〜うたかたの天使たち〜
気恵編+α

真夏の五芒星

−気恵−

 水風呂からあがって、水着のままで茶の間の縁側に出る。まだまだ酷暑は続いているが、今ならわずかな風でも涼しく感じられる。

「笑うなよ」

 縁側に座った気恵くんがおれを睨みつける。水風呂のなかで取りつけた約束だ。ほんとうの希望進路をおれだけに教える――と。

「笑わない」

 並んで座ったおれは神妙に答えた。そのおれの顔を気恵くんが覗きこむ。水に濡れた髪がちょっと外側にはねて、いつもよりも女の子っぽく見える。こうして見ると――けっこう可愛い。

「あのな……その……プ」

「プ?」

「……ロレス」

 気恵くんは言葉を短く切った。

「プロレス?」

 おれは耳を疑った。

「プロレスって、あれか? ウッシャーとかダァーとかアッポーとか、正直スマンカッタとか」

「……どういう理解の仕方をしているのかわからないけど……そうだよ」

 耳たぶまで赤くした気恵くんが、子供のように唇を突き出した。

 おれは声を荒げる。

「おいおい、相手は百キロ以上あるおっさんたちだぞ! しかも半裸でからみあうんだぞ! 中にはホモもいるんだぞ! どうするつもりだ!」

「なんで男子のプロレスラーと戦わなきゃいけないんだよ! 女子プロレスに決まってるだろ!」

 気恵くんが声をはりあげた。なるほど、そりゃそうだ。

「――父さんが好きだったんだよ、格闘技。テレビでよく応援してた。その膝にのっかって、あたしもよく見てたんだ。だから、かな」

 志望動機を語りながら、気恵くんは昔を懐かしむように茶の間をふりかえった。きっと、この部屋には父親との思い出がいっぱい詰まっているのだろう。考えてみれば、おれはその団欒に割り込んできたよそ者だったのだ。気恵くんが食事の後、すぐに自室に戻って、おれとの同席を避けていたのも、今ならなんとなくわかる。

「女子プロレスだって、いまはけっこうたいしたもんなんだよ。総合格闘技への道だってあるし、エンタテインメント路線だったら、アメリカのWWEなんて凄いのもあるし」

「それで、スポーツで鍛えていたってわけか」

「うん……。うちの中学、女子の格闘技系のクラブないから、バスケ。背も伸ばしたかったし」

「けっこう計画的だったんだな……」

 おれは腕組みをしてうなった。

「もうすぐ入団テストがあるんだ」

 ぽつり、気恵くんが言った。

「いつ?」

「今度の……日曜」

「なるほどな」

 どうりで模試の勉強になかなか身が入らなかったわけだ。ちょうど日程がぶつかっているのだ。

「でも、入団ったって、すぐはむりだろう」

「練習生から始めるって方法もあるみたい。わたし、格闘技の素養がないから、他の人よりも不利だし、できたら早めにスタートを切りたい」

 真剣なのだ。おれは考えてしまう。

 やっぱり学生の本分は勉強だ! 模試を受けろ!

 夢をつかむのに遅いも早いもない! 入団テストにチャレンジしろ!