DARLING IN THE FRANXX Code:015

ダーリン・イン・ザ・フランキス イチゴサイド

 

〜運命の小鳥は羽ばたかない〜

 

 

 フランクスに乗るということは、「それ」と同化することだ。

 

 教練ではそう教わったし、オトナたちはきまってそう言う。実際、そうなのだろう――とは思う。

 

 でも、それってそこまで単純なことじゃない。

 

 フランクスは巨大な人型ロボットで、すべて女性の形をしている。

 

 だから、フランクスとの接合部分――雌式操縦者(ピスティル)は女子が担当する。フランクスと同調し、その操縦装置になるのだ。

 

 必然的に、パートナー、雄式操縦者(ステイメン)は男子の役割になる。フランクスとつながった雌式操縦者から各種データを入手、状況判断し、フランクスを操る。

 

 フランクスと同調する、といっても直につながるわけではない。

 

 生体電流を制御する特殊なスーツを着用して、フランクスの電子頭脳に接続されるイメージだ。視界や聴覚、嗅覚、さらには触覚、そして痛覚まで、フランクスと同調する。

 

 完全に同調してしまうと、自分の肉体の感覚さえ失なってしまう。

 

 それが「同化」ということなのだろうが、しかし、それは簡単なことではない。ちょっとでも雑念が入ると容易にフランクスとの同調は破れてしまう。

 

 実際に、フランクスとの同調がうまくいかず、脱落していった者は多い。操縦者(パラサイト)としての適性なしと判断されてしまえば、死ぬまで穴蔵暮らしだ。何の役割も与えられることなく、ただ、最低限のカロリーを支給される肉袋になるだけだ。

 

 そんなことになるのは絶対に――いやだ。

 

 

 私はイチゴ。正式に与えられた呼称はCode:015だが、大切な友人がつけてくれたこの「イチゴ」という名前をとても気に入っている。

 

 その友人はヒロ――Code:016――生育器の頃からのお隣さんで、ずっと一緒に育ってきた。育成所(ガーデン)の特別クラスに入ったのも同時で、二人とも同じタイミングで第13プランテーション・セラススの操縦者候補に選抜され、この場所――操縦者施設・ミストルティンにやってきた。

 

 でも、私とヒロはパートナー同士にはならなかった。パートナーの組み合わせは訓練の過程でオトナたちが決める。雌雄の和合率やさまざまなデータを元に決められるらしいが、いずれにせよ私たちコドモはオトナたちに逆らうことはできない。

 

 私のパートナーになったのは、ヒロと同様に、昔からずっと一緒だったゴロー――Code:056――だ。コード二桁台は珍しくて、同じ場所に三人も集まるのは奇跡といっていい。

 

 ゴローは性格が良くて操縦者としても優秀、不満はまったくない――ない、けれど。

 

 ヒロのパートナーに選ばれたのがナオミ――Code:703――だと知った時に、なぜ自分ではなかったのか、もやっとした気持ちになったことは覚えている。

 

 そして、ヒロとナオミはテストに失敗し続け――不適格とされた。ナオミは早々とミストルティンを去ることになった。ヒロはかろうじてミストルティンに残れたものの、操縦者の資格を失った。

 

 独りになったヒロは、でも、乗ったんだ――フランクスに。あの、角の生えた特異型雌型(ゼロツー)と一緒に――

「ポジティブパルスが下がっているぞ、どうした、イチゴ?」

 

 ゴローの心配そうな声が聞こえてくる。

 

 半分は自分の耳で、もう半分はデルフィニウム――私とゴローの搭乗するフランクス――の電子頭脳で処理されたデジタルデータとして。

 

 この感覚で、どれくらいフランクスとつながっているのか――つながれていないのか――がわかる。だめだ。集中しないと。

 

「問題ない。このまま進んで、ミクたちと合流する」

 

 作戦は進行中だ。この隊のリーダーである以上、自分のことだけ考えているわけにもいかない。

 

「そうか? ならいいけど――無理はするなよな?」

 

 ゴローはいつも私のことを――私だけではなく、みんなのことを――気に掛けてくれる。とても良いパートナーだと思う。

 

 だからこそ、今この瞬間、ゴローの視線が気になる、ということはある。

 

 致し方のないことだが、フランクスのコクピットは狭く、二人の距離はほぼゼロ距離だ。しかも、雌型操縦者はフランクスと同調し、その操縦桿になるために、雄型操縦者に尻を突き出す姿勢をとらねばならない。腰部から生え出たコントロールスティックは、肉体の一部のように鋭敏で、ゴローの掌の感触がありありとわかる。

