リアンがその町に入ったのは、夕刻というにはやや早い時分だった。
「疲れた、なぁ。はやく宿を見つけて休もう」
しかし小さな町で、旅人の宿なぞ捜しても見つからないのだった。
「あのー、このへんに旅行者を泊めてくれるうち、ありませんか」
通行人に訊ねてみた。
「あんた、剣士さまかね」
彼はリアンの腰の剣を見ていった。
「ええ、まぁ」
「それならばザッヘルさまのお屋敷にゆきなされ。ザッヘルさまはここの領主さまだが、武勇談がお好きでな。とりわけ、あんたのような美しい若武者をお好みじゃ。きっと歓待してくださるじゃろう」
と、リアンを少年と思ったらしい彼は勧めてくれた。
リアンは長い髪を束ねて帽子のなかにしまい、顔に泥をなすりつけて男になりすましていたのだ。自分で言うのも何だが、若くてとってもきれいな女の子の一人旅には、これくらいの変装は不可欠だった。
「どーも」
リアンはぺこりと頭を下げた。変な顔を相手はした。あまりにも女の子っぽい声と仕草だったからだろう。
慌てて作り声でごまかす。
「ご親切にどうも」
ザッヘルの屋敷の位置をきき、リアンは礼をいった。とりあえずはそのザッヘルとやらを訪ねてみるつもりだった。
ザッヘルの屋敷というのは、町のやや外れにあった。分限者の家らしく、でっかい。でっかいが、趣味はよくない。さすがは田舎の領主だ。
門を叩き、案内を乞うた。門番はリアンのなりを見、馴れているように応対した。
「町の者に聞きなすったのか。一応旦那さまに口をきいてやるが、最近はインチキ剣士が多くてな。旦那さまも誰でも世話をなさるわけではないぞ」
「腕を見せろ、というなら何でも受けますよ」
リアンは自信に満ちていた。
門番はリアンを庭に待たせて、屋敷のなかに姿を消した。
しばらくリアンは、庭を見物していた。巨石があちこちに置かれている。よく見ると、それらには彫刻がなされ、竜やら魔物のかたちを模しているらしかった。勇士らしき彫刻もある。このあたりに伝わる英雄物語か何かを再現したものではないのか。なるほど、このうちの主人が武勇談マニアというのは本当らしい。
そうこうするうち門番が戻ってきた。若い男も一緒だ。
(やだ、いい男じゃない。あれがザッヘルさん?)
ラッキー、とリアンは思った。
「門番に聞きました。わたしはザッヘルさまの秘書のラルフスです」
若い男が涼やかな声でそういった。長身で、実にかっこいい。
(好みだわ)
リアンは思ったが、男装している今はぶりっこはできない。
「リアン、いえ、レオンと申します」
精一杯声を張っていった。
「腕自慢のご様子ですな。失礼ですが主人の命なので確かめさせていただきます」
ラルフスは、いうなりリアンに飛びかかった。わけのわからん主命である。
リアンはとっさのことでどうすればよいか、わからない。
ラルフスが後ろに回り込んだ。リアンをはがいじめにしようとする。
その手が、リアンの胸を掴んだ。硬い胸当てを通してでも感触はあったらしく、一瞬ラルフスの動きが止まった。
リアンはその隙にラルフスの手首を取り、体を沈めて腰を跳ね上げた。ラルフスの身体がすっ飛んだ。庭に叩きつけられる。
「ま、まいった」
腰を打ったらしく、ラルフスは呻いた。
「合格ですよ、ただ、もうちょっと手加減していただきたかったですね」
腰をさすりながら笑った。リアンは困った。だって、あんなとこ触るんだもん、とか思っている。
ラルフスは、リアンを案内して屋敷に入っていく。
「主人はいま仕事中ですので、お引き合わせは夕食のさいに、ということで。それまでごゆっくりなさってくださるよう、お願いいたします」
ラルフスはリアンを二階の一室に導いて、いった。
「ありがとう。素敵なお部屋ですね」
リアンは部屋の調度に満足した。大きなベッドが、疲れ切っているリアンを誘っているようだ。寝たいよぉ、でもお腹も空いている。
「お風呂もあります。お食事までにどうぞ」
ラルフスが横手の扉を手で示した。そちらが浴室らしい。
「どーも」
ぺこりと頭を下げたリアンにラルフスが笑みを含んだ声で言う。
「さっきは、どうも」
「え」
「まだ、感触が残っていますよ。主人には男性だと言ってありますので、ご安心を」
