夏には少し早かったけれど、思い切って海辺に出かけた。
別荘に閉じこもってばかりの毎日にも飽きたし、それにその日はすばらしい天気だったから。
まぶしい初夏の日射しに目を細めながら、ぼくは白い長い坂道をおりていった。
じきに、潮を強く含んだ風の匂いがぼくの鼻をくすぐった。
以前なら気分が悪くなったかもしれないほど生命に富んだ匂いだ。
でも今は平気。
ぼくの中にはもうひとつの命がいきづいているから。
浜辺では気の早い若者たちがサーフィンに興じたり、地元の子供たちが波打ち際で戯れていたりもした。
ぼくは砂浜を歩いていて、ひとりの少女に気づいた。
12歳くらいだろう。
小柄で、色の白い女の子だった。
髪を肩まで伸ばしていて、唇が紅かった。
目元が少し切れ長で、とてもきれいだった。
白いブラウスにベージュ色のスカート。少し短めの丈のスカートからのぞく脚は、たとえようもなく美しく、はかなげなほどに細かった。
少女は孤独に見えた。
でも、彼女の友達がはしゃいで近付いてくると、彼女も笑顔になった。
こぼれた歯が、きらきらと輝いて見えた。
ただ、それだけ。
それだけで、ぼくのなかのもうひとつの命は蠢きだす。
どうしようもない衝動。
ぼくは次の瞬間、狡猾な獣の意識で、あたりの気配をまさぐりだしていた。
「ねぇきみ、お願いがあるんだけど」
ぼくは少女に話し掛けた。
また独りに戻っていた少女は、少し肩の線を堅くして、ぼくを振り返った。
少女の瞳は、まるで柔らかすぎる宝玉のようだった。
「向こうの方に、捨てられた仔猫がいたよ。お腹をすかしているのか、とても悲しそうな声で泣くんだ」
ぼくはありのままを言った。
「ほんと……?」
少女は眉をゆがませた。
「どこ?」
「こっちだよ。つれてったげる」
少女はぼくの後をついて歩きだした。
彼女の友達たちは遊びに夢中で、ぼくたちにまったく気づいていないようだった。