 

 雌型操縦者のためのパイロットスーツは薄い膜のようなものでできていて、素肌に直接蒸着させる。膜の厚さは平均0.1ミリメートル、最も薄い部分では0.02ミリメートルしかない。伸縮性が高いのは良いが、その分、身体のラインがくっきり出てしまう。

 

(お尻、見られている……しかたないけど)

 

 ゴローの視線を痛いほど感じる。

 

 このスーツでもっとも薄い部位は股間なのだ。匂いが漏れたり、色が透けたりすることはないが、形はほぼ完全に出てしまう。その――部分の。

 

 フランクスに接続された状態だと、コクピット内のモニターも可能だ。雄型操縦者の身体データも勝手に意識に入ってくる。当然だ。クルーの生命維持は基本中の基本だから。

 

(ゴローの、大きくなってる……)

 

 知りたくないデータも入ってきてしまう。ゴローの脈拍や血圧だけでなく、身体の一部の形状変化も。雄型操縦者のスーツも股間部分が最薄なのだ。テントというよりは、操縦桿を一本生やしたようになっている。

 

(男の子のあの状態って辛いらしいけど……大丈夫かな)

 

 ついそんなことを思ってしまう。

 

(ヒロでも――あんなふうになるのかな)

 

 ヒロとフランクスに乗ったのは模擬戦の一度だけで――その時はうまく、いかなかったから。

 

 

 

「第八階層(レベルエイト)に到着した。叫竜の存在はまだ確認できない」

 

 私は構造材の影からデルフィニウムを半身出させて、周囲の状況を探った。

 

 我ながら仰々しい機体だ。白と青の二色でカラーリングされ、騎士の持つ槍のようなハンドパーツで武装している。

 

 その名の由来は青い花弁を持つ花にあるそうだが、さらに遡れば、流線型の身体を持つ海棲哺乳類に行き着くという。

 

 この機体は、とても泳げそうにないけれど。

 

 ここはマグマ燃料の採掘施設だ。

 

 マグマ燃料とは、地底深くから採取されるエネルギーだ。かつてはマグマ燃料によってこの惑星全体の繁栄が支えられ、科学文明は栄華を極めたという。

 

 だが、恐るべき異形の襲撃者・叫竜の出現により、その栄光の時代はあっさりと幕を閉じた。叫竜はマグマ燃料に引き寄せられるように現れ、人類の施設を破壊し、破壊し、破壊しつくした。

 

 今では、数少ない移動都市(プランテーション)が、かつての人類の繁栄の痕跡を残すのみだ。

 

 いずれにせよ、我々の生存はこの施設の存続にかかっている。

 

 守ることができなければ、第13プランテーション(セラスス)はほどなく滅ぶ。それは私たちの死を意味するのに他ならない。

 

 私たちの初陣は、この施設に出没するという叫竜の討伐だ。ターゲットはコンラッド級――さほど大型ではなく、脅威度はさほど高くはない――とはいうものの、油断は禁物だ。

 

 まず、リーダーである自分が斥候となり、状況把握をはかる。

 

「って、別に問題ないだろ? われらがリーダー様は慎重だねえ」

 

 デルフィニウムのすぐ後ろに位置する、ピンク色でツインテールのような頭部パーツが特徴的なフランクスから、リンクを通じて男子の声がとんでくる。

 

 そのフランクスはアルジェンティア。雌型操縦者はミク(Code:390)、そして雄型操縦者はゾロメ(Code:666)がつとめている。私のチームの僚機だ。

 

「ゾロメ……ここは戦場なのよ。一瞬の油断が命取りになる」

 

 私は忍耐強くそう諭した。

 

「それに、コンラッド級といえど、最大サイズはフランクスをはるかに超える。そんな敵に遭遇するかもしれない」

 

「ははっ、もしもそんなデカブツが現れたら、オレ様がぶっ倒してやんよ!」

 

 脳天気にゾロメが笑う。別に悪い子ではないが、何かと騒がしくて、言動に幼稚なところがある。

 

「そんな敵に出くわしたらさ、さっさと逃げちゃえばいいんじゃない?」

 

 それに答えたのはミクだ。それに合わせてアルジェンティアが頭部パーツをゆらゆらさせる。その仕草はまさにミクのそれだ。フランクスの動きには、雌型操縦者のパーソナリティが色濃く投影される。ミクには、少々わがままで飽きっぽいきらいがあるが、それだけに、何かと突っ込みがちなゾロメとの相性はよいのかもしれない。容姿も愛らしく、私たちの中でも女の子っぽさでは一番だ。ツインテールなんて髪型、私には想像もできない。

