〜うたかたの天使たち〜
気恵編+α

ま な つ           ペンタグラム
真夏の
五芒星

−発端−



 宇多方家に下宿するようになってからあっというまにが数ヶ月が過ぎた。

 季節は夏に突入している。

 夏になるとなにがいけないかといって、ガキどもが夏休みとか称してずっと家にいる。

 そうすると、やれ遊んでくれとか、宿題を手伝えとか、触ってくれとか脱がしてくれとか犯してくれとか――まではさすがに言ってこないが、やたらとうるさい。というか、騒音の発生源の90%までは美耶子なのだが、美耶子には珠子がセットになってるし、苑子もちょっと離れながらも必ずその場にいるし、ある程度以上にぎやかになってくると、「わたしも〜」とか言いながら一子ちゃんがやってくるわで、なにかと疲れるのだ。

 夏休みはおれにとってはバイトのかき入れ時である。貧乏学生であり家からの仕送りも不安定なおれとしては、炎天下にふたつみっつのバイトのかけもちはざらだ。へとへとになって家に帰ってきたかと思うと、年少組のおもちゃにされて、さらに疲労困憊する羽目になる。

 だいたい、宇多方家には冷房というものがない。伝統的な日本家屋で、日本の夏の気候にマッチした建て方になっているのだが、21世紀の尋常でない暑さには無力である。

 だもんだから、年少組は家のなかではほとんど裸に近かったりするし、警戒心というものを前世に置き忘れたっぽい一子ちゃんもノーブラTシャツにミニスカなんて格好はざらだ。

 一子ちゃんのナマ脚についつい見入ってしまいボッキしかけたところに、タンクトップにパンツのみという姿の美耶子がしがみついてきたりするとついつい硬度が増してしまい、「ゆういち、またおっきくしてる〜」などと言われてしまうのである。ちゅーか、ファーストコンタクトでいきなり股間を触るなよ、美耶子。

 夜は夜で暑いもんで障子やふすまを開け放って、窓からなんとか風を取りこまねばならないのだが、そうなるとただでさえ開放的な部屋がフルオープンになってしまい、部屋でオナニーなんてことはできなくなる。

 それに夏休みだと翌朝の心配がないもんだから、美耶子や珠子や苑子がやたらとおれの部屋に入り浸るしな。

 こんな環境ではたとえ彼女ができても、とても連れてはこられない。といって、ここを出て部屋を借りるような余裕はないし、なにより宇多方家の財宝の捜索ができなくなってしまう。

 むうう、なんというむずかしい立場なんだ、おれ。おかげで常に欲求不満ぎみだ。ちょっとがんばればすぐに鼻血が出そうなくらい。

 まあ、そんな生活のなかでも、来年受験生になる気恵くんとだけはあんまり接触がない。

 だいたいにして、あまり家にいない。夏期講習に部活の練習――バスケ部らしい――と、ほとんど毎日出掛けている。用事がない日も、図書館に勉強しに行っているようだ。まあ、図書館なら確かに騒音の発生源(美耶子)もいないし、冷房も効いているからな。

 気恵くんが家に居着かない理由のひとつに、おれとあんまり顔を合わせたくというものもあるらしい。まあ、難しい年頃だし、無理はないのかもしれないが……

 おれとしても、ホットパンツから伸びたすらっとした脚や、固く締まったウェスト、大きくはないがポコッとふくらんだおわん型のバストを目の前にちらつかされると煩悩のタネが増えてしまうから、気恵くんに冷たくされるのはそれはそれで都合がいいのだが、こうも嫌われるとちょっぴり気分が落ちつかない。

 それに、宇多方家の財宝を探すにしても、おれに不信感を持っている人間が内部にいたのではなにかとやりにくいしな。

 なんとか気恵くんをドレイにする関係を改善する方法を考えないとな……。いっそやっちまうか。

 その日もカンカン照りで暑かった。

 昼下がりの茶の間では、下着姿の美耶子が熱にうだって死亡しており、珠子が枕頭に座って声を出さずにお経をあげていた。

 苑子は葬儀には参加しておらず、ワンピース姿で縁側に腹這いになって本を読んでいた。いつ見ても苑子の太股はむっちりしているなあ。

 おれは苑子のワンピのすそをつかみ、ついっとめくりあげた。そのほうが涼しくていいだろうと思ったからだ。

 白パンがあらわになる。大きめのおしりにぴとっと貼りついているのは汗のせいか。

 これじゃあ蒸れちまうなと思ったので、パンツの布地を紐状にして、くいっとおしりの山の間にはさんでやる。わはは、ふんどしみたいだ。

「やん、お兄ちゃん、食いこんじゃう」

 苑子が抗議するが、暑いので無視。

 んもお、とか言いながら、苑子がパンツを直している。以前よりセクハラに対する耐性が強くなっているなあ、よいことだ。

 死んでいる美耶子の側に行く。美耶子のやつ、白目をむいているぞ。いちおう寝ているみたいだが。

 パンツと半袖シャツしか身につけていない上に大の字になっているので、お股のところがまる見えだ。まったくもってはしたない。シャツもめくれあがっててへそも出てるし。

 まったく嘆かわしいと思いつつ、おれは美耶子の股間を足の指でつっついた。

「んにゃ」

 美耶子が声をもらす。起きてるのか?

