うたかたの天使たちXI

あきかぜ       クロッシング・ロード
秋風の十字路

 

-珠子編-

 

 宇多方家の朝ごはんは戦場に等しい。

 登校の時間が迫るなかで、朝に弱い美耶子がぐずったり、珠子は霊界通信していたり、苑子がおかわりしすぎたり、気恵くんがスクワットしていたり、一子ちゃんが目玉焼きに失敗した結果ひどく中途半端なスクランブルエッグを作ったりする。

 そんな喧噪のなかで、テレビの朝ワイドの占いコーナーをはしごするのがおれの楽しみだ。

「尻馬テレビの一位は獅子座〜、ワーストはおとめ座〜」

 にもかかわらず、

「めざわりテレビでは獅子座がワーストっちゃあ、どういうことじゃい!」

 こんないいかげんな占いを信じるやつの脳の構造が、どうにもおれには理解できない。

 そのバカさかげんを笑うために始めた朝ワイドショーのはしごだが、その日はいつもとちがった。

「いま入ったニュースです。少女誘拐事件に関しまして、先ほど、警視庁が容疑者の写真を公開しました」

 テレビに白黒の男の顔写真が映った。

「あれ、ゆーいち? どうして、テレビに映ってるの」

 目をしょぼしょぼさせつつ、寝起きの美耶子が言う。

「あら、ほんと。お祝いしたほうがいいかしら」

 状況もわきまえずに一子ちゃんがのほほんと言う。

「おい……マジかよ」

 気恵くんの声と表情が堅い。

「おにいちゃん……」

 おびえたようにおれを見つめる苑子。

「ちーん」

 珠子はなぜかおれを拝んだ。

 じょ、冗談じゃないぞ。テレビに映ってるのは少女誘拐犯の顔だ。それがどうしておれにそっくりなんだ?

 

 河原崎暁美ちゃんは小学五年生、写真をみる限りでは髪が長くておとなしそうな女の子だ。

 この子が一週間前、帰宅途中で消息を断った。

 二日後、犯人とおぼしき男から河原崎家に連絡があった。

 暁美を預かっているが無事にしている、との内容で、河原崎家ではこの時点で警察に届け出た。

 被害者の父親・河原崎卓郎は、いくつもの企業を経営するやり手の企業家であり、敵も多かったことから、怨恨の線で捜査がおこなわれたが、はかばかしくは進展しなかった。

 だが、やはり犯人はミスをしてしまった。ひそかに被害者宅に脅迫状を送りつけ、保護者を呼び出したのだ。むろん、それは警察のすぐ知るところとなり、犯人が会見場所に指定した代々木公園は、警察の厳重な監視のもとにおかれ、蟻のはい出る透間もないほどの検問の網が張られた。

 犯人とおぼしい男は時間どおりに現れた。この時、警察がこの男を拘束するのは容易だったはずだが、まずは犯人のアジトを押さえようという判断から、泳がせることになった。犯人は会見場所の雰囲気に異常を感じたのか、身代金を受け取ることもなく、その場を立ち去った。むろん、警察がその後を尾行したのはいうまでもない。

 だが、犯人とおぼしい男は警察の尾行をあっさりとまき、さらには厳重無比なる検問をも見事に突破したのだ。

 万策尽きた警察は、隠し録りしておいた犯人の写真を発表し、ついに公開捜査に踏み切ったのだ。

 それにしても、だ。

「ほんと、遊一そっくりだな」

 各局のニュースで繰りかえし報道している状態だ。どのチャンネルに替えても、おれがいる。

「世の中には同じ顔のひとが三人はいるといいますから」

 一子ちゃんはまったく気にしてない様子だが、妹たちはこの長姉ほどのんきではない。

「それにしても、似すぎだって。遊一、おまえまさか……」

 気恵くんがこわい顔をする。おいおい、おれを疑ってるのか?

「おにいちゃん、わたし、信じてるから!」

 苑子が必死の表情で言うが、うれしかねーよ。

「たしかに、ゆーいち、最近へんだったもんね」

 疑わしそうに美耶子が言う。

「ばか、なに言い出すんだよ!」

「たしかに、夜、部屋にいないこと、おおいよな」

 気恵くんも声をひそめる。

「ひ、ひとぎきのわるい。それは、ただ……」

 い、言えねえ。財宝ねらって、夜中、地下道をうろついてるなんて、言えねえ。

「そういえば、珠ちゃんもいなかったりするよ、夜中」

 珠子と同室の美耶子がじと目になる。

「こ、こら、へんなこといってんじゃねえ!」

 さらに言えねえ。宝さがしの案内に珠姫を雇い、夜中じゅう連れ回されたあげく、「報酬はそなたの身体じゃ」と言われ精液をしぼり取られてるなんて、口が裂けても言えねえ〜。

 珠子はといえば、基本的に憑依されてるときの記憶は持っていないので、平気な顔でたくあんをぽりぽり食べている。

「おまえらなあ、おれがかよわい女の子をさらって、イケナイことをするような人間だと思ってるのか? よっく、胸に手をあてて考えてみろ!」

 さすがのおれも憤然として、宇多方姉妹に言った。

 姉妹たちは胸に手をあてると、なにか思い当たることがあったらしく、全員がこっくりとうなずいたのだった。

 

