつのカメラで撮られたものだ。編集の跡もない。流し撮りをした映像を単純にぶった切って、各 モニターに送ってるんだ」
コナンは石像に設置された対人センサーのことを思い出す。その前を横切れば電子音とともにスイッチが入る。しかし、逆方向に横切った時は 別の電子音が鳴る。つまり――
「プレイヤーの移動方向を感知しているんだ!」
そして、鮫津社長がビデオでおこなっていたルール説明――
『ラビリンスのなかで、あなたがたは愛する人が迷宮のなかで苦しんでいる姿を目撃し、心を引き裂かれるかもしれません。でも、それこそが試 練なのです。心を落ち着けて、時が流れるままに受け入れるのです。試されているのは、あなたの《愛》そのものなのですから……』
「時が流れるままに受け入れる――」
つまり、時系列に沿って並べなおせ、ということだ。
コナンは迷宮のなかで目撃した映像をプレイバックする。それら映像を思いかえすだけでもつらい。だが、そこにこそ手がかりはある。
頭のなかに地図を描く。モニターの位置をマーキングする。ひとつひとつのモニターを再確認している時間はない。瞬間的に答えを弾き出さね ば間に合わないのだ。
ひとつのルートが浮かび上がった。それが迷宮を解く鍵だ。
コナンは全速力で走り始めた。
「蘭! いまいくぞ! たのむ、間に合って――間に合ってくれっ!」