 

「残念、後方は異常なしだったよ、イチゴ」

 

 優しくおっとりとした声とともに、新たなフランクスが現れた。黒を基調としたずんぐりとした機体に、大ぶりなガン型の武装――ジェニスタだ。

 

 雌型操縦者はココロ(Code:556)。穏やかで争いを好まない性格だから、本心では叫竜が出現しないことを望んでいるに違いない。残念、と表現したのは他のメンバーの士気を落とさないためだろう。

 

「もし、叫竜がいるとしたらこの先――ってことになるよね。まあ、いない方がいいけど」

 

 これまた穏やかさを形にしたようなフトシ(Code:214)の声。ココロのパートナーで、誰とでも仲良くできる性格だ。

 

 場の空気が読める、いわば癒やし系ともいえるコンビだ。

 

 さしづめ、ミクとゾロメは暴走系、あるいははっちゃけ系か。私とゴローは、まあ、優等生系だろう。自分で言うのもなんだが、私はまじめすぎて面白味のない女子らしいし。

 

「イクノとミツルも出撃できていたなら、心強かったんだけどね、二人は大丈夫かな?」

 

 フトシは気遣わしげにそう言った。

 

 そう。本来ならもう一機、出撃するはずだった。クロロフィッツ――イクノ(Code:196)とミツル(Code:326)が搭乗するフランクスで、翼を思わせるハンドパーツが特徴の優美な機体だ。ただ、雌型操縦者であるイクノのイメージをまとうためか、やや線の細さを感じさせる。この日もイクノが体調を崩し、出撃を回避したのだ。

 

「しかたないわ、ここのところ、イクノ、調子よくなさそうだったし」

 

 とはココロだ。

 

「あー、あの日ってやつか、面倒だなー、女ってのは」

 

「あんた、なに言ってんのよ、バカ! ぶっ飛ばすわよ!」

 

 無神経なゾロメの発言にミクがキレる。

 

「そういえばさ……イクノとミツルの和合率……ここのところ良くないみたいなんだよな」

 

 ゴローがつぶやくように言ったとき、私の脳裏にヒロとナオミのことがよぎった。ヒロとナオミもある時期を境に数値が悪化し、フランクスの起動水準を割り込んでしまったのだ。

 

 ここでいう起動水準とはポジティブパルス/ネガティブパルスの割合のことだが、この率に影響を与えるのがパートナー同士の相性を示す和合率だ。そのために私たちは和合率が高まる組み合わせでパートナーになっている。

 

 和合率の低下の責任がパートナーのどちらにあるのか、それはケースバイケースで、確としたことは外部の者には窺い知ることもできない。だが、少なくともナオミは自分には問題がないことを主張した。ヒロがパートナーでなければ――そう言って、パートナー変更を直訴さえした。しかし、その主張が認められることはなかった。

 

 あの時、もし、自分がヒロとパートナーになることを申し出ていたら――それを考えたことは事実だ。そうしていれば、ヒロに責任はないことを証明できたかもしれない――

 だが、当時は、そうする勇気はなかった。パートナーであるゴローのこともあった。それに、私はこの隊のリーダーであって、秩序・順列を乱すことはできないと思ったのだ。オトナたちが決めたことに逆らうことは愚かだ。隊そのものにダメージを与えかねない。

 

 だから、私はあの時、ナオミのことも、ヒロのことも、見捨てたのだ。

 

「イチゴ、どうしたんだ? 考え事か?」

 

 ゴローの言葉に私はかぶりを振った。

 

「――いいえ。状況を開始する。このレベルを探索、標的を発見しだい駆逐する。異常なければ本部の指示を仰ぐ。さあ、いこう」

 

「わかった」

 

ゴローが私を操作し、私がデルフィニウムを前進させる。

 

 僚機が続く。

 

 フロアは静寂に包まれていた。施設が稼働していないため、人っ子ひとりいない。まあ、普段から無人で、AIとロボットがコントロールしているのだが。

 

「なんだ、なにもいねーじゃん」

 

 ゾロメがつまらなさそうに声をあげる。

 

「敵はいないに越したことはないでしょ、バカ?」

 

「バカとはなんだよ! このブス!」

 

「な、なんですってぇ!?」

 

 懲りずにゾロメとミクがやりあう。

 

