うたかたの天使たち 第3話 珠子編


◇(b)ま、待て……さ、最後の理性で考えろっ! を選択しました。

4b

 入れたい、という気持ちが灼熱する。

 ここまで自分をたわめてしまったら、もう弾けるしかない。雄(オス)の生理はそうなっている。

 だが。

 だが、だがっ。

 男は雄じゃない。

 雄々しいだけじゃ、だめなんだ。

 すくなくとも、おれはいやだ。

 女をヤること、イかせること、支配すること――そんなことが男の力だなんて思いたくない。

 偽善――偽りかもしれない。でも、それは人の為の善だとも読める。

 だれかのために「善」でありたいじゃないか。

 ましてや、かわいい女の子――好きになれるかもしれない女の子にとっての――善い人に、なりたい――財宝は惜しいけど――

 おれは自分の腕のなかの珠子を離そうとした。でも、そうすると、珠姫は珠子を解放しないかもしれない。べつの男を求めて、ただ快楽のためだけに、珠子を犠牲にするかもしれない。

 また、このジレンマか。どうしたらいいんだ、おれは。

 ――そのときだ。目の前を暗い星が走った。背筋を何かが走りぬけて後頭部に広がっていく。痺れというか――もっと――金縛り?

<その心根や、善し>

 だれかの声が胸に響いた。

 男の声のようだ。

 ふっ、と映像が浮かびあがる。侍――か? 美々しく着飾っているわけではない。着ているものはくたびれている。両刀を差してはいるが、むしろ鋤や鍬を持ったほうが似合いそうな埃っぽさだ。だが、青々と剃り上げた月代には武士の自負と誇りが見て取れる。顔だちは――なんだ、あれは、おれ、じゃないか。

 その侍が、おれのなかに入ってくる――いや、モーホーな感じではなくて――おれの意識そのものに溶けこんでくる感じだ。

 おれは、珠姫の身体を強く抱きしめていた。

「あ……?」

 珠姫が虚空を見ていた。それが、だれか、わかった、のか。

「ゆ……遊之進さま?」

 珠姫の声におれの口がこたえる。

「珠姫――こうして言葉をかわすのは初めてだが――」

「――病床の、枕元に来てくださいました」

「そうだ――」

 おれは口を動かしながら、ある記憶が浮かび上がってくるのを傍観者のように見つめていた。それは、この侍の記憶なのだろうか。

 宇多方の屋敷――この屋敷だ――この蔵が見える――たたずまいはかわらないが、背景がちがう。近く高層マンションが見えない。都心のビル群もない。電信柱も電線もない。

 おれは――いや、おれじゃない――は、野菜を積んだ大八車を引いて、この蔵まで来ていた。自分で作った野菜だ――土にまみれて、作った作物だ――それ以外に薬効のある野草や、蜂蜜なども積んでいる。

 なぜだ。おれは泣いている。泣きながら、大八車を引いてきたのか? いったい、どこから。足が痛む。ぼろぼろのわらじはすりきれて、足の指は血だらけだ。

 人々が困惑した眼で見ている。

 その中から、一人の痩身の老人が歩み出る。その顔は――写真でみた宇多方のじいさんそっくりだ。

 おれは――その侍は、老人にいざなわれて、蔵に入った。

 この蔵だ――だが、様子はずいぶんちがう。がらくたはなく、すっきりしている。道具類は新しい。畳もある。二階へのぼる。ここだ。この場所だ。

 床がのべられていた。そのまわりに人々がぐるりと取り囲んで座り、嗚咽している。

 枕頭には医師らしい裃姿の男が座っていて、しかつめらしく首を横に振っている。いつの世だって医者の最大の仕事は、患者の死期を告げることだ。

「あのとき、来ていただいたのに――」

 珠姫がおれを見あげている。今にも泣き出しそうな表情だ。

「――あとひと月でお嫁に参れたのに……」

「はやり病じゃ。しかたない。しかも、貧乏郷士のわしに、宇多方の娘は本来引き合わぬ」

 そうだ。おれは――この侍は、自分で田畑を耕さなければ生きていけない暮らしをしていたのだ――そういえば、うちは昔武家だったのが、貧乏のあまり武家の株を売って百姓になったのだとか親父が言ってたような――