 よくわからないので、もっぺんつつく。てゆうか、軽く踏んでみる。おうおう、やらこいやらこい。おもしろいので、割れ目のあたりをぐにぐにと踏みつぶしてみる。

「うにゃうう」

 美耶子がうめきながら膝をもぞつかせる。

 なにを思ったのか珠子がつつつと動いて、美耶子のシャツをめくりあげ、乳首が見えるようにする。そして、おれを見あげて、「ささ、アニキ、人がこないうちに」と言った。意味はわからんが、珠子がしゃべるのはごく珍しいことだ。

 せっかくの珠子の心づくしだが、こんなところで美耶子を犯すわけにもいかないので、なんとなく無視して、おれは畳の上に腰をおろす。

「てゆーか、暑いなあ」

 ぱたぱた手であおいでみるが、風はほとんど感じられない。風鈴の音も絶えて久しい。

 宇多方家には風鈴くらいしか冷房装置がない。風鈴が冷房装置なのかどうかは異論のあるところだが、少なくとも鳴れば涼感を得ることはできるので、冷房ではないと言い切れないのも確かだ。

「遊一さん、今日はお出掛けしないんですか?」

 奥から一子ちゃんが出てくる。一瞬、エプロンしか身につけていないように見える。おお裸エプロンかと思いきや、エプロンの丈よりも短いスカートに袖なしシャツを着ていたのだった。ちぇっ。でも、ノースリーブだと角度によっては横チチが期待できるかもしれない。

「バイト先が早めの盆休みでさ、一週間も失業なんだ」

 おれは一子ちゃんの胸元をちらちらと見ながら質問に答えた。むー、残念。今日はブラをしているぞ。

「まあ、そうでしたの」

 一子ちゃんがおれの側で正座をする。服装とかにはルーズで無防備なくせに、言葉づかいと立ち居振る舞いは妙にしっかりしている。へんな子だ。

「あの……実は……遊一さんにお願いがあるんですけど……」

 上目づかいに訊いてくる。ちょっとたれかげんの大きなおめめだ。

「なに?」

「お休みのところ、ほんとうに申し訳ないんですが……」

「だから、なに?」

「もしも、よかったら、で、いいんですけれども……」

 一子ちゃんはおれが聞き返しているのにも構わず、ゆっくりと言を続ける。しょうがないので、一子ちゃんが用件を言いおわるのを待つことにする。

「気恵の勉強をみてやっていただけないでしょうか……?」

「へ?」

 これは意外な依頼だ。

「実は……来週の日曜に模擬テストがあるようなんですけれども、どうも勉強がはかどっていないらしくて……。わたしが教えられればよいのですけれども、なにぶん頭がよくなくって……」

 おっとりと言いながら、最後に舌を出す。ふつうなら、「てへっ!」となるところだが、ゆっくりなので、「てへえ〜」という感じだ。

 たしかに一子ちゃんは妹たちの面倒をみるために中学を出てすぐに主婦になってしまったから、高校には行っていない。でも、通信教育で勉強は続けているようだし、それに、気恵くんは中二なのだから、教えられないことはないだろう。

 うーん。これはもしかしたらアレか? 一子ちゃんなりに、おれと気恵くんが没交渉なのを気にして、打ち解けるきっかけを作ろうとしているのだろうか。なんか一子ちゃんにそういう高度な腹芸っぽいことができるようには思えないんだが。

 それにしても、どうしたもんかな。たしかに気恵くんとマンツーマンで接すれば、今より親しくなれる可能性はある。だが、毛嫌いされている現状がさらに悪化する恐れもあるのだ。それに、中学生の勉強をみるってのもなんか不安だし。おれの頭だと。

 とはいえ、居候の身で、断るというのもなんかアレだし。

「だめ……でしょうか……?」

 黙って考えているおれを心配そうに一子ちゃんが見あげている。

「いや、だめってことはないけど」

 おれが言いかけた時だ。

「必要ないよ、姉貴」

 背後から強い声が響いた。

 振りかえるまでもないけど、振りかえらないとびびったみたいなんで(ほんとはびびったけど)、おれは首をめぐらせた。

 そこには、すらりとしてよく陽に灼けた中学生が立っている。今、帰ってきたところらしい。スポーツバッグを持っているのは、今日は部活だったのだろう。

「おかえりなさい、気恵」

 一子ちゃんは優しく微笑んでいる。てゆうか、緊迫感なし。

「いま、遊一さんにお願いしていたところなのよ、あなたの……」

「聞えてたよ。だから、そんなの必要ないって」

 気恵くんは一子ちゃんの言葉をさえぎった。

 おれの方を一瞥する。

「そんなペド野郎に何を教われっての」

 おいおい、言うに事欠いてペド野郎はないだろう。そりゃあ、苑子や美耶子、珠子ら年少組に多少のセクハラはしているが、せいぜいスカートをめくったり、パンツの上から触ったり、おっぱいをもんだりするくらいだ。←だめだろう

 おれが憤然として抗議しようとした時、思わぬ強い口調で一子ちゃんがたしなめた。

「遊一さんに失礼なことを言ってはだめですよ、気恵」

 おっ。味方?

「遊一さんは確かにペド野郎かもしれませんが、年長者に教えを乞うことは大事なことです」

 がぐぅっ。おれはずっこけた。

「ところで、ペド野郎ってどういう意味ですか?」

 おれに訊かないでくれ、一子ちゃん。

「とにかくっ。わたしはそんなやつに教えられたくないのっ! だいたい、他人が家に入り込んできただけでもいらつくってのに!」

 気恵くんはそう言うなりずんずん歩いて行ってしまった。

 あーあ。怖れていたシナリオだなあ。微妙な冷戦状態だったのが、これで完全に戦争になってしまった。

 おれが暗澹たる気分になったが、一子ちゃんはころころ笑いだした。

「あの子ったら、ほんと、あまのじゃくなんだから」

 おいおい、そういう問題か?

「ね。遊一さん、お願いしますね」

 一子ちゃんはおれの手を取った。んむう、断りにくいシチュエーションだなあ……