「まあまあ……ふたりとも、そのへんで……」

 

 フトシがなだめるように言う。

 

 その時だ。

 

「いたわ」

 

 ココロが各機にデータを飛ばす。

 

 ジェニスタの視覚を共有、すぐに私もそれを捉える。

 

「敵、コンラッド級、一体を確認!」

 

 戦闘が始まろうとしていた。私たちにとって、初めての実戦が。

 

 

 

 それは巨大な青い球体で、脚が何本も生えていた。実際に見たことはないが、教育用のビデオで見たことがある類似物でいえば、血を吸って体積が何倍にも膨らんだダニのようだ。

 

 コンラッド級はそれほど危険なタイプではないとされる。先日、プランテーションを襲ってきたモホロビチッチ級とは比較にもならない。

 

 だが、叫竜には次々と亜種が現れるという。既知のタイプに似ているといっても、その能力や特徴が維持されている保証はない。いずれにせよ、私たちは経験が乏しすぎる。

 

 そいつはマグマ燃料の掘削装置の側でウロウロしていた。餌を探しているのだろうか。少なくとも私たちに気づいているふうはない。

 

「どうする――イチゴ」

 

 ファイターの気配を醸し出しながらミクが訊いてくる。愛らしい見た目とは裏腹に、近接戦闘を最も得意とするのはミクとゾロメが操るアルジェンティアだ。

 

 いくつかの作戦が脳裏を巡った。

 

 その中には、まず自分が一撃を加え、アルジェンティアにトドメを任せるプランもあったが、すぐにそれは打ち消した。初撃は身が軽く、回避も巧みなアルジェンティアに任せるべきだ。敵の構造――コアの位置もまだわかっていない。それを知るためにも、言葉は悪いがアルジェンティアをうまく使いたい。

 

 瞬時に判断する。私がこのチームのリーダーを任せられることになったのは、この判断の速さのためだと言われたことがある。フランクスとの同調率の高さもさることながら、一番重要なのは「判断しきる」ことなのだと。直情径行なだけかもしれないが――それでも。

 

「ミク、ゾロメ、前衛をお願い! ココロとフトシは後方から援護! 私とゴローはアルジェンティアの初撃に乗じて、敵のコアを叩く!」

 

「わかったわ!」

 

「へっ! 一番槍だな! まかせろ!」

 

 ミクとゾロメにはわかりやすい役割を与えた方が良い。状況判断を委ねると意外に考えすぎるタイプなのだ。

 

「後ろは任せて――敵は一体――だけみたい」

 

「これならやれるよ!」

 

 ココロとフトシも落ち着きを保っている。彼らに突進を命じてたら、おそらく逡巡するだろう。むしろ、後方で広い視野を確保して援護をしてもらうほうが良い。

 

 ――でないと、敵に最終的に対峙することになる私たちが困る。

 

 さあ、実戦だ。私は僚機と自らに命じる。

 

「各機、交合モード移行!」

 

 交合モード――フランクスの能力を最大限に発揮できる状態だ。制御不能なスタンピードモードとは異なる、雌型操縦者がフランクスと同化するための聖なる儀式。

 

「あ、ああ……わかってる……!」

 

 ゴローが緊張している。

 

 考えてみれば、初めての実戦で――フランクスに搭乗した状態での交合モードは初めてだ。

 

 集中力を高め、デルフィニウムとの同調を深める。ポジティブパルスの高まりとともに、自らの身体感覚を喪失し、デルフィニウムそのものに近づいていく。

 

 自分を失うと同時に、コクピット内の自分とゴローの肉体を客観的に意識できるようになる。これはデルフィニウムの感覚か、それとも自分の感覚なのか――混じり合って、わからない。

 

「いくぞ、イチゴ……」

 

 ゴローが唾を飲み込む。震える手で私に触れる。

 

 あ……!

