うたかたの天使たち 第3話 珠子編


◇(b)珠子を抱かない を選択しました。

3b

「だめだ。やっぱり、できない」

 おれは、けっきょく珠姫の出した条件を拒んだ。

 こんな形で、珠子の処女を奪うわけにはいかない、そう思ったからだ。

 正直いって、珠子の幼い身体にそんな行為をして、もしもケガをさせてしまったらどうしよう、という怖れも感じていた。

 裂傷などを作ったりしたら、当然、一子ちゃんたちにバレてしまう。そうすれば、この家に下宿しつづけることもできなくなる。

 当然、財宝さがしも不可能になってしまうだろう。

 欲望もあったが、現実的な打算が勝った、というのが実際のところだ。

「なんじゃ、つまらぬのう……」

 珠姫はおれに急速に興味を失ったようだ。ぶつぶつ言いながら、蔵を出て行こうとする。

 おれは慌てた。珠姫の持っている情報はなんとかして手に入れたい。それに、珠姫の意識を宿したまま、ここを出て行かせるわけにはいかない。外にふらふら出られでもしたらたいへんなことだ。

「待てっ」

 おれは珠子の腕をつかんだ。

 珠子が振り向く。表情は依然として珠姫のそれだ。

「なんじゃ、いまさらその気になったと言っても遅いぞえ」

「ちがう。財宝のありかを教えてほしいんだ」

 珠姫は目を細める。美しい顔だちだけに、邪悪ささえ感じる表情になる。

「なにを愚かな。どこの馬の骨ともしれぬ食客ふぜいに、どうして宇多方家の秘密を教えらりょう? この珠子の身体を抱き、婿にでもなれば別だったのだがのう……それをそなたは拒んだのじゃぞ」

 少女の顔のまま、珠姫がせせら笑う。おれの頭に血がのぼった。おれは珠子のために、がまんをして、耐えて、男らしく振る舞って――なのに。

「ちがうのう」

 珠姫は言った。おれの心の動きを読んだかのように――心霊にはそのような能力も、実はあるのかもしれない――

「そなたは小狡かっただけじゃ。珠子のすべてを受け止めることができなかったのを、相手を思いやっているふりをしてごまかしたのじゃ」

「なっ……」

「そなたは、この娘のほんとうの心を知らぬ。知ろうとさえしなかった。どのような想いで日々暮していたのか――なにゆえにまわりに対して言葉を発せずにいたのか――とくに、そなたに対して――それが、なにゆえにかを、考えようともしなかった」

 珠姫はたたみかけてくる。まるで、珠子の心から言葉を汲み出してきているかのように。もしかしたら、この心霊は、珠子の深層心理と結びついているのかもしれない――いや、むしろ、珠子の無意識が珠姫という人格を作りだして、かわりに言葉をつむいでいるのかも――それでは、いまの珠姫の言葉は、秘められた珠子の本心なのだろうか。

 だとしたら――珠子はなにを求めて珠姫という人格を作り出したのだろう……?

 おれはそんなこと、考えもしなかった。珠子を傷つけないためだ、と言いつつ、実は自分の都合しか考えていなかった。

 そして、あげくのはてに、「財宝のことだけは教えろ」と迫ったのだ。

 おれの手から力が抜けた。

 珠子がするっとすり抜ける。

 ふっと、表情が変化した。

「お兄ちゃんと、したかった……」

 そう言って、かすかに微笑んだ――ように見えた。錯覚かもしれない。そう聞こえただけかもしれない。珠子は笑顔など、浮かべなかったのかもしれない。

 そのままきびすを返して、階下へと去っていった。パンツも穿かないままに。

 かわいいおしりの残像が網膜に焼きつく。

 冷たい板敷きの上に座りながら、おれは一体なにを失ったのだろう、とぼんやりと考えていた。

 それから――。

 なにもかわらない日常が続いていた。

 珠子はあいかわらずだ。ぼうっとして、いろいろな電波を受信しているらしい。おれのほうには視線もむけない。もちろん話したりすることもない。

 心配なのは、たまに、なにかに憑かれたような様子で、ふらふらと外に出かけていることだ。そんな時には、短いスカートの下に、何も着けていないこともあるようだ。

 珠姫め、外でへんな遊びをしているんじゃないだろうなあ……。

おしまい


もくじへ