「はぁ……」
リアンは照れた。こんな変装は、やはり通用しないよなぁ、などと思っていた。
ラルフスが出ていくと、リアンはほっと息を抜いた。旅装を解いていく。久しぶりに髪を外に出した。ふわっと髪を振って、髪の間に溜まった埃を払った。髪の毛洗いたいな、でも、食事の時にはまた帽子で隠さなきゃなんないし。などと考えていた。
「ま、我慢しよ」
リアンはたったかた、と服を脱いでゆく。別にえいっと力まないでも彼女は下着を脱いでしまう。当たり前か。とにかくリアンはすっぱだかになって浴室に入った。
「わ、なんだ、こりゃ」
リアンはてっきり内風呂だと思っていたのである。普通、そうでしょ、こういうのってやっぱ。でも、違うのだ。広い。百人くらいいっぺんに入れそうな大浴場だったのだ。窓はないが、天井に明かり取りがあって、明るい。
「変な構造ねー。もしかして、各部屋とここで通じてんじゃない?」
そういえば大浴場の壁にはあちこちに、リアンが入ってきたのと同じような扉がついている。あの向こうにはリアンの部屋と同じ造りの部屋があるんじゃないだろか。
「うーむ」
リアンは悩んだ。はいろーか、はいるまいか。ここで、誰かに入ってこられたら困るし、
かといってせっかく服も脱いで、るんるん・おっふろにはぁいろっ、としていたのにもったいないな、という気もする。
「よし、入ろうっと」
リアンは決めて、湯槽に足を突っ込んだ。ちょっぴり熱めでちょうどいい。
「きゅん!」
リアンは肩まで湯に浸かった。
「あー疲れがとれる」
極楽、極楽、とはいわなかったが、リアンはいー気持ちで、湯のなかで手足をすいっと伸ばした。湯は澄み切っていて、リアンの均整のとれた肢体が実に美しい。
「われながら、きれーだぜ」
と、思わずナルシズムに酔ってしまう。ソロンのアホに見せてやりたい、と思った。
ところで、この湯槽には中央に湯を吐き出す像がある。獅子をかたどっているらしい。その大きく開けた口から豊かに湯が吹き出している。
リアンは湯のなかを泳いで、その獅子に近付いた。
「やだ、なにこれ」
前肢を上げて雄々しく吠えている獅子像は、よく見ると、その男根を大きく脹らませているのだった。それが、実に鄙猥にリアルなのだ。それに、でかい。
(獅子って、ほんとにこんなおっきいのかな)
獅子の雌がうらやましい、などとは若いリアンは思わない。いやっだー、と思うのでした。
リアンは、たわむれにその獅子の♂を握ってみた。金属製のため、湯の熱を持ってひどく熱い。きゃはは、とリアンはひとりで笑った。これで真剣な表情をしていれば、単なる欲求不満の莫迦ではないか。
が、そのリアンとても気付かぬことが、この獅子像にはあった。
像の立っている土台の岩である。これはかなり大きくて、ひと一人くらい入れそうな代物だ。その、湯のなかに隠れた部分に、ごくごく小さな穴がいくつも開いていて、その奥にガラスのようなものが填め込まれているのだった。それはどうやらレンズらしい。
レンズの向こうには眼があるものと相場が決まっている。
いやらしい眼である。リアンのへその下のあたりをさっきから舐めるように見ている。 その眼の持ち主は、小柄でやや肥満した老人だった。太った身体を縮めながら、岩を刳り貫いて造った狭い空洞でじっとしている。うまくできている。彼が動かなくても、空洞のなかの小部屋が内部の人間の体重移動に応じて回転するようになっている。そして、たくさん穿っている覗き穴を使って周囲をぐるりと展望できるようになっているのだ。
「ふひひ、若いのう、ぴちぴちしとるのう」
よだれを垂らさんばかりにおっさんはリアンの身体を見ている。
「今夜が楽しみじゃのう。うっひ、うっひ」
低い声でほくそ笑んだ。リアンの脚のあいだに、おっさんの大好きなものがちらちら見えたりなんかすると、おっさんは、おおぅっと低く叫びながら覗き穴に顔をこすりつけて何度も何度も言う。
「おけけが薄いので、まる見えじゃ、ええのう、ええのう」
困ったものである。
「はー、さっぱりしたっと」
リアンは身体を拭きながら、部屋に戻った。