 この感覚だ。

 

 戦っているのに、死ぬかもしれないのに――この緊迫した状況で、私は快感を得てしまっている。

 

 お尻をはしたないほど突き上げて、恋愛感情のまるでない、幼馴染の少年に、身体を委ねている。

 

 戦闘をおこなえるほどにフランクスに没入するためには、雌型(ピスティル)と雄型(ステイメン)も、その和合率を最大値にまで高めなくてはならない。

 

 そのためにはどうするか。

 

 私たちまた「ひとつ」にならねばならないのだ。

 

 

 

「イチゴの身体、すごく……柔らかい」

 

 ゴローが私のお尻をなでまわしている。

 

 ピリピリくる感覚とともに、デルフィニウムとの同調が高まるのがわかる。

 

「ここ、すごく熱くなってる」

 

 ゴローの指が、私の股間をなぞる。

 

 その部分はスーツが薄くて――ほとんど直接触れられているのと変わらない。

 

「あっ……! うぅ!」

 

 ぞぞぞ、と痺れが首筋を走り、腰から下が疼く。

 

「ここ、こんなに広がる――」

 

 左右にお尻の肉がかき分けられている。

 

 性器の合わせ目の部分が引っ張られて、穴になってしまっている。

 

「イチゴの……ここ……膣?……だっけ」

 

 そんな言葉をゴローがつかう、なんて。ちょっとショックだった。

 

 その部分は、ピスティルだ。フランクスを操縦するために必要な器官だと教えられた。膣というのは生殖行為にともなう部位のことで、私にはそんなものはない。

 

 これは性的な行為ではない。フランクスと同調し、操り、叫竜と戦うために必要な「手順」なのだ。

 

「指が、入っていく……すごい」

 

 ゴローが私の中に指をめり込ませていく。

 

 スーツは薄く、強靱で、伸縮性に富んでいる。だから、スーツごと、私の中に入ってしまう。

 

 0.02ミリメートルの特殊素材ごしに、ゴローの指を感じる。

 

「熱い……イチゴの中、すごく狭くて」

 

 指が蠢く。自分の内部を他人にまさぐられる感覚は、慣れたくても慣れられない。

 

「しゃべら……ないで、しゅ、集中、して」

 

 そう言うしかない。

 

「わかってるけど、イチゴのここ、ほぐさないと……だろ?」

 

 ゴローの言うことは正しい。たしかに、私のは入口が狭いのか、準備に手間がかかる。

 

 指を抜き差しされると、背筋に電流が走る。

 

「あっ、あああっ、んっ」

 

 思わず声が出る。

 

「いいぞ、濡れてきた」

 

 これはスーツの機能で、私の肉体の状態に応じて、湿潤液を放出するようになっているのだ。

 

 私の出したものではない。ないのだが、スーツの中の私も、濡れている。それがわかってしまうのが、とても恥ずかしい。

 

 でも、そんなことは言っていられない。

 

「準備……できたみたい……お願い」

 

 私はお尻をあげた。早く、入れて欲しい。ステイメン(おしべ)を――

「待って、俺がまだなんだ」

 

 ゴローは自分の股間を示した。そこは大きくはなっていたが、さっきのような、竿、といった立ち方ではなかった。途中で折れている。

 

「初めてだから緊張してるのかも――ごめん、イチゴ、もっと触っていいか?」

 

「う……うん、い、急いで」

 

 戦闘中なのだ。デルフィニウムの性能を最高に引き上げるには、早く、交合モードに移行しなくては――

 ゴローが覆い被さってきた。顔を、私のお尻の谷間に密着させる。

 

「ああ、イチゴのお尻……ずっとこうしたかった」

 

「な、なにを、ゴロー……あっ」

 

 舐めている。ゴローが私のあ、あそこを――

 スーツ越しだから、直接舐められているわけではない。それでも、薄さ0.02ミリメートルごしで動く幼馴染の舌の感触は、本当に舐められているのと何ら変わらない。その感触に応じて、身体が反応してしまう。

 

「どんどん、奥からあふれてくる。イチゴ、感じてるんだ」

 

「ちが……それは……」

 

 スーツが染み出させている湿潤液であって、私の――あ、愛液じゃない。

 

「ここが、いいんだろ? 訓練の時もそうだった」

 

 ゴローの舌が私の一番敏感な場所を探り当てる。神経が集中した尖りの部分だ。

 

「そ、そこは……ダメ、す、吸っちゃダメ!」

 

 一瞬、気が遠くなる。一方的に気持ち良すぎるのは、フランクス制御の上でも危険だ。でも、ゴローはやめてくれない。

 

「イチゴのここ……かわいい。ここはどうかな……?」

 

 ゴローの舌が上に移動する。そこは――そこだけは。

 

「お尻の穴は、舐めないで!」

 

 強い声を私は出した。

 

 わかっている。コクピットにいるあいだじゅう、ゴローが私の肛門を凝視していることは。どうしてもそうなるのだ。スーツが薄くて、穴周辺のしわまで見えてしまっているのだから。

 

 ゴローがそこに興味を持つようになるのは当然かもしれない。でも、そんなところまで刺激されたら、もう――

「ごめん、イチゴ。でも、準備できたよ、おれも」

 

