MA−YU 学園編 「第一話 ふたつの始まり」


 なにが起こったのか、理解できない。

 動かせるのは眼だけだ。それを動かして、まゆは凍りついた。

 ベッドの縁から眼鏡をかけた男が顔をのぞかせていた。まゆの口を押さえているのもその男の手だ。

 しかも、その男の下半身はベッドの下にあるらしい。

 ――つまり、ついさっきまで、男はベッドの下にいたのだ。

 男の肌は抜けるように白く、わずかにほつれて垂れた前髪とのコントラストが鮮明だ。身につけているのも白――白衣だ。

 男の銀縁眼鏡の下の切れ長の目が細められ、片方の眉がきゅうっとあがった。自由な方の手の人差し指をたてて、薄い唇の前に立てる。

「しぃっ――声をだしたら、気づかれてしまいます」

 小さな声で囁いた。というより、ほとんど唇の動きだけでそう告げた。

『は、入った……かおりぃ……おれのチンポ、入ってるぞ……』

『う、うん……先輩の、わかるよぉ……』

『おっ、おお……っ』

 隣のベッドがキシキシ音をたてはじめる。

 だが、まゆはそれどころではない。ショーツを下ろし大事な部分に指をあてがった状態で、見知らぬ男に口をふさがれているのだ。

 見知らぬ男――いや、この男をまゆは知っている――面接会場でまゆに無理難題を出してきた男だ。名前はなんといったか――

「たしか――七瀬さんでしたね。わたしは鏑木です」

 男が唇を動かした。声も出しているのかもしれないが、隣のベッドからの物音がそれをかき消している。

「どうして……」

 口を押さえられた状態で、まゆは唇を動かした。

 どうしてそんなところにいたのか、そしていつから――

「わたしはここの校医もしていましてね。この部屋はわたしの職場、というわけです。ここをラブホテルがわりに使っている生徒がいるという情報をつかんだので、実態を確かめるつもりでベッドの下に待機していたのですが……」

 鏑木は眼鏡の奥の細い目を糸のようにした。小さな黒目がつつと動いて、まゆのむき出しの下半身を見る。

 ショックの硬直から脱出して、まゆの顔が熱くなる。膝を合わせ、掌をかぶせて局部を隠そうとする。

 衝立の向こうからは激しい物音と息づかいが聞えてきている。

『あっ、はっ、はっ、かおりの具合、いいぜえ……っ!』

『うんっ! うん! すごいよ、かおり、おかしくなるよぉ……っ! あああん!』

 ぺちぺちぺちと身体と身体が衝突する音と、懸命なふたりの声が聞こえてくる。

 鏑木が耳をすますように顔を傾ける。

「お隣は佳境のようですね。ところで、七瀬さん、あなたは一体ここでなにをしていたのですか?」

 まゆは涙目で首を横に振った。口許を押さえていた鏑木の掌がゆるくなったので、なんとか息を整える。

「あの……入学式で気分が悪くなって……」

 隣に聞こえないように気をつかいながら、小声でささやく。鏑木は眉をあげた。

「それで下着を取ってしまったのですか? 理屈に合いませんね。ほんとうは自慰行為をしていたのでしょう? 式典で気分が悪くなったのも、いやらしい妄想をしていたからではありませんか?」

