「鮫津社長、今日はどうもありがとうございました」
毛利蘭が神妙な表情で頭をさげる。
「いや、こちらこそプレ・イベントの成功に協力してもらって、感謝の言葉もないよ。来週の正式オープン時にも、ぜひみなさんで来てください」
鮫津は鷹揚にうなずいた。それから、少し表情を曇らせて視線を下に移す。
「……それにしても、その子、大丈夫なのかね」
「はい……たぶん。なにかすごいショックを受けたみたいなんですけど」
蘭は手をつないだ先の少年を、心配そうに見やる。
江戸川コナンだ。惚けたような表情をしている。そのうつろな目は、現実の情景を映すことを拒絶して、自分の夢の世界に閉じこもってしまった――そんな感じだ。
「しかし、どうやって、封鎖されていた地下室に入れたんだろうか? それに発見されたときにはその――下半身裸だったというし」
「さあ……」
蘭は首をひねる。
「おまえたちに心当たりは?」
鮫津は後ろを振りかえって、スーツ姿の三人の男たち――鮫津観光の幹部社員たちだ――に問いかける。肥満体の男はぶるぶると首を横に振り、丸眼鏡の長身の男は軽く肩をすくめた。三人目の体格のいい男が代表して「ありません」と答えた。
歩美は、少し離れたところからコナンを見つめている。
「だいじょうぶかしら、コナンくん……」
「わからない。現実を受け入れるか――夢のなかに閉じこもるか――どちらにしてもかれ自身の問題よ」
哀は突き放すように言い捨てた。
その傍らで光彦と元太はしきりにあくびをしている。
「なんでおれたち寝てたんだ?」
「さあ……ぜんぜん記憶がないですよ」
「あんたたち、幸せね」
醒めた口調で哀は言う。そして、視線を歩美と、蘭に移していく。自分の同類を見るような、なにかしら諦観しような表情。
「悪夢ってのはね、それを現実として受け入れた時からがほんとうの始まりなのよ……」