うたかたの天使たち 第四話(4a)
すごくいい夢をみていた。
おれには愛する女の子がいて――その顔と名前がどうしても思い出せないのだが――一緒に暮していて、すごく幸せだった。
彼女はいつも明るく笑っていて、楽しげで、軽やかだった。彼女といるだけで、毎日が充実していた。
抱きしめると、いい匂いがして、腕の中でふわっとなった。愛しくて愛しくて仕方がなかった。
キスをした。愛らしい唇に。すてきな乳房に。何回も何百回も何万回も。
おれは、この子のために生まれてきたんだと思った。それは確信というより、天啓だった。そのように、おれは造られているのだ、と思った。
だが――
あるとき、彼女が二人に分離した。おれは混乱した。おれは、どっちの彼女を愛しているんだろう。ひとりを愛せば、もうひとりがすねる。そちらに心を向ければ、なおざりにした方が悲しむ。
困った。
が、ぜいたくな悩みだ。ふたりくらいならなんとかなるだろう――と、思っていたら、三人になった。四人になった。もっともっと増えた。
彼女たちへの愛はかわらない。でも、彼女たちが一斉に、ばらばらの内容を喋りだすと、わけがわからなくなった。
声はどんどん大きくなり、言葉は錯綜した。
「遊一さん、好きです」 「メジャーに挑戦!?」
「ゆーいち、愛してるよん」 「せんだみつおが」
「……呪いません」 「二人三脚」
「お兄ちゃん、だーいすき」 「ゴルゴと」
「昨日ね」 「屁をこいた」 「ねえ」 「あっちむいて」
「魚屋のおっさんが」 「ムーミン」
意味わからん。
それでも、彼女たちは増殖を続けながら、さらにさらに、おれにのしかかってくる。ものすごい重さだ。おれは彼女たちを支えようとしたが、腕はちぎれそうなほどに痛み、膝が地面にめりこんだ。
「もう、だめだ! 身体がもたない!」
おれは彼女たちから逃れようと、悲鳴をあげて――その声で目がさめた。
明るい。
朝の光が窓の障子ごしに射しこんでいるのがわかった。庭木を訪れた小鳥たちのさえずる声が聞こえてくる。
両手がひどくだるい。痺れている。
なぜだろうと、何の気なしに横を向いて、血が冷えた。
苑子が、おれの腕をまくらにして、すやすや眠っていた。パジャマの胸元がはだけていて、白い胸が見えている。
悪い予感というか、必然的に、もう一方の腕の重さに思い当たる。
首をぎぎぎと反対側に向けてみる。
予想にたがわず、一子ちゃんの寝顔が間近にあった。長い髪が顔にかかっている。まつげが長い。
とかいってる場合じゃないぞ。
一子ちゃんのキャミソールの肩ひもがはずれていて、きれいな形の胸がこぼれ出ている。気のせいか――気のせいだよね?――白い肌に赤い跡があるよーな気がする。
まさかね。
おっぱいを触ったり吸ったりしたりしてないよね?>おれ
ふとんに隠れててわかんないけど、パンティ脱がしたりしてないよね?>おれ
大丈夫だよね? ちなみに、ものすごく朝立ちしているのだけは確かです>おれの股間
泣きそうだ、おれ。(T_T)
腕を動かせば、二人は起きてしまうだろう。脱出は不可能――
一子ちゃんのやすらかな寝顔と苑子の無邪気な寝顔に挟まれながら、おれは地獄へのカウントダウンを頭のなかでとなえはじめた。