男物の普段着に身を包み、髪を束ねて帽子のなかにしまいこんだところに、かわいいメイドの女の子が来て、食事の支度ができたことを告げた。リアンは声を作ってしかつめらしく答えた。
「あー、わかりました」
メイドの女の子は、くすくす笑いながらリアンを食堂に案内した。リアンは何とはなしに気分が悪い。犯したろか、とリアンは腹の底で毒づいたが、体機能的にそれは不可能だった。
食堂は豪勢だった。調度とかの話ではなくて、料理が。リアンにはそれしか眼に入らなかったのだから仕方ない。ぐーぐー鳴くお腹を抱えているのだ。
しかし、やっぱり礼儀としては、食堂にいる人に挨拶するべきだったろう。わーい、ご飯だ、ご飯だ、とはしゃぐより先にそれをするべきだったな、と後々リアンは反省したものだった。
うほん、と咳払いをしてリアンの注意を引いたのはラルフスだった。ようやくリアンも気が付いて、食堂にいる面々と顔を合わせた。
二人の男がリアンを見ていた。ひとりはラルフス。あとのひとりは初めて見る顔だ。
老人である。肥った赤ら顔の、脂性で足も臭そうなじーさんだった。
(うええ)
リアンは自分で言うのもなんだが正直者である。(うええ)がもろ表情にでてしまうのをどうしようもない。
「こちらが当家の主ザッヘルさまでございます。旦那さま、こちらが旅の剣士レオンどの」
ラルフスがふたりを引き合わせた。リアンは深々と礼をした。少なくともこうすれば、相手の顔を見ないで済む。
「わしが、ザッヘルじゃ。レオンどのとやら、今宵はゆっくりと休んでくだされ」
じーさんが言った。
「それにしても美形じゃのう。ラルフスがゆうていた通り、こりゃ娘さんと間違えても不思議はない。いやはや、男のかたでよかったのう」
「男でよかった、とおっしゃられるのは」
リアンは不審に思ってきいた。
「なになに、わしは娘の身で剣をつかうというのは好かんのでな。一人旅の娘もここを訪れないではないが、そういう者には女の道というものをじゅんじゅんに説いてやることにしているのだ」
「女の道、とおっしゃられますと?」
リアンは少々むっとしていた。
が、それ以上ザッヘルはとりあわなかった。
「それより、料理じゃ。うちの料理人が腕によりをかけて作ってくれたのだ。お口に合うかどうか、試してくだされい」
「はい」
と素直に頷いてしまうリアンは、やっぱりリアンらしくてよい。
健啖家としてつとに知られるリアンの食べっぷりは、見ていて実に気持ちがよいのだ。ラルフスもザッヘルも、リアンの顎の動きに見惚れていた。リアンはただ、もしゃもしゃもしゃ。お酒も飲みます、ぐいぐいぐい。げふう、とゲップも忘れません。んーん、とっても礼儀知らず。
「ああ……しやわせ」
リアンは嘆息した。食べて飲んでまた食べてまたまた飲んでそのうえに食った。乏しい旅費から日々の糧を細々と手に入れては食いつないでいた昨日までと比べると、この幸福感はどうだ。この充足感はどうだ。
しかも普段は飲まない、というか飲む財力も嗜好もないお酒を、今日はたらふく飲んでしまった。これは、飲めばうまいものなのな、とリアンは初めて知ってしまったのだ。
ただ、リアンはまだ知らない。酒を飲むと酔ってしまう、という恐るべき物理法則を。酔うと人間は変わってしまう、という経験則も。普段は潔癖で実直な人間が酔うとだらしなくなり、普段だらしない人間はもっとだらしなくなってしまうという、誰にでも経験あるだろうことをリアンはこのときまで知らなかったのである。
「うががら? なんか、へんだわさ」
立ち上がろうとしたリアンはよろめいてずっこけた。
「きゃははははははははははははははは、だは」
けったたましい笑い声がリアンのくちから漏れて、そのままだだ漏りになった。
「だらららららららら、だがら、ばはははは、ぶふ、ぐひひひひひひひ。のほっ、のほほほほ、じひりりり、ぐしっ、げへへへへへへへへへへへへ」
ザッヘルは苦笑とともにリアンの狂態を見ていた。ラルフスと顔を見合わせた。
「ラルフス、レオンどのをお部屋に連れて行ってあげなさい」
「はい、旦那さま」
ラルフスは立ち上がった。
「わしは自分の部屋で休んでおるからな」
「はい」
「町の者と催物の相談もせねばならぬ」
