「先生がいないと思ったら、真由美ちゃんと色事くんまで……」
置き去りにされた荷物をながめながら、美琴は力がぬけたように言った。
「まあ、大河原さんは心配ないでしょう。なにしろ腕がたちますからね」
助平はすべて予測の範囲内であるかのような落ち着きぶりだった。
「もしかしたら、ふたりで行動しているのかもしれないし」
「あ、そっか……そうですね」
美琴は、はにかんだ笑みをうかべた。そうだ。この環境では、真由美だって男の子と遊びたくなるだろう。その相手というのが色事であるというのも、真由美のことをよく知る美琴にはうなずける。
「でも、どうしよう……」
真由美がいっしょにいないと間がもたない。とぼしい美琴の勇気と話題はすでに底をついている。
助平は笑顔をうかべた。
「よかったら、ヨットを見に行きますか? この近くにマリーナがあるんですよ」
「ヨット……ですか」
「意外に海からのほうがみんなを見つけられるかもしれませんよ」
「はあ……」
断る理由がみつからない。だけど、ヨットで助平とふたりきりになんかなったら。
美琴の頬は勝手に赤くなり、鼓動がはやまった。
助平の案内でマリーナまで歩いた。五分も歩いていないのに、砂浜の雑踏は別世界のものになった。マリーナには契約しているヨットのオーナーしか入れないのだ。
いかにも高級な雰囲気。店さえも、海の家の猥雑さとは無縁な、白を基調にしたしゃれた造りになっている。
「ふええ」
美琴は圧倒された。歩いているのは外国人が半分くらいだ。
「この島の半分は別荘地ですからね。それも外交官だとか、外資系企業のトップだとか、そういう人種が多いみたいですよ」
助平は説明しつつ、何人かの外国人とあいさつをかわした。すでに顔見知りらしい。
「さ、これがそうですよ」
助平がさししめした船をみて、美琴は今度こそ度胆をぬかれた。
ヨット、というから、小型のものを漠然とイメージしていた。が。
そこに停泊しているのは、居並ぶヨットのなかでも群をぬいて大きい、クルーザーといってもよいサイズのものだった。
「す……すごいですね」
「転校するまでは、この船に住んでたこともありましたよ。第二のわが家ですね」
助平は先に甲板に乗り、美琴に手をさしのべた。
おずおずとその手をとり、ぴょんととぶ。
甲板も広い。デッキチェアも置いてある。
「ご家族で……?」
美琴の質問に一瞬助平は目をまるくした。
それからゆっくりとほほえむ。
「え? あの……」
なにかまずいことを言ってしまったのかと美琴はとまどった。
「そういえば言ってなかったですね。ぼくは一人暮らしなんですよ。両親は……まあ、遠いところにいましてね。あとひとり家族といえるかもしれないやつもいるけど……それは……」
「ごめんなさい!」
美琴はぶんぶこ頭を上下させた。訊いてはならないことを訊いてしまった、と思った。
助平がときおり見せるさびしげな表情、そして、色事以外には男子の友人をつくらない孤独癖、そういったようなものの原因は、きっと家庭の不遇にあるのだ。
「どうしてあやまるんです?」
助平は不思議そうに首をかしげた。
「それよりも、ヨットを出しますよ」
え、と思うよりはやく、ヨットはゆらぎ、動きはじめた。
「だ、だれが操縦を?」
だって助平は目の前にいる。
助平はにっこりとする。
「この船にはオート操船システムが搭載されているんですよ。コンピュータと連動した帆を動かして、的確に風をとらえてくれます。コンピュータとモーターの電源は太陽発電を使いますし、飲み水は海水を蒸留していくらでも作れますから、あとは食料さえあれば無補給で世界を何周でもできます」
「すごいんですね……」
機械にくわしくない美琴はただただ仰天するのみだ。実際、そんなテクノロジーが存在するのかどうかについても判断できない。海水から真水を作るためには大規模な設備とそれに見あうエネルギーが要るのではないのか、ということにも考えはおよばない。
船足は速く、しかもほとんど揺れない。
天気は最高。暖流にさそわれて海鳥が飛びかう海面は、どんな絵の具でも表現できないようなすごい青だ。
――夢みたいだわ
美琴はぼうっとした。
潮風のにおいにつつまれて、すぐそばには助平がいる。かすかに助平の体臭を感じる。これは――コロンだろうか。
たくましい肩がいまにも動いて美琴のことを抱きしめてしまいそうだ。
そうしたら、なにも拒めはしないだろう。
はじめてのキスも、その先も。
助平が動いた。長身の体躯がつくる影のなかに美琴はすっぽりとはいってしまう。
心臓が痛いほどときめく。
「鳥羽さん、ヨットのなかでなにか冷たいものでも飲みましょうか」
そこにはいつもとかわりない助平の笑顔があって、美琴はほんのちょっぴりだけがっかりした。
真由美ちゃんはうまくいってるのかなあ……。
ふと美琴はそう思った。
その真由美はというと。
「おほっ、気絶しちまったぞ」
「好都合だな」
共犯者の表情になったふたりの男は、くたっとなった真由美を両側から抱きかかえると、介抱するふりをよそおいながら、ひとけがない岩場へと向かう。
岩場のあいだにはさまれた砂浜に真由美を横たえる。ここならば周囲に人の目はない。
「へっ、うるさいやつらがこないうちに、いただいちまおうぜ」
「諸干と一緒に、というのが気に入らんがな」
「まあまあ、そうかたいことはいいっこなし。」
にたにたとあたるは笑った。
「では、さっそく」
あたるは倒れた真由美のセパレーツ水着のトップに手をかけた。
もともとストラップがないデザインだ。ずるっとひきあげる。