 図星だ。だいたいにして、ベッドの下にいた鏑木には、まゆがしていたことは筒抜けだったのだ。とぼけてもしょうがない。

「……ごめんなさい」

 まゆの声は消え入りそうだった。

「いいんですよ。だれにだって性欲はあります。それを過度に抑圧することはかえって身体によくありません」

 鏑木が小さくうなずく。ふと、思いついたように言いだす。

「そうだ。このままでは七瀬さんもたいへんでしょう。わたしが手伝ってあげますよ」

「え……?」

 問いかえすまゆの太股に鏑木の掌がふれる。ぴくっと反応したまゆは、ベッドの上で身じろぎした。キシッとフレームが音をたてる。

 一瞬、衝立の向こうの揺れが止まった。まゆは息をとめる。その間も、つ、つ、つ、大きな掌の感触が肌の上を移動する。

 少しの間のあと、衣ずれの音が聞こえて、肉体が姿勢をかえる気配が伝わった。

 また、リズミカルな運動が始まった。少女の声も漏れ聞こえる。

「体位をかえたんですよ」

 まるで衝立の向こうが見えているかのように鏑木は言った。

「七瀬さんも姿勢をもっと楽に」

 手を内股にかけて、広げるようにする。

 まゆはその手首をつかんだ。

「や、やめてください……」

「どうしてですか?」

 作り物のような整った顔に不思議そうな表情をうかべて鏑木は聞きかえす。

「がまんは身体の毒ですよ。もう少しでイけるところだったのでしょう?」

「そんなこと……ありません……」

「ここをこんなにしておいて、その返答は率直とは言えませんね」

 鏑木の指がまゆのその部分に触れた。指が接した一点からものすごい量の電流が流れたような気がして、まゆの腰がビクッと跳ねる。

「ひゃうっ!」

「しぃっ……声を出すと気づかれますよ」

「でも……先生……だめ……」

 鏑木の指が回転するように動いている。歯を食いしばってなんとか声をこらえる。

「んくっ、んんんんっ」

 頭のなかがスパークしている。

 良明以外の男に股間をいじくられるわけにはいかない。大声をあげて拒絶すべきだ。だが、そんなことをすれば、隣のベッドのカップルにすべてばれてしまうだろう。

 逡巡している間にも、鏑木の指はまゆの性感をかき乱していく。もともと自慰行為で敏感になっていたところだ。あっという間に危険水域までまゆの官能は高められてしまう。

「やめて……ください……っ」

 声を低めながら、まゆは男の手首に爪をたてる。

「――痛いですねえ、七瀬さん」

 鏑木の眼鏡がキラリ光った。ついと手を伸ばし、まゆの制服のリボンを解いて引き抜く。

「先生の言うことをきかない生徒はこうです」

 リボンを使って、まゆの両手首をきつく縛りあげる。

「先生!?」

「口もふさいだほうがよさそうですね」

 鏑木はまゆの足首にひっかかっていたショーツを引き抜くと、それを丸め、まゆの唇に押しこんだ。

「んむぅ……っ」

「あなたは気持ちよくなると声をこらえられないタイプのようですからね」

 すまし顔で言うと、鏑木はまゆの太股をつかんで、股を大きく割る。

 まゆの性器が完全に露出させられる。

「未成熟なように見えるのに、クリトリスは発達していますね。自慰のしすぎではないですか?」

 指先でツンツンとつつかれる。

「ううぅ……」

 まゆは喉奥を鳴らした。抵抗しようにも、腕を結わえられ、下半身は鏑木に抱えられてしまっている。

「鞘から全部出てしまっていますよ。ほんとうに新入生ですか?」

 包皮から飛び出した肉の突起を鏑木が指の腹でこすりあげる。血の色をした粘膜の表面に浮き出た細い血管をぴくぴくさせながら、突起がさらに膨張していく。

「うくっ、ふうううんっ」

 自分自身の分泌物で汚れた下着を口に詰められた状態で、まゆは鼻のなかを楽器のように鳴らした。

『うあっ! 先輩っ! 気持ちいいよぉ! かおり、すごくいいっ!』

 隣のベッドの少女がさらに大きな声をあげている。

 少年の息づかいも腰を使っているらしい物音も、さっきよりずっと大きくなっている。

 これだけ盛大にベッドをきしませていたのでは、周囲の物音に気づく余裕はないだろう。実際、まゆの横たわっているベッドもきしみ音を出しているのだが、隣のカップルがそれを気にしている様子はない。

「ほら、触るごとに大きくなる。自分でも見えるでしょう?」

 鏑木の指がまゆのむき出しの肉の突起をつまんで引っ張る。痛みと快感が100%ずつブレンドされて、200%の衝撃が全身をつらぬく。

「うひぃっ! いひぃぃっ!」

 よだれがあふれて、口のなかの下着が重くなっていく。

「気持ちいいんですね? 膣口から分泌物がものすごく出ていますよ――ああ、ラビアがこんなにひくついて――」

 鏑木の指が動いた。入口を広げて、覗きこんでいる。眼鏡の奥の細い目に興味深そうな光が宿る。

「処女膜は跡形もありませんね――きれいな膣口です」

 鏑木がまゆの外陰部を左右に広げて、内部の粘膜の様子を丹念に観察しているのが視線の動きでわかる。そう思うたびに、お腹のなかがひくついて、小刻みに腰が動いてしまう。

 あああ、見られている――まゆは羞恥と衝撃に全身を震わせた。

(おにいちゃん以外の人に――見られて――触られてるっ!)

