水風呂からあがって、水着のままで茶の間の縁側に出る。まだまだ酷暑は続いているが、今ならわずかな風でも涼しく感じられる。
「笑うなよ」
縁側に座った気恵くんがおれを睨みつける。水風呂のなかで取りつけた約束だ。ほんとうの希望進路をおれだけに教える――と。
「笑わない」
並んで座ったおれは神妙に答えた。そのおれの顔を気恵くんが覗きこむ。水に濡れた髪がちょっと外側にはねて、いつもよりも女の子っぽく見える。こうして見ると――けっこう可愛い。
「あのな……その……プ」
「プ?」
「……ロレス」
気恵くんは言葉を短く切った。
「プロレス?」
おれは耳を疑った。
「プロレスって、あれか? ウッシャーとかダァーとかアッポーとか、正直スマンカッタとか」
「……どういう理解の仕方をしているのかわからないけど……そうだよ」
耳たぶまで赤くした気恵くんが、子供のように唇を突き出した。
おれは声を荒げる。
「おいおい、相手は百キロ以上あるおっさんたちだぞ! しかも半裸でからみあうんだぞ! 中にはホモもいるんだぞ! どうするつもりだ!」
「なんで男子のプロレスラーと戦わなきゃいけないんだよ! 女子プロレスに決まってるだろ!」
気恵くんが声をはりあげた。なるほど、そりゃそうだ。
「――父さんが好きだったんだよ、格闘技。テレビでよく応援してた。その膝にのっかって、あたしもよく見てたんだ。だから、かな」
志望動機を語りながら、気恵くんは昔を懐かしむように茶の間をふりかえった。きっと、この部屋には父親との思い出がいっぱい詰まっているのだろう。考えてみれば、おれはその団欒に割り込んできたよそ者だったのだ。気恵くんが食事の後、すぐに自室に戻って、おれとの同席を避けていたのも、今ならなんとなくわかる。
「女子プロレスだって、いまはけっこうたいしたもんなんだよ。総合格闘技への道だってあるし、エンタテインメント路線だったら、アメリカのWWEなんて凄いのもあるし」
「それで、スポーツで鍛えていたってわけか」
「うん……。うちの中学、女子の格闘技系のクラブないから、バスケ。背も伸ばしたかったし」
「けっこう計画的だったんだな……」
おれは腕組みをしてうなった。
「もうすぐ入団テストがあるんだ」
ぽつり、気恵くんが言った。
「いつ?」
「今度の……日曜」
「なるほどな」
どうりで模試の勉強になかなか身が入らなかったわけだ。ちょうど日程がぶつかっているのだ。
「でも、入団ったって、すぐはむりだろう」
「練習生から始めるって方法もあるみたい。わたし、格闘技の素養がないから、他の人よりも不利だし、できたら早めにスタートを切りたい」
真剣なのだ。おれは考えてしまう。
夢をつかむのに遅いも早いもない! 入団テストにチャレンジしろ!