 ゴローの股間は完全な竿状になっていた。先端の形はキノコみたいだ。

 

 男子のスーツは女子のそれよりもさらに薄いらしくて、先端の色もわかる。あざやかな――血の色をしている。

 

「あ、あまりじっと見るなよ。俺だって恥ずかしいんだ」

 

「ご、ごめん」

 

 そう凝視していたつもりではなかったが、私はあやまった。

 

 パートナーであっても礼儀は必要だ。

 

「入れるよ、イチゴ」

 

「うん、きて……」

 

 私はお尻をよりいっそう高く掲げて、自分で入口を拡げる。

 

「ここに、入れて」

 

 私のピスティル(めしべ)。フランクスを動かすための道具。

 

「ああ。いくぞ」

 

 ゴローのステイメン(おしべ)。私を完全にデルフィニウムに同化させるための鍵。

 

 これはセックスじゃない。そんなものとは違う。

 

 パートナー同士なら誰でもする。必要だからする。そのためにパートナーは雌雄の組み合わせでなくてはならない。

 

 スーツを隔てているから、粘膜がふれあうわけではない。もちろん妊娠もしない。

 

 わずか0.02ミリメートル――二人あわせても0.04ミリに満たない薄い膜に隔てられて――

 入ってくる。

 

 ゴローのステイメン(男性器)が。

 

 

 

「イチゴの……キツい……でも、熱くて……気持ちいい」

 

「あっ……く、あっ!」

 

 いっぱいになる。ゴローの勃起したステイメンで……私の濡れたピスティルが満たされる。

 

(ヒロ……)

 

 不意にもう一人の幼馴染の顔が思い浮かぶ。ヒロも、ナオミとこんなふうにしてたんだろうか……こんなふうに……ステイメンをピスティルに入れたり、出したり――あ、ああ、あああっ!

「デルフィニウム、交合モードに移行完了……っ! みんなは、どう?」

 

 私は僚機にリンクする。映像ごと、すべての情報を共有する通信形態だ。

 

「おっせーな! もうとっくに始めてるよ!」

 

 ゾロメがミクのヒップをつかんで、激しく腰を叩きつけている。

 

「もうっ! ゾロメぇ! 奥、突きすぎ! スーツ破れちゃうよぉ!」

 

 言いつつも、ミクは気持ちよさげに甘い声をあげつづけている。

 

「こっちもモード移行済みだよ。ココロの中は今日もいい感じだ」

 

 フトシはゆっくりとしたストロークで、ココロの中をかき回している。

 

「あっ……あん……こっちも、異常ない……けど、フトシの、ふと……すぎて……ぃいっ!」

 

 いつも穏やかなココロが髪を乱して、女豹のように腰を揺すっている。

 

 雌型操縦者はこういうとき、誰しも雌の表情になる。

 

 雌になりきることで、フランクス――鋼鉄の乙女との同調が高まり、その性能を最大限まで引き出せるのだ。

 

「フォーメーション07、いくよ!」

 

 私たちは機体を縦列に移動させる。

 

 ミクのアルジェンティアを前衛に――

「おらぁ、おらっ、ミク! ガンガンいくぞ!」

 

「あっ! あんっ! すごぉっ! あ、ひぃ!」

 

 私のデルフィニウムがそれに続き――

「イチゴ、奥、締まってきてる! すごいっ!」

 

「やっ! あっ! あぁっ! 奥、当たるのぉ……!」

 

 ココロのジェニスタがしんがりをつとめる。

 

「ココロ、吸いついてくるようだ――スーツごしなのに、すごい」

 

「フトシのも、すごく気持ちいい……ああああああっ!」

 

 私、ミク、ココロはバックからそれぞれのパートナーに突かれながら、フランクスと同化していく。

 

「ミクっ! どうだっ! どうだっ! どうだああっ!?」

 

 たぶんゾロメのステイメンは大きくない。形も先端がなめらかで幼い感じがする――本人には言わないけれど。でもピストンの速度はすごい。入口付近を浅く、速くこすりたてる――ミクはそんな感覚が好みなのかもしれない、

 

「あああっ! いいよっ! それ、すごくいいいいィッ! アアアアッ!」

 

 ミクの声が裏返り、XTCモードに突入する。いわゆる、イク、という状況だ。交合モードの最終段階、フランクスの決戦形態だ。

 

 叫竜に迫っていたアルジェンティアがアクロバティックに跳躍する。空中で回転して武装アームを展開、鋭いツメを叫竜に叩き込む。

 

 ガキイイイッ!

 叫竜の外骨格が砕け、青い体液が飛び散る。内部構造はまだはっきりとはわからないが、二重構造にはなっていないようだ。ということは、コアはこの中にある。

 

 が、叫竜も動きを変えた。二本の脚だけで跳躍すると、残りの脚――擬足だったようだ――を矢のように射出してくる。青い血煙が上がったところをみると、血液の組成を変化させ、爆発させて推進力にしたようだ。一種のロケット弾だ。

 

 ダダダダダッ!

 轟音が鳴り響く。

 

 擬足のロケット弾をすべて撃ち落としたのはジェニスタだ。後方から神速の連撃――すさまじい弾幕だった。

 

 見れば、フトシが額に玉の汗を浮かべて、高速ピストン中だった。その突かれる速度に合わせてココロはトリガーを絞ったのだ。そのすべてが命中したのは、さすがXTCモードというべきか。

 

「ふああ……もう、何も出ないよ……」

 

 フトシが疲れ果てたようにシートに体重を移す。男子のスーツの股間にある液だまりがマンタンだ。よくわからないけれど、男子がXTCモードで出すセーシというものだろうか。

 

「フトシ、すごくよかった……あとはイチゴ、お願いね」

 

 ココロも満ち足りたかのような表情でエールを送ってくる。ぺろり、唇を舐める。同性の目から見ても――XTCモードを経たココロは色っぽい。

 

 負けていられない。私はこのチームのリーダーなのだから。

 

「ゴロー、私たちもXTCモードよ!」

 

 このチャンスに決めるためには、デルフィニウムにも最大パワーが必要だ。

 

「ああ、でも、イチゴ、やっぱりだめか? おまえの……」

 

 ゴローは私のピスティルをバックから突きながら、それでも名残惜しそうに私のお尻の穴を指でなぞる。

 

 そこはピスティルではないから、本来は使ってはならない。排泄のための部位であって、フランクス操縦のための器官ではない。

 

 でも、わかっている。ゴローは私のピスティルの中で達したことがない。彼は――なぜだかわからないが、お尻の穴に入れたくて仕方ないようなのだ。

 

 私がパートナーでなければ、もしかしたら脱落していたのはナオミではなくゴローだったかもしれない。普通の女子はその部位への挿入は許さないからだ。でも、私は――

「もう、仕方ないわね、今回だけよ!」

 

 現金なものでゴローの顔がぱっと輝く。

 

「ありがとう、イチゴ!」

 

 言うなり、私のピスティルから引き抜いたステイメンを、私の――

「だめ、無理にやったら、裂けちゃう!」

 

 痛みは出撃前に服用した薬のせいでまったくないし、スーツが粘膜を守ってくれることは間違いないが――排泄のための場所(アヌス)に、怒張したステイメン(ペニス)を受け入れるのには恐怖が先だつ。

 

「大丈夫、ここ、こんなに柔らくて、広がるよ」

 

 肛門を拡げられる。極薄のスーツで覆われてはいるけれど、その形や感触、温かさは伝わってしまう。もし、匂いが漏れたりしていたら、楽勝で死ねる恥ずかしさだ。

 

「いくよ、イチゴ」

 

 ゴローが私のお尻の穴に挿入してくる。そこでするのは初めてではないが――まったく慣れることのできない異様な感覚だ。男子ってなんでこんなことしたがるの?

「すごい! すごい、イチゴ! 前よりすんなり入った! うわ! これ、うねって、ヤバイ!」

 

 私のお尻の穴に異物が入ってきて、出たり入ったり――

 ああ、コレ、ヤバ……

 

「イチゴのお尻、最高だ! ゾクゾクするっ!」

 

 ガンッガン、突いてくる。いや掘っている。私の直腸粘膜を、ゴローのステイメンが、嫌というほど擦りたててくる。

 

 快感が――ピスティルに入れられているのとは異質な――いわば動物的で直接的な快感が押し寄せてくる。

 

「あうぅ……ぃくっ! いぐっ! いいいっ! いぐうううううっ!」

 

 真っ白になる。

 

「おおおおっ! 出るっ! 出るぅっ!」

 

 ビュバビュバ、私の腸内で熱いカタマリの爆発を感じる。ゴローが私の中で達したのだ。同時に私も――

 XTCモードが起動する。

 

 自分ではわからないが、デルフィニウムも同じ表情を浮かべているはずだ。

 

