「そこのウニ頭!」
「ウニじゃねえっ!」
瞬間的におれは振り返った。条件反射かもしれない。
おれに罵声を浴びせたつもりで瞬時に反撃を受けた男はさすがに二の句がつげないようだ。
見れば、ほっそりとした金髪男だ。しかも、めずらしいことに鎧に身をかためている。つまり、こいつも冒険者なのだ。腰からさげた剣は両刃。プレートメイルでもぶった切れそうな業物であることが鞘の上からでもわかる。問題は、こんなでかい剣をふり回せるだけの膂力がこいつにあるかどうかだが……。
「――とにかく、往来で女性に対する不埒なふるまい、見捨ててはおけんな」
騎士道を気取っているのか、男は、ずい、と一歩踏み出した。つれはないらしいが、馬は持っているようだ。葦毛のけっこう素性のよい馬がすぐそばの食堂の軒先につないである。旅のはぐれ騎士、といったところか。
「勘違いするな。これはおれの所有物だ。おれがどう扱おうがおれの勝手だし、それにこいつは手荒に扱われると興奮するヘンタイ少女なのだ」
「……そんなことないです」
シータが悲しそうにつぶやく。
そのつぶやきが聞こえたのか、男は声をはげました。
「――みさげはてた男だな。見れば冒険者らしいが、この学園都市ベルカーンツの風紀を乱すふるまい、同じ冒険の徒として見捨ててはおけん」
「同じ冒険の徒……ね。勝手にいっしょくたにされちゃあ迷惑だな。鎧に着られ、剣にぶらさがっているようなぼっちゃんと」
正直なおれはどうしても事実を指摘せずにはいられないのだ。ごめんよ。
案の定、男は激高した。手が剣の柄にのび、一気に抜き去る。ほう、筋はわるくないな。それに、思った以上にいい剣だ。魔法がかかっているかもしれん。
「ゲスな冒険ゴロが! この場で成敗してくれる!」
「おいおい、マジかよ」
おれはにやにや笑いをおさえながら、半歩前にでた。左手で剣の鞘をうかせる。おれの剣は前も話したが黒い刀身の呪われたカタナだ。前回は使う機会がなかったが、いよいよ妙技の見せどころだ。んけけ。
「お嬢さん、下がっていなさい。こんなゲスの血であなたの美しい顔を汚したくない」
男が前髪をはらって「フッ」と笑う。形から入るやつだなあ。いや、なんとなく。
「たのむからギャラクティカマグナムとか出すなよ」
「――どういう意味だ?」
男はけげんな表情をうかべる。説明するのも面倒なので、おれは無視した。
「さあ、こい。剣崎っ!」
「だからどういう意味だと……」
男が言いつのったときだ。おれはつま先で路上の石を蹴りあげた。小石は狙いあやまたず、男の膝こぞうに当たる。鎧の防御のない部分だ。
「でっ!」
激痛が走ったのだろう、男は声を出し、前屈した。
おれはカタナを鞘ごとくるりと回した。男の顎を、下から鞘で突きあげる。
「ぼひっ!」
男は今度は伸び上がり、天をあおぐ。
「ひ……ひさま……ひゅるさん」
舌をかんだらしい。発音があやしくなっている。が、怒りはほんものらしい。
剣を八双にかまえる。双眸が怒気にひかる。
刀身が赤く輝いた。やっぱ、魔法の剣だ。それだけじゃない。この男自身、魔法の心得があるようだ。いわば魔法剣士。レベル的にも15より下ということはありえない。ちょっとみくびりすぎたか?
「魔剣ヴュルガーの餌食にしてくれるッ!」
いけね、語尾がカタカナだよ。本気で怒らせたらしい。
「煉獄の炎(ヘルファイヤ)よ、刃となりて、忌むべきモノを切り刻めッ!」
刀身から炎がふきだす。薄手のプレートメイルなんかではとても防御できない。おれの場合はセラミックスメイルだからそれ自身熱には強いが、中の生身はそうはいかない。ようするに陶磁器のなかにいるようなもので、けっこういい感じに焼けてしまうだろう。
「シールド!」
背後からシータの声が響く。瞬間、目の前にインビジブル・ウォール(見えない壁)ができあがる。水の属性を持たせているのか、涼しい流れを感じる。快適だな。夏、涼むときにはこれを使おう。
男がはなった炎の剣はシールドにのみこまれ、次々に消えていく。シータの防御魔法だ。平均的なステータスはレベル15相当とはいえ、防御・支援系に特化された能力だ。その効力はオーバーレベル20といっていい。掘り出しものだぜ。
「ばかな! わたしのヘルファイヤが防がれるとは!?」
「ばかはてめえだ。ひとの女にコナかけて、しかも、そいつの素性も実力もわきまえていなかったんだからな」
おれはあざわらった。
「なんだ……と?」
「こいつはヴェスパーホムンクルスだ。このおれに誓いをたてた、な。おまえごときが割って入る隙間は、髪の毛ほどもないのさ」
「ヴェスパーホムンクルス? まさか……?」
男の目が見開かれる。
じいっと、シータを見つめている。なにか、はげしく興奮しているようだ。
「ナンバーは……?」
「そんなこと、おまえの知ったことかよ」
おれは男の隙に乗じて、瞬時に間合いをつめた。
男はシータに気をとられすぎていて、おれの接近に対処すらできなかった。魔法剣士の悪いくせだ。自分の魔法攻撃が封じられるとたちまち動揺する。剣士の真髄はおのれの間合いに瞬時にとびこむ敏捷性にあることをわきまえていないのだ。
カタナを、ぬくか。
「マスター、だめ!」
シータの声が聞こえた。
おれはかまわず伝家の宝刀をぬく。
右の中指をたわめて、弾く。
おれの七つの必殺技のひとつ、デコピンだ。
パッキーン!
すんごくよい音がして、男は後方にふっとんだ。
馬の飼葉桶に頭から突っこむ。あわれ美形の騎士は飼葉と馬糞にまみれて気絶した。命に別状はない。ただ、気がつけば全身どろどろで臭くなっているだろうが。おでこの痛みは、そうだな、三日もあればひくだろう。
「このジャリンさまにたてついた報いというやつだな。うんうん、やはり悪事はひきあわない」
「マスター、おケガは」
「あるわけないだろ」
おれは駆けよってきたシータのおでこを、ぐわし、とわしづかみにした。
「いたい、いたい」
「あのアホ騎士をぶった斬るのをなんでとめた? ああ?」
シータが顔をしかめる。
「だって……あの騎士さまは勘違いしていただけでしたし……べつに悪人というわけでもなさそうでしたし……」
「そんなのはおまえが決めることじゃない。いっとくが、おまえはおれの所有物だ。おれはおれの判断で動く。おまえはおれの命令にしたがえばいいんだ」
「はい」
シータの顔から表情がなくなる。人形のような顔だ。
「でも、シールドはいいタイミングだったぞ。助かった」
おでこをつかんでいた指の力をゆるめ、頭をなでなでしてやる。
シータの顔に笑顔がもどった。笑うと、子供っぽい。
「――はい!」
「ところで、落ちかけているが、いいのか?」
「え」
シータは自分の足元を見た。
ぬるる。こてーん。こてーん。
石畳の道の上に、シータの股間から落ちた張り型が二個、転がった。
喧嘩を見物していた学生たちの視線が、そのいやらしいおもちゃとシータの顔を往復する。
「い、やあああーっ」
その小柄な身体からは想像できない声をシータはひり出した。