秋である。
恒例の体育祭を二年連続の劇的Vで飾った谷崎ゆかり学級は、もうひとつの秋の大イベント、文化祭に向けて始動していた。
出し物は結局、ぬいぐるみ喫茶に決定した。
ぬいぐるみで教室をデコレーションし、店員もメルヘンなユニフォームで統一して、かわいい雰囲気でお茶してもらおう、というコンセプトだ。
まちがっても動物の死体が転がっているような、お化け喫茶ではない。
当日朝、ギリギリまでセッティングに追われている生徒たちのもとに、ゆかり先生が訪れた。歩調がせかせかしている。
「あ、せんせー」
のんびりと振りかえったのは大阪こと春日歩だ。ネコの頭部をかたどった帽子をかぶり、リボンのついたブラウスにミニスカート、いかにもウェイトレスらしいユニフォームが似合っている。たぶん、一日に二十個くらいグラスを割る落ちこぼれウェイトレスだろうが。
「どう? 間に合いそう?」
「なんとかー」
「ふうむ」
ゆかり先生は、ほぼ飾りつけが終わった教室内を見渡した。
ユニフォーム姿のウィターやウェイトレスたちが最後の準備におおわらわな中で、配置されたぬいぐるみの微妙な位置を長身の女生徒が慎重に調整している。ペンギンの着ぐるみがうろちょろしているのが愛らしい。
「――弱いわね」
「えー、そうなんですかー」
「隣の2組も喫茶店なのよ」
ゆかり先生が眉間にしわを寄せて言う。2組の担任は黒沢みなも教諭だ。ゆかり先生とは学生時代からの親友であるが、体育祭の時にも最後まで優勝を争ったライバルでもある。みなも先生の方はそんなに意識していないようだが。
「ははーん、また、にゃもちゃんと賭けしたな、ゆかりちゃん」
なれなれしく声をかけてきたのは滝野智だ。自他共に許す、暴走女子高生である。近ごろは髪の毛を伸ばして女っぽさを強調しているようだが、中味はまったく変化がない。少年っぽいというか――それ以下である(精神年齢が)。
智の指摘に、ぎらり、ゆかり先生の目が光る。
「そうよ。売り上げで勝てば、相手の売り上げ総取り&焼肉食べ放題!」
「また、そんな賭けを勝手に……」
あきれ顔で言ったのは、智の側にいた水原暦だ。周囲の者は「こよみ」を略して「よみ」と呼ぶ。眼鏡が似合う秀才タイプの女の子だが、ガリ勉っぽくない、さばけた雰囲気も兼ね備えている。体つきも大阪や智に比べてずいぶん女っぽい。
「勝てばあんたたちにも分け前があるわよ」
「でもなー、ジュースとかやったら、今回はいっぱいあるねん」
大阪にしてはめずらしく、もっともな意見である。喫茶店を営業して、そのごほうびがジュースのおごりというのは、少々うまくない。
が、ゆかり先生も今回は気合いの入り具合がちがう。
「豚まんもつけるわよー」
「おおっ! ならば、やるぞー!」
智が拳を天に突きあげる。
「安いやつ」
暦は馬鹿にしたように眼鏡の奥の眼を細める。
と、暦の脇腹を智がつついた。
「ダイエット中のあんたの分も私が食ってやるよ」
「なっ」
暦の耳たぶが赤くなる。肥りすぎというほどではないが、いくぶんぽっちゃり系なのを気にしているのだ。
「ところで、2組に勝つっていっても、どうしたらいいんでしょうか」
話に加わってきたのは、ペンギンの着ぐるみを着こんだ美浜ちよだ。飛び級で高校に入学してきて、実年齢は小学生だけに、着ぐるみもよく似合っている。その後ろには長身の榊と、中背だが引き締まった体躯を持つ神楽がいる。
「はん、そんなの決まってるじゃない」
ゆかり先生は腕組みをして胸をそらした。
「金を持ってるのはオヤジよ。オヤジ客を引っ張り込んで、高いものを注文させればいいのよ!」
「そんな、ぼったりバーじゃあるまいし」
暦が言いかけるのを智がさえぎる。
「じゃあ、私が客寄せやる! この峰不二子ばりの色気で――ルッパァ〜〜ん」
似てない。
ゆかり先生は、素早くメンバーを一瞥し、いきなり指を突きつけてゆく。
「榊、神楽、そして水原さん、あんたらがお色気担当!」
そして、視線を下げてちよを指差す。
「ちよちゃんはロリ担当!」
「はい、がんばります! ――ところで、ロリってなんですか?」
澄んだ目で聞き返すちよに、だれもフォローしてやれない。
「ちょっ、ちょっ、ゆかりちゃん、私は?」
「私は〜?」
智と大阪が口々に言う。そのふたりをゆかり先生は辛辣に見つめた。
「あんたらは、特殊な好みの人用の補欠」
「特殊て、あんた」
智と大阪の目が横線(-△-;)になった。