 こんなところで自慰さえしなければ――罪悪感がわきおこる。だが、同時に、かつて一度だけ顔を合わせただけの男に、こうして性器を広げられて奥まで覗きこまれているということに――おそろしく興奮してしまっていた。

「んはっ! みひゃひへ……ぇっ!」

 まゆはおしりの筋肉に痙攣的にパルスを送りながら、かすれ声をあげる。

「おやおや、見られて感じてしまうとは。これは『治療』が必要ですね」

 鏑木は右手の人差し指と中指をゆっくり動かして見せる。

「一度絶頂に達しないとモヤモヤは消えないでしょう?」

「はあ……やめへえ……」

 まゆは鏑木の指の侵入を予感してうめいた。こんなシチュエーションで、そこに指を入れられりしたら――おかしくなってしまう。

「遠慮しなくてもいいですよ」

 優しく鏑木はささやきながら、指をまゆの中に沈めていく。自分の指とは比べ物にならない量感を持ったおとなの男の指が、内部に侵入してくる。

「ううううっ……!」

 その部分が広がっているのがわかる。入口が拡張されながら、指の感触が奥に迫ってくる。なにかが弾ける。続けざまに。びくっ、びくっ、と腰が上下にはねる。

「七瀬さんの膣の感触は良好ですね。湿潤で、襞がすいつくようですよ」

 指を奥に奥に進ませながら、鏑木は冷静な口調で評価する。

「むふううう、ぬ、ぬいへええ……っ!」

 触られている。奥まで。まゆは嫌悪感というよりも、その指からもたらされる刺激の大きさに恐怖を感じて悲鳴をあげる。だが、その声も口におしこめられた下着に阻まれて、声らしい声にならない。

 ぐぬっ。

 深々と、えぐられた。指でお腹のなかをいじられている。まゆの腹筋が、括約筋がでたらめに収縮する。

「すごい締めつけだ。指が噛みちぎられそうですよ……」

 鏑木は真面目な顔で言う。指を引き、そしてまた押しこむ。内部で、ぐりっと回転させるようにして、また、入口付近まで引き戻す。

 その指の動きにまゆの意識は集中する。指が抜けそうになる瞬間、大量の電流が後頭部で放電されるように気持ちがいい。

「あふ、うう……」

「このあたりがいいんですね?」

 指先がまゆの膣壁をこする。感じる場所をピンポイントで責められて、まゆは思わずうなずいてしまう。

「では、ここを集中的に」

 指先がそのポイントを執拗にえぐる。押し寄せてくる快感にまゆは翻弄され、顔の筋肉がゆるむ。

 たぶん、うっとりとした表情になっているはずだ。

「いい顔ですよ」

 鏑木は唇の端を上げた。

 そうしながら、指の抜き差しを速めていく。ぷちゅくちゅ、と湿った音がまゆの股間から聞こえてくる。膣からあふれた愛液がおしりにたれてきている。

「んっ、ふっ、ふうううん……っ!」

 まゆは身体をくねらせる。迫ってくるものを、もうどうしようもない。良明への罪悪感も鏑木への嫌悪感もすべて溶けて、ただ、身体をつつむ快美感にうちふるえる。

『い、いっちゃうっ! かおり、いっちゃうよう、先輩っ!』

『お、おう、おれも、出るっ!』

 ガタガダガタと衝立が鳴る。あまりに激しいベッドの動きで、震動が伝わっているのだ。

「隣もクライマックスのようですよ。七瀬さんもそろそろおいきなさい」

 ぢゅつっ、ぢゅつっ、ぢゅっ、ぢゅっ、ぢゅっ――

 指の動きがさらに速まる。これがペニスならば、射精に向かうピストン運動だ。まゆの子宮がそれを感じて、受け入れ態勢を整えていく。

「ひうっ! うふっ! はぷっ!」

 口がふさがれているので、息がくるしい。それでも、結わえられた腕で片ひざをかかえ、自分で股間を大きく広げる。鏑木の指と膣の接触面が微妙にかわって、さらに快感が増幅する。

 まゆは自分の内部で動く指の数が増えていることに気づいた。鏑木はいつの間にか薬指まで使っている。大きく膣を広げながら、長いストロークで奥深くまで突き入れてくる。

 でも、もうそんなことは気にならない。指だろうが、ペニスだろうが、イかせてくれるんなら、何でもいい。

「ひぐっ! ひぐぅぅっ!」

 まゆは保健室の天井を見つめながら、昇りつめていく。蛍光燈が揺れている。いや、揺れているのは自分自身だ。入学式の日に、保健室のベッドの上で、校医の指によって気持ちよくなって――イッてしまう。