 珠姫が首を横に振る。

「家柄ではありませぬ。珠は、優しい遊之進さまのお嫁になりとうございました」

「迷わせたのはわしか――悪かった」

 おれは珠姫を抱きしめた。

「遊之進さま……」

 珠姫がおれを見つめている。瞳がとろんとしている。うるんでいる。

「せめて……ひとたびの……逢瀬を……」

 たま、ひめ。

 おれは呻いていた。珠姫の小さな細い身体を抱いていた。その、陰部に――

 擦りつけていた。自分の男根を。亀頭を。

 柔らかな谷間に埋めるように、粘膜を押しあて、上下に動かす。

「うあっ、あああっ」

 珠姫が声をもらした。

 おれの亀頭が珠姫の谷間の敏感な箇所を刺激している。

「――遊之進さま……の……が……ほしい……」

 泣いている。感じながら珠姫が泣いている。

「そのためにこの世に留まっていたのじゃ。この珠姫に、情けをかけてたもれ……」

「珠姫」

 おれは、珠姫の――珠子の――匂いを吸いこんだ。好きだ。かわいくてたまらない。すべてが、ほしい。

 引き裂いて、声を上げさせたい。

 その欲望が衝きあげた。

 ――だが。

 がまんできる。

 好きだから――大事だから――守ることができる、ものがある。

「珠……わしもおまえも、すでにこの世のものではない――この身体は、われらの子孫のものじゃ。それを――傷つけてはならぬ」

「遊之進さま……?」

「この娘も、いつか、自分の意志で、惚れた男のためにすべてを捧げるじゃろう。そして、このおのこも――おのが伴侶を選ぶであろう――それを……われらの遺恨でさまたげてはならぬ」

「でも、でも……」

 珠姫はむせび泣く。それを諭すように、おれは――ちがうな、おれならば欲望のままに振る舞っていたろう――おれのなかにいる侍は言った。

「この世で添えずとも、あの世ではいつまでも一緒にいられよう。このおのこがこの屋敷に来たのも天の導きかもしれぬ。それゆえに、そなたにふたたび逢えた」

「遊之進さま……」

 珠姫はとびきりの笑顔を浮かべた。

「わが主殿、ならばせめてわらわと一緒に……」

「おう……」

 おれは珠子の粘膜に自分のペニスをさらに激しく接触させる。

 挿入はしない。それをしなくても、快楽は共有できる。そして、大事なのは、ともに感じることだ。奪うことではない。貫くことではない。支配することでは――さらにない。そのことを――この侍は知っている――。

 粘膜同士が触れ合うことで、快の情報をたがいの脳に流し込んでいる。

 たがいにたがいを好きあっている。その確信が、こんなにも気持ちよさを生みだすのだ。相手を愛しいと思う気持ちが、泣きたいほどの安堵感を生みだすのだ。

 その心地よさは――生者も死者も隔てはない。

「ゆ、遊之進さまぁっ!」

「た、珠姫っ!」

 おれは珠子の谷間にこすりつけることで達していた。

 そして、珠子も、その幼い身体を女の快楽の頂にまで到達させて、いた。

 初めての――めくるめく感覚。

 おれは、放っていた。おびただしく――

 そして、そのほとばしりで少女の肉色の花びらを濡らし、さらにこすりあげた。

「はあ……う……んんふぅ」

 珠子は指をつかって、おれの放った粘液をおのが胎内にすりこむようにした。まるで、処女のままの受胎を望むかのように。無毛の少女の亀裂に、おれの精液が浸透していく。

 それでも足りぬのか、珠子はおれの股間に顔をうずめ、尿道に残った精液を吸いあげていく。小さな舌が細かく動き、おれの鈴口との間に白い糸を引く。

 それを見ながら、おれの内部に存在していた侍の剛直な感覚が急速に失せていく。おれには霊感などない。だからだろう。射精とともに興奮が収まると、霊魂の居場所もなくなったにちがいない。