「ごゆっくり、どうぞ」
「それは、わしの科白だよ」
ザッヘルはいい、薄く笑ってみせた。
ラルフスはリアンを抱きかかえて、リアンの部屋に運びこんだ。
リアンをベッドの上にうつぶせに寝かせた。
「んー、気持ちいー」
リアンは白いシーツに顔を押し付けて大きく息をついた。尻が、上下している。蠱惑的な動き方だった。ラルフスはごくりと唾を飲み込んだ。
「レオンどの……いや、本当の名はなんとおっしゃられるのですか」
ラルフスは、ベッドの上のリアンにかぶさっていきながら話し掛けた。
「ん……リアン・ダナルだよ」
酔っ払っているリアンは上機嫌である。
「リアン、ぼくは君が好きだ」
ラルフスは、リアンの肩をそっと抱きながら囁いた。
「あたしも、みーんな大好きっ!」
きゃはぁ、とリアンは笑った。
「リアン、ここ、どう?」
ラルフスはリアンの腰に手を当てた。尻のやまを撫で下ろし、撫で上げる。時々、くいっと力をこめた。
「うん」
リアンは小さく震えた。あそこが気持ちいい。
「いい?」
ラルフスは中指をリアンのお尻の谷間に忍びこませつつ、意地悪くきく。
「う……うん」
リアンは指を噛んだ。酔っているうえに変な気分になってきていた。
ラルフスは指を動かした。布越しだからリアンはじれったい。リアンは我慢できなくなった。
「脱ぐ」
自分から言い出した。リアンは、酔っている。
立ち上がって、ズボンをするっと脱いだ。上着もだ。帽子なんかとっくに取り去っている。ラルフスは半ばあっけにとられながら、リアンが積極的に脱いでゆくのを眺めている。すぐにリアンは一糸纏わぬ裸になり、ベッドに腰を下ろした。
股を開いている。リアンはどうも酔うと露出狂のけが出るようだ。
「あはは、リアンちゃんでぇーす」
などといいつつ、白い綺麗な丘を惜しげもなしに、ラルフスの目の前に晒した。
ラルフスは慌てて服を脱いだ。パンツを投げ捨てた。
既にラルフスの♂はずっぎゅーんと天を突いていた。
「わは、わは、わは」
これはラルフス。
ラルフスはリアンを抱き締めて、唇を奪った。
「んぅ、むうん」
くちゅるるぅ。
互いに深く舌を差し入れあっている。激しいキスだ。
ラルフスはリアンの舌を吸いながら、掌をリアンの乳房に当てた。下からもみほぐすようにする。時々指先で乳首を摘んで転がした。その度にリアンはびくり、と身をふるわせた。
唇は合わせたまま、ラルフスはリアンを押し倒した。
ラルフスは指をリアンのあそこに伸ばした。
リアンは膝を弛め、ラルフスの指を迎え入れた。
もはや周辺部を撫でるようなまだるっこしい真似はしない。いきなり局部だ。中指と薬指を揃えて、ぐっとぬかるみの中心に沈めていく。
「は、は、はうああ」
唇を離してリアンが呻いた。腰が浮いている。上下に揺れている。無我の境地だったりする。
「はやく、はやくぅ」
リアンがせがんだ。
ラルフスはリアンの上にのしかかった。指を抜き、代わりにおのが男根を入り口に押し当てた。もはや十分に潤っている。
進み入った。
「うおほ」
ラルフスが気の抜けたような声を出した。
ぐいい、と締め付けられて、白目を剥いた。
「動いてぇ、動いてぇ」
リアンがラルフスの首を抱きながら腰を揺さ振った。
せっつかれてラルフスは腰をつかい始める。
「ああっ! うんっ? はあっ!」
リアンは硬く硬く目蓋を閉じて、快楽にのみ没頭していた。
ぐちゅ、ずちゅ、ぴちょる、くっちゅ。
ラルフスのものがリアンのあそこを貫き、淫猥な摩擦音をたてていた。
「すげぇなぁ……こんなの、俺初めてだぜ」
懸命に腰を動かしつつ、ラルフスはリアンの首筋を舐め、耳元で囁いた。
「いい、わぁ……あ、駄目、そこは、だめよ、あ……」
リアンは夢中になっている。
ラルフスは腰を叩きつけている。大きく動くたび、んっ、んっ、と声を漏らす。射精の瞬間が近いようだ。
リアンは鼻声をたてていた。
ひときわ大きくラルフスは動き、一瞬動きを止めた。
リアンは膣壁にラルフスのほとばしりを感じていた。
ああ、いー気持ち。
リアンはそのまま眠り込んでいった。
薄れゆく意識のなかで、しめやかな拍手の音と歓声を聞いたような気がした。