 まったく、連中はなにを考えているのか。

 おれのような品行方正な人間をつかまえて。

 いつものように黒装束に身をかため、こっそりと部屋を抜け出しつつおれは心のなかで毒づいた。

 まあ、ひとに見られたら、言い逃れはむずかしいことをしているのは事実だが。

 それにしても、なかば習慣と化している地下道探索だが、これがまた、まったく収穫がない。

 宇多方家の地下に広がる地下道は、各部屋につながっているだけで、隠し部屋のようなものはどうやらないらしいことがわかってきた。

 しかし、地下道は宇多方家の敷地をこえて縦横に広がっており、探っても探ってもきりというものがない。

 もしかしたら、東京中に張り巡らされているのではないか、と思えるほどだ。

 どうも、江戸時代に、幕府が秘密裏につくったものらしく、有事の際には江戸城から将軍を脱出させる抜け穴の機能もあったらしい。有力な旗本だった宇多方家の祖先が、その管理を任されていたもののようだ。

 だが、長い空白の期間、途中で起こった大震災や空襲などであちこちの通路が埋まり、さらに地下鉄工事やビル建設などでずたずたに分断された箇所も多く、その全容はもはや量りがたい。

 それにしても、江戸幕府のご用金がどこかに隠されているという可能性を捨てることができず、今日も今日とて地下にもぐるわけである。ああ、おれって、なんて働き者。

「しょせん、盗っ人だがのう」

 先に立って歩く珠姫が、くっくと笑う。なにおう。

「まあ、怒るな。今宵もこうして宝探しにつきあってやっておるではないか」

 珠姫が麗艶な笑みをうかべた。なにしろ、ベースとなる珠子がロングヘアの美少女だけに、凄みさえ加わって、ちょっとこわいくらいだ。火の玉も浮かんでるしなあ、なにげに。

「でもな、おまえさんの情報は、あてにならねーんだよ。ほんとうに財宝について知ってんのかよ?」

 おれは不信感をぶちまけた。どうもだまされているような気がしてならない。

「わらわは三百年もこの世をさまよっているのじゃ。すこしくらいのおぼえちがいがあってもおかしゅうはない」

「にしても、この前のはひどかったぞ。遠山の金さんの隠し財宝のありかを思い出したっつーて、でてきたのは、どっかのおばはんが埋めた杉サマグッズだったじゃねえか」

「ふ。そんなこともあったのう……」

 遠い目をしつつ、珠姫はのたまう。

「まあ、わらわとて珠子がぜひにと頼んでこねば、こんな穴蔵をうろつきたくはないのじゃが……おっと」

 ふと漏らした珠姫の言葉をおれは聞きとがめた。

「ん? なんだと? この探索は珠子にはぜったいないしょの約束だぞ?」

「わ、わかっておる。いまのは言葉のあやじゃて……そろそろ戻らぬか? わらわはよいが、そろそろ珠子の身体が限界じゃ。また、いつものように抱いて寝てやってたもれ」

 宝探しの情報提供料に、珠姫は添い寝を要求する。約束だから、しょうがない。

 おれだって、いけないことだとは思ってるんだが、珠子の素肌の手触りや甘い匂いを感じると、たまらなくなる。ついチューとか、いろいろなことをしてしまう。その間、珠子はじっとしているが、完全に眠っているわけではないのは、身体の反応でわかる。

 もしかしたら、珠姫とおれは、共犯なのかも。

 まあ、それでもいいや。家へ戻ろう。あんまり珠子が寝床をあけていると、美耶子が気づく恐れがある。

「おい、珠姫、そろそろ……」

 いいかけたときだ。

 先を進んでいた珠姫の――いや、珠子の雰囲気が一変した。

「なにか――いる。感じるよ、おにいちゃ……」

 バシッ!

 青白い光がまたたき、珠子の身体がえびぞった。

 わお、なんだよ、霊的現象か!? こわいよ、こわいよー。

「くくく……る……」

 珠子の喉から、別人のような声が漏れだし、そして――

「たす……け……て」

 うつろな目でつぶやくと、そのまま歩きだした。

 闇の奥の方に――速足で――さらに駆け足で。

『おい! なにをしておる! 追わぬか……!』

 おれの耳元、というか、頭のなかで、珠姫のあせったような声が響いた。

「な? どこでしゃべってるんだ!?」

『珠子の身体から弾き出されたのじゃ! いま、珠子の身体はべつの霊に乗っ取られておる! 強力な霊じゃ! このままだと、珠子を見失ってしまうぞ!』

「そ、そりゃ、たいへんだ……わお!」

 走りだそうとしたおれは、いきなり足を取られて転んだ。このあたりは地下道の保存状態が悪く、とても走れるような足場ではない。なのに――

『霊の力じゃろう。まずいな……もう気配もつかめぬ』

「ど、どうするんだよ! 夜明けまでに珠子を連れ帰らないと大変なことになるぜ」

『とにかく、探すしかなかろう。地下道のどこかにおるはずじゃ』

 珠姫の声が切迫している。こ、このシチュエーションって、やっぱ、おれの背後に幽霊がくっついてるってことなのかなあ、ぞおお。

『ばかな。すでに何度も睦み合った仲ではないか。なにをいまさら』

 うわ、取り憑かれていると、考えまで読まれてしまうのか〜?

『あるいは、わらわは本当は霊などではなく、おぬしの恐怖感が生み出した幻想かもしれぬぞ。だから、おぬしの考えもわかるし、声も頭のなかから聞こえてくる……どうじゃ? 怖がりのおぬしのために、こういう説明は』

 どうじゃ、と言われてもなあ……

『わらわの正体などこの際どうでもよい! とにかく、珠子を探すのじゃ!』

 それには賛成。

  

つづく