 すなわち、トロけきったアヘ顔だ。だらしなくヨダレをたらしつつ、イキ顔をさらしながら、デルフィニウムは――

 完全に同調し同化し、さらにはその領域さえ超えて、真の鋼鉄の乙女になる。

 

 叫竜が目の前に迫る。擬足ロケットは打ち止めらしい。最後の抵抗とばかり、巨大な口をあけて威嚇してくるが、スローモーションにしか見えない。

 

 私は手にしている槍を、叫竜の外骨格の破れ目に突っ込み、冷静に、的確にトリガーを引く。

 

 このうえもなく醒めた感覚で――肉体はアクメの真っ最中だが――

 穂先がコアを砕いた手応えがあった。

 

 

 内圧に耐えかねたかのように叫竜が爆発する。周囲に青い血と肉片が飛び散った。

 

 

 

「ま、ざっとこんなもんね」

 

 アルジェンティアが格闘ゲームのキャラのようなポーズをキメる。

 

「オレ様の最初の一撃で勝負がついたようなもんだな」

 

「はあ? なにいってんの? 私の華麗な操縦のおかげでぇす」

 

「なんだとぉ!?」

 

 ミクとゾロメはもういつもの感じに戻っている。

 

「みんな、怪我がなくてよかったわ」

 

「ほんと。あとはイクノとミツルの安全を確認すればOKだね」

 

 ココロとフトシも穏やかだ。特にココロはさっきまで全開だった雌モードがすっかり影をひそめている。

 

 でも当然だ。パートナーとつながるのはフランクスの操縦のために必要なこと――いわば仕事なのだから。

 

「戻ろう、イチゴ。任務は達成した。長居は無用だ」

 

 ゴローも本来の沈着冷静なゴローに戻っている。ただ、股間のスーツの液だまりはすごいことになっているけれど。

 

 私も戻らないと。スイッチを切り替えて――股間のベトベトが気持ち悪いけれど、戻ってシャワーを浴びれば問題ない――粘膜どうし一切触れていないし、体液もシャットアウトしている。何度も繰り返すが、これは性行為などではないのだから。

 

(ヒロとパートナーになっていたら、この感じも、ちょっとは違っていたのかな……?)

 

 なぜだかわからないが、ヒロとだったら、こんなふうにすぐ醒めたりしないのではないか――そんなふうに思った。

 

 

 だが――私たちは甘かった。

 

 

 叫竜を――戦場をあなどっていた。

 

 

「うそ!?」

 

 ココロが叫ぶ。

 

「叫竜の反応多数! コンラッド級――五,十――もっと!?」

 

 地下につながる縦穴から、次から次に叫竜が現れる。しかも――

「なああっ!? さっきのより全然でっかい!?」

 

 ミクが悲鳴じみた声をあげる。

 

 確かに新たに出現した叫竜は、さっき倒したのと同じタイプのようだが、サイズがまったく違う。フランクスを丸呑みできそうな巨大サイズだ。

 

「たっ、退却! 逃げて!」

 

 そう言わざるを得ない。XTCモードをたとえ発動しても、この数には対応しようがない。

 

 私たちは敗走した。初陣は、惨敗だった。

 

 地上の本部に緊急連絡を飛ばす。救援を要請する。悔しいが、やむを得ない。

 

 こちらの戦況はモニターされていたはずだ。

 

 果たして、我々の世話役――ナナ姉から通信が入った。

 

「なんとか持ちこたえるのよ! 今、ストレリチアを救援に送ったわ!」

 

 

 ゾクッ

 

 

 私の背筋が震えた。

 

 

 ストレリチア――角と牙を持つ少女、叫竜の血を引く特殊雌型(イレギュラー)・ゼロツーが駆る最強のFRANXX――パートナーを食い潰し、絞り尽くす、白金の魔女。

 

 私は言わずもがなのことをつぶやいてしまう。

 

「ヒロが――乗っているの? あの子と――」

 

 

 しかし、この時はまだ私は知らなかったのだ。

 

 ストレリチアのコクピットの中で、どんな地獄が繰り広げられていたのか――

 いや、そんな些末なことはどうでもよくて――

 私はまったく知らずにいたのだ。

 

 

 フランクスというロボットに隠された秘密も――叫竜のことも――さらにはこの後ヒロと自分の関係がどう変わっていくのかも――

 ゼロツーという少女との邂逅が、私たちの運命をどんなふうに書き換えていくのか、などということは――

 

おわり、或いは、つづく。