 珠子が――珠姫が――目をすがめた。遠く、虚空を見つめていた。

「――遊之進さま……珠はうれしゅう――ございました……」

***
**
*

 板敷きの床の上に、珠子は――珠姫か――は正座していた。Tシャツを着ている。

「まずは礼を言わせてもらう。遊之進さまを呼び寄せてくれたこと、感謝の極みじゃ」

「はあ……」

 おれは生返事をした。自分でもイタコの才能があるなんて知らなかった。

「で、珠子は解放してくれるんだろうなあ」

 おれの詰問に、珠姫は婉然と笑う。

「そなたがいれば、遊之進さまと、またあえようなあ」

「おいっ」

「――冗談じゃ」

 珠姫は真顔になる。

「良人たる遊之進さまの言いつけは守る。もう、この娘の身体を弄びはせぬ」

「ほんとうか」

「武士の娘に二言はない」

 きっぱりと言い切る。

「それと――約束は守ろう」

「やくそく?」

 おれが聞き返したときだ。

 背後で、ごう、と風が鳴った。

 振りかえった。

 古い書物や巻き物のたぐいが押しこまれた書棚が動いていた。その書棚があったあたりの壁が、ぽっかりと口をあけている。

 そこに風が吹きこんでいるのだ。

「ぬ、抜け穴?」

 おれは口をあんぐりと開いた。まさか、こんなベタな展開が……。

 壁の穴ににじり寄った。まっくらな穴だ。急な梯子がかけられていて、下のほうにつづいている。どうやら壁の中をくりぬいて作った通路らしい。一階もつらぬいて、地下に続いているようだ。

「宇多方の宝を得るためには――この屋敷の地下の迷宮を極めねばならぬ。そなたにその勇気と才覚があるかのう?」

 おもしろそうに珠姫は言った。

「いずれにせよ、そなたの心しだいじゃ――宇多方の宝を目の前にして、どう振る舞えるのか……」

 ゆっくりと、珠姫の表情が薄れていく。

 かわって、珠子の素の表情がもどってくる。

 おれはあわてて書棚に手をかけた。壁の穴を隠す。この奥に宇多方の財宝があるとすれば――おれ一人で調査しなければなるまい。

 珠子の瞳に光がもどった。

 しばらく、ぼーっとしている。

「た、珠子?」

 おれは、彼女の目の前で手をひらひらさせた。

「ん」

 小さな声がした。珠子がおれを見ていた。

 自分がTシャツ一枚の姿であることを認識したようだが、べつに動揺している様子はない。ただ、すそをちょっと引っ張って、ワレメは隠した。

「あの……その……なっ」

 おれは説明に困った。珠子に今までの記憶がないとしたら、これはやばいシチュエーションだ。まるで、おれが珠子を蔵に連れこんで、パンツを脱がしてイタズラしまくったかのようだ。なにしろ、珠子のアソコにはまだおれのザーメンがびっちょりついているはずだし……。

 だが、珠子は怒ってはいなかった。おびえてもいない。

 ただ静かな表情でこう言っただけだ。

「ありがと……遊一おにいちゃん」

 ――と。

エピローグ

 それから――べつになにも変化はなかった。

 珠子はあいかわらず不思議少女のままだ。はかばかしくしゃべったりはしないし、しばしば幽界からの電波も受信しているようである。

 でも、ひとつだけ今までとちがうのは――

 たまにだが、おれのことをじっと見ている。飽きずに、楽しそうに。

 そして、おれと目があうと微笑むのだ。

 唇が動く。声をださずに。

 ――すき。

 そう形づくっている――ような気がする。

 気のせいかも、しれないけれど。

おしまい