コナンは頭に描いたルートに従って、モニターの前を走りぬけていく。
まず、1、次に4、そして9――モニターの前を通過するたびに、まるで正解を告げるように電子音が鳴る。
そして最後のひとつ――蘭が絶叫している映像を映し出しているモニターの前にコナンが達したとき、迷宮全体に震えが走った。
壁が、動きはじめている。迷宮の形そのものが変わっているのだ。今まで袋小路だったところが通路になり、逆に通路が行き止まりになる。
なるほど――この迷宮は壁を動かすことによって、さまざまな迷路を作り出すことができるのだ。100万円の懸賞をかけたのもうなずける。これならば、絶対に成功者を出さないことも可能だろう。
しかし、いまはそんなことはどうでもよかった。コナンの目の前の壁がゆっくり動き始めていた。迷路の終着点だ。
それは、地下につづく階段だった。
階段を駆けおりながら、コナンは心のなかで叫びつづける。
蘭――!
モニターのなかで絶叫していた姿が脳裏をはなれない。
あの映像は何分前のものなのだろう。
5分――それとも10分か?
だとすれば――絶対に間に合わない。
蘭が男に貫かれ、歓喜の声をあげているシーンを想像してしまう。気が狂いそうだ。
だが、それでも、蘭を救出しなければならない。諦めてしまってはすべてが終わってしまう。哀も、歩美も、光彦も、元太も――この迷宮から出られなくなってしまう。
なによりも、蘭をあのままにしてはおけない。救出し、薬の影響を除去し――もとの蘭に戻れるまで――屈託なく微笑むことができるようになるまで――おれは待つ。耐えてみせる。いや、その考え自体が傲慢だ。いちばんつらいのは――苦しんでいるのは蘭なのだから。
コナンは階段を降りきった。まっすぐ廊下がのびている。照明が飛び飛びに灯されている。明るくなり、暗くなる。その明滅。そして、どこからともなく聞こえるハム音――迷宮のなかでも感じたが、それがさらに強まって――足がふらつく。それでもコナンは走り続け、そして突き当たりのドアに行き着いた。
試練の間――そうドアのプレートには書かれている。
コナンはドアのノブに手をかけた。心臓が破裂しそうだ。この向こうでは蘭が――蘭が――蘭が――
目を閉じ、叫びながら、コナンはドアを押し開ける。
「蘭――っ!」
そのまま、床に転がる。絨毯のふかふかした感触。
「もぉ、コナンくん、おそぉい!」
蘭が笑っている。ダイニングテーブルに着席している。服をちゃんと着て髪も乱れておらず、白磁のティーカップを手にしている。それはまるでのどかなアフタヌーン・ティーの一幕だ。
「蘭……ねえちゃん?」
呆然としてコナンはつぶやいた。
「いったいどんなシーンを想像していたのかしら」
醒めた口調で言ったのは灰原哀だ。ごく自然に席に着いている。その隣には歩美もいて、コナンと目があうと、はにかんだように笑う。
「コナンくん、紅茶とてもおいしいよ」
「このケーキも、すごくうまいぞ」
口一杯にショートケーキをほおばっているのは元太だ。その横には光彦がいて、やれやれと言いたげに肩をすくめる。
「今回はコナンくんが一番おそかったんですね、めずらしく」
「おれなんか、すぐに迷路解いちまったぞ。プレ・イベントじゃなきゃあ、100万円だったのになあ……」
元太がケーキを呑みこむと、ちょっと残念そうに言う。
「そうよね、かんたんだったよね」
歩美も言い、コナンを除く全員がうなずく。
その時だ。部屋の奥のドアが開いて、ひとりの男が姿を現わした。
タキシード姿の男だ。
「あっ、鮫津社長」
蘭が立ち上がる。鮫津は優しい笑顔を浮かべながらテーブルに近づく。
「みなさん、そのままで。今回のプレ・イベントはいかがでしたか? メイズ・キャッスル――迷路と映像、そして催眠音波を併用した新機軸のテーマパーク――プレイヤーが最も見たくないと潜在意識で考えている映像をモニターに映し出し、あせりや恐怖をかきたてる――みなさんが見た悪夢はどんなものでしたか? そして、その悪夢に打ち勝つことはできましたか……?」
「おれは、迷路のなかで迷って腹ぺこになる映像を見たぞ。おれが骨と皮だけになっちまうんだ。こわかった」
元太がふたつめのケーキをパクつきながら言う。
「ぼくはテストで問題の答えがぜんぜんわからなくなる映像でしたよ。あれ、夢だったんですねぇ」
「わたしは……」
歩美は言いかけて、コナンを見た。そのまま頬を赤らめる。
哀はなにも言わず、そっぽを向く。
そして、蘭は遠い目をした。ここにはいないだれかの面影を追い求めるように。それから、コナンに視線を移した。
「――で、コナンくんはどんな映像を見たの?」
「えっ、ぼく? それは――」
コナンは深い安堵とともに胸にたまった息を吐いた。