『も、もうだめっ! いくぅ! かおり、ヘンになるよおっ! うあああーっ!』

『おあっ! あああっ!』

 少年がうめく。ベッドが二度、三度、大きく揺らぐ。射精、しているのか。

 まゆの内部でも指が激しく動いている。その動きのなかで、まゆは到達した。

「ひっ――くぅぅぅぅぅぅっ! んひいいいっ!」

 おびただしい量の脳内麻薬が放出されて、意識そのものが蒸発する。

 Gスポットが白熱し、スキーン腺が激しく収縮して、熱い液を放出する。そのしぶきは鏑木の白衣の袖を濡らした。

 まゆの全身から力が失せて、がっくりとベッドに沈みこみ――そのまま意識が遠くなった。

***

「――七瀬さん、起きて、七瀬さん」

 優しい声。揺り動かされる感触。まゆはゆっくりと覚醒した。

 若い女性がまゆを覗きこんでいる。

「いまいずみ……せんせ……」

 まゆはその人物の名前をつぶやいた。まだ意識がはっきりとしない。

「もうお昼よ。お寝坊さんね。気分は直った?」

 今泉はほほえみながら言った。

「あ……わたし……」

 眠りこんでしまったのだ。でもなぜ――と思った瞬間、今泉のすぐ後ろに立っている男に気づいて、まゆの記憶が肉体的な痛みをともなってよみがえる。

 無表情な白衣の男だ。

「あ、こちらは校医の鏑木先生――って、知っているかな、もう。診察してもらったんでしょ?」

 今泉は屈託のない表情で、背後の男とまゆを交互に見渡した。

「あの……」

 まゆはどうしたらいいのか混乱する。身体にかかったふとんの下で手を動かして、スカートのなかを調べる。意外な思いにうたれて、その感触を確認する。下着を着けている。それも、手ざわりからして新しい。湿ってもいない。

 ――夢だったのか。まさか。

「それにしても、ふたりも貧血患者が出るなんてね、それも両方ともわたしのクラスの子だなんて」

 今泉が腰に手をあてて、視線を衝立のほうにやる。

「ね、衛藤さん、こっちに来なさいな、あなたはもう平気なんでしょ?」

「はあい、先生」

 返事とともに、隣のベッドから身体を乗り出すようにして、ひとりの少女が顔を出す。長い髪を両側にたらして結わえた、銀縁眼鏡のおとなしそうな印象の女の子だ。しかし、制服の胸はまゆと同級生とはとても思えないほど立派なものだ。

 その女の子とまゆの目が合った。まゆはどういう表情を浮かべるべきか戸惑った。女の子は値踏みするような視線をまゆに送り、それからにっこり笑った。

「あたし、衛藤加織です。よろしく」

「あ、七瀬まゆです――こちらこそ……よろしく」

 答えながら、勝手に顔が熱くなっていく。この少女があげていた睦声を聞いているだけに、こんなふうにさわやかに挨拶されると、そのギャップに動揺してしまう。

「隣のベッドで寝てたんだぁ――あたし、ぜんぜん気づかなくって。声をかけてくれればよかったのに。人が悪いなあ、七瀬さん」

 軽く責めるように加織が言う。まゆはさらにあわてる。

「あのっ……わたし……その……眠ってたみたいで……」

 加織は笑った。邪気のない笑顔だ。

「う、そ。気にしないで。同じクラスみたいだし、あたしたち、きっとお友達になれるわ」

「そうね、衛藤さんは内部進学だし、この学校のことはよく知っているわけだから、七瀬さんのことよろしくね。いろいろ教えてあげて」

 今泉の言葉に加織は大きくうなずいて見せる。

「――じゃあ、初日からリタイアしちゃったお二人のために、ここでホームルームをしますか。おうちの人に伝えてもらうこと、たくさんあるからね」

 手にしていた封筒からいろいろ書類を取り出しはじめる今泉の後ろで、鏑木が身じろぎする。まゆは思わずそちらを見た。鏑木はポケットから白いハンカチを取り出し、鼻を覆っている。

 まゆは気づく。それはハンカチではなく、まゆの――

 鏑木の眼鏡の奥で、糸のような目が笑っていた。

 これからどうなるんだろう……

 まゆの胸のなかに漠然とした不安がひろがり、心臓がとくとくと鳴りひびいた。

第一話 おわり