〜うたかたの天使たち〜
気恵編+α

真夏の五芒星

−気恵−

「なんていうか、さ。そういう夢、けっこういいと思うぜ」

 うまい言葉がみつからないな、と思いながらもおれは言った。

「逆に、おれなんか、コレだって夢がないからな……」

 というか、一生遊んで暮らすのが夢なんだが、あんまりおおっぴらには言えない。そのために宇多方家の財宝狙ってる、ってのは口が裂けても言えないし。

 驚いたように気恵くんがおれを見ている。

「意外……ばかにされるかと思った」

「ばかになんかしねーよ。信用ねーのな、おれ」

「そんなことないけど……」

 気恵くんが顔を伏せた。ちょっと笑っている。

「でもさ」

 おれは言葉を続けた。

「いま、全部決めちまうことはないんじゃないか? 高校行ってからでも遅くないと思うぜ、プロレス」

 気恵くんは黙っている。微妙な雰囲気だ。

「ありきたりな言いかたかもしんねーけど、学校に行かせてもらえるのって、やっぱりラッキーだと思うし。一子ちゃんに悪いって気恵は思うかもしれねーけど、いまはお姉さんに甘えさせてもらって、あとから恩返しをするってやり方もあると思うけどな」

「理屈はわかる。わかってる」

 だろうな。気恵くんはどっちかというと気をまわしすぎる性格なんだろう。だから、かえってうまく立ち回れない。

 おれは気恵くんの肩を抱いて引き寄せた。ちょっとびっくりしたようだが、気恵くんはおとなしくしている。おれは、まだ濡れている気恵くんの髪を撫でてやった。

「甘えていいんじゃねえか? 甘えさせてくれる相手がいるうちは」

 気恵くんはじっとしている。肌が接触する。表面は冷たいのに、触れている部分から体温が伝わってくるのがわかる。

「それにさ、いま小学生の苑子や美耶子・珠子だって、あと何年かすれば進学の話がでてくるわけだろ。あいつらが気恵に遠慮して、進学しない、って言ったらどうする?」

「そんなこと絶対ゆるさないよ。わたしが働いてでも――」

 弾かれたように顔をあげた気恵くんに、おれは笑いかけた。

「一子ちゃんも同じように思ってるのさ」

「遊一……」

 気恵くんはあわてて顔をそむけた。耳たぶまで赤い。肌が触れていた部分を引き剥がすように、わずかに移動する。

「なんかずるいよ……」

 気恵くんがつぶやいた。

「そんなふうに言われたら、なにも言えなくなっちゃうじゃん。そんなふうにして姉貴や苑子たちにも……」

 ぎく、どき、たらり。いえいえ、そんなことはないですじょ。

「よしっ、決めた!」

 パンと膝を打って、気恵くんは勢いよく立ちあがった。

「本気出して勉強する! で、高校で格闘技を基礎から練習するよ」

「お、調子でてきたな」

「もちろん! 遊一にはみっちりつきあってもらうからね。居候なんだから、ちょっとは役に立ってもらわないと」

 気恵くんが陽にやけた顔をニヤッと歪ませて、白